ざ・くらっしゅ の 「むかつく」 の まね お します。

どーも。 くしゅん です。

おしらせ。

ほんぶん お よむ まえ に よんで ください。(お知らせ。本文を読む前に読んでください)
・ほんぶん わ さべつ に はんたい しながら えいご の うた お にほんご で まね する ぶんしょー です。(本文は差別に反対しながら英語の歌を日本語でまねする文章です。)
・はんしゅっせいしゅぎ の いけん も かいてあります。(反出生主義の意見も書いてあります。ある フォロワー さん へ。もし 反出生主義 以外 お よみたい ばあい、 れんらく ください。 なんとかします。)
・いろいろ な ひと が よめる よー に ひらがな が どんな かんじ に たいおー している か お かっこ で つづけて かく こと が おおい です。 よみあげ で きいている かた わ ちゅーい して ください。
・ひらがな の わかちがき で かいてあります。 わかちがき の しかた に わ とく に きまった るーる わ ない です。(ひらがなの分かち書きで書いてあります。分かち書きの仕方には特に決まったルールはないです。)
・ひらがな の つかいかた わ、よくある かんじ かな まじり の すみじ の にほんご と ちがいます。 じぶん の つかう つかいかた と、 よく ある つかいかた と の ちがい わ つぎ の 2こ です。(ひらがなの使い方は、よくある漢字かな交じりの墨字の日本語と違います。自分の使う使い方と、よくある使い方との違いは次の2個です。)
1. よく つかわれる 「てにをは」 わ、 「てにおわ」 で かきます。 ただし、「はさみ」 など の 「わ」 と わ よまない 「は」 わ そのまま 「は」 と かきます。また、 よく つかわれる 「え」と よまれる「へ」 わ、 「え」 と かきます。(1. よく使われる「てにをは」は、「てにおわ」で書きます。 ただし、「はさみ」などの「わ」とは読まない「は」はそのまま「は」と 書きます。また、よく使われる「え」と読まれる「へ」は、「え」と書きます。)
2. よく つかわれる 「という」 や 「ような」 わ、 「とゆー」 や 「よーな」 で かきます。(よく使われる「という」 や「ような」は、「とゆー」や「よーな」で書きます。)
・この よー に かく りゆう わ、 いま 2019ねん ごろ に にほん で かんじ かな まじり の ぶんしょー だけ が つかわれている こと が よくない と おもっている から です。(このように書く理由は、今2019年ごろの日本で漢字かな交じりの文章だけが使われていることがよくないと思っているからです。) http://hituzinosanpo.sakura.ne.jp/abe2008a.html(かんじ かな まじり) や
hituzinosanpo.sakura.ne.jp

https://lever-building.hatenadiary.org/entry/20091127/p1 (ひらがな のみ)お よんでみて ください。
lever-building.hatenadiary.org

まね お します

まね お します。 しかも、 まね に すら なっていない まね お します。

このまえ、 なぎ さん の 「華氏65度の冬」(かし ろくじゅーご ど の ふゆ)(http://nagi1995.hatenablog.com/) という ぶろぐ の 「Hateful もしくは憎むべきこと (1979. The Clash)」(へいとふる もしく わ にくむべき こと (せんきゅーひゃくななじゅーきゅー ねん、 ざ・くらっしゅ))(http://nagi1995.hatenablog.com/entry/2017/05/12/000309
nagi1995.hatenablog.com
とゆー ぶんしょう お よみました。 この ぶんしょう で わ、 ざ・くらっしゅ (The Clash) という いぎりす(イギリス) の ばんど の (えいご で へいとふる と よむ)Hateful という えいご の うた お にほんご に ほんやくしています。 この うた お じぶん も にほんご に ほんやくする こと が この ぶんしょう の もくひょー です。

ちなみ に 、なぎ さん わ じぶん の なまえ お、 Nagi と らてんもじ で かく か、 ナギ と かたかな で かいています。この ぶんしょー で わ、 すべて ひらがな で 「なぎ さん」 と かいて よい と なぎ さん に いって もらいました。なので、 じぶん わ 「なぎ さん」 と かきます。

さて、 じぶん わ、 おんがく も えいご も、 えいご の うた も、 ろっく も あまり わかりません。うた わ うたえない し、がっき (楽器) わ つかえない し、 おと わ よく わからない し、 えいご も よく ききとれない し、 なに が ろっく か しらない です。さらに、 ざ・くらっしゅ という ばんど が すごく ゆうめい で ある こと も しりません でした。

でも、 なぎ さん の ぶろぐ の ぶんしょう が おもしろい の です。 だから よんでいる の です。

おもしろい ぶんしょー お かく なぎ さん

たとえば、 「The Night They Drove Old Dixie Down もしくは華氏65度の冬 (1969. The Band)」(ざ ないと ぜい どろぶ おーるど でぃきぃー だうん もしく わ かし ろくじゅーご ふど の ふゆ(せんきゅーひゃくろくじゅーきゅー ねん、 ざ・ばんど))(http://nagi1995.hatenablog.com/entry/2017/05/10/030049
nagi1995.hatenablog.com
という ぶんしょう わ、 ぶんしょう の ながれ に こころ お うごかされました。 まちがった ほんやく と、それ に たいして なぎ さん が だされた ほんやく の ちがい も おもしろく、 そして なにより、なぎ さん の じっさい の たいけん が、なぎ さん の ねつい(熱意) が、 とても すばらしく おもしろい の です。
なぎ さん の ぶんしょー の おもしろさ わ、 「そーゆー こと か!」 と おもう よー な おもしろさ です。 はじめ わ よく わからない こと が かかれています。 「どーゆー こと だろー?」 と おもいます。 よみすすめていく と、 その 「どーゆー こと だろー?」 とゆー ぎもん が、 「そーゆー こと か!」 という おどろき に なります。 この どーゆー こと だろー? と、 そーゆー こと か! という おどろき の ばらんす が うまい の です。 じぶん に わ まね できない うまさ です。 すごい!
さらに すごい の わ、 よんだ ひと の こころ お うごかす という ところ です。 といっても、 ほか の ひと が かんどー した か どー か わ しりません。 じぶん わ かんどー しました。 なぎ さん の ぶんしょー お よんだ から、 じぶん わ この ぶんしょー で いちまんじ(一万字) より おおく も もじ お かいています。 だから じぶん わ すごい と おもう の です。

なぎ さん の るーる

そして、 おもしろさ だけ で わ ありません。 たとえば、 「Waiting for the sun もしくは自由のスプラッシュ (1970. The Doors)」(うぇいてぃんぐ ふぉー ざ さん もしく わ じゆー の すぷらっしゅ(せんきゅーひゃくななじゅー ねん、 ざ どあーず))(http://nagi1995.hatenablog.com/entry/2017/05/11/050552

nagi1995.hatenablog.com
とゆー ぶんしょう で わ ほんやく の ため の るーる お 3こ きめています。
ここ から じぶん(くしゅん) の ことば で まとめます。1こめ の るーる が、 ただしく やくそー と する という るーる です。 つまり えいご の うた お できるだけ そのまま にほんご で つたえよー と する とゆー こと です。 2こめ が、 にほんご で よく つかわれている ことば で かく こと です。 にほんしゅわ と にほんご の かんけい で たとえる なら、 にほんご の ぶんぽー に したがって にほんしゅわ の たんご お かりて あてはめる よーな、 にほんごたいおーしゅわ(日本語対応手話) の よー に わ しない という こと でしょー*1。 たとえ の ひょうげん お かりる ならば、 えいごたいおーにほんご(英語対応日本語) に しない とゆー こと です。この 2こ だけ で も、 しんけん に ことば と むきあおー と している こと が わかります。 しかし、 とても すばらしい と おもった の わ、 3こめ の るーる です。 3こめ の るーる わ、 さべつ お そのまま つたえる こと お しない という るーる です。 よのなか に わ、 にほんご お つかう ところ でも、 えいご お つかう ところ でも、 たくさん さべつ が あります。 だから えいご の うた でも、 さべつてき な ことば が さべつてき に つかわれます。 さべつ が あたりまえ と おもわれながら その よーに ことば が つかわれる こと わ たくさん あります。 だから えいご の うた お ほんやくする と なれば、 ほんやく の やくわり わ つたえる こと だから と ゆって、 さべつ お そのまま に する こと お たくさん の ひと が しています。 しかし なぎ さん わ、 さべつ お つたえる こと お みとめません。 いんよー します。

人を差別する人間のその差別する気持ちまで「正確に」おもんぱかってやらねばならない必要など、どこにもない。あからさまに人を傷つけることを言っている人間に対し、それを指摘することもせず、その人間の言った通りを他の言語にまで翻訳してネットで拡散するような行為は、差別に加担しそれを拡大させること以外の何ものでもない。そういうことを平気でやれる人間は、「自分が言ったんじゃない。誰それが言ったんだ」という言い訳を心の中に必ず準備している。しかしそれが最も卑怯で悪質な人間のとる態度であることは、自分が言われる立場に立つことを想像してみれば誰しも容易に気づくことだろう。差別に対し見て見ぬふりをすることは、それ自体が差別であると思う。

なぎ さん の この ぶん お、かんじ(漢字) お ひらがな に かえて、 わかちがき に して かきなおします。

ひと お さべつする にんげん の その さべつ する きもちまで 「せいかく に」 おもんぱかってやらねばならない ひつよう など、 どこ に も ない。 あからさま に ひと お きずつける こと お いっている にんげん に たいし、 それ お してきする こと も せず、 その にんげん の いった とーり お ほか の げんご に まで ほんやく して ねっと で かくさんする ような こうい わ、 さべつ に かたん し それ お かくだいさせる こと いがい の なにものでもない。 そーゆー こと お へいき で やれる にんげん わ、 「じぶん が いったんじゃない。 だれそれ が いったんだ」 という いいわけ お こころ の なか に かならず じゅんびしている。 しかし それ が もっとも ひきょう で あくしつな にんげん の とる たいど で ある こと わ、 じぶん が いわれる たちば に たつ こと お そーぞーしてみれば だれしも ようい に きづく こと だろう。 さべつ に たいし みてみぬふり お する こと わ、 それ じたい が さべつ である と おもう。

さべつ に はんたい する この たいど わ とても すばらしい と おもいます。 それだけ で なく あこがれます。 ほんやく お しながら さべつ に はんたいする こと わ とても だいじ な こと です。

「さべつ に はんたい する」 の まね お します

いんよー した なぎ さん の ぶんしょう お じぶん が まね する と、 つぎ の よー に なります。
「さべつする がわ の さべつ する ため の きもち お だいじ に する べき で わ ない です。 くるしみ お あたえる ことば に はんたい しない で、 ほか の げんご(言語)に ほんやく して、 いんたーねっと で その くるしみ お あたえる ことば お いろいろ な ひと が よめる よう に する こと わ、 さべつ お つよく する こと です。そして、 その よー に ほんやく する とき に、 「くるしみ お あたえる ことば わ ほか の ひと が いった ことば だから じぶん わ わるくない」 と いいわけ する こと わ、 わるい の です。 じぶん が くるしみ お あたえられる がわ である ばあい お かんがえる と、 わるい という こと が わかりやすい でしょー。 さべつ お ない もの として あつかう こと わ、 さべつ お つよく する こと です。」

なぜ まね お する ひつよー が あった の でしょー か? なぜなら じぶん わ しゅさべつ(種差別) に はんたいしている から です。 しゅさべつ と わ、 ひと いがい の どうぶつ に たいして さべつ する こと です。 たとえば、 いたみ お かんじる うし たち や ぶた たち や にわとり たち お ころし、 しんだ からだ お たべる こと が しゅさべつ(種差別) の ひとつ の ぐたいれい です。 じぶん わ、 いたみ や くるしみ お あたえる さべつ に はんたいします。 だから、 「ひと お さべつ する にんげん」 でなく、 「さべつする がわ」 の こと お かんがえました。
また、 「わるい こと お やった にんげん が わるい」 と じぶん わ いいません。 やっている こと が わるい の だ と いいます。 これ わ さべつ に はんたいする やりかた の もんだい だ と おもいます。「わるい こと お やった にんげん が わるい」 という ことば が ひつよう な とき が ある と おもいます。 しかし、 じぶん わ その ほーほー が すき で ない ので、 ひと で わ なく、 やった こと に はんたいします。 その ひと が よい ひと だろう が、 わるい ひと だろう が、 くるしみ お むりやり あたえる こと お やめてほしい です。 やめて ください。 やめましょう。 さべつ お やめてください。
さいご に、 なぎ さん の この ぶんしょう わ すばらしい と おもった から です。 なので、 じぶん が よく つかう ことば で まね が したかった の です。

ことば と むきあう なぎ さん

そして、 これら の るーる が しっかり と まもられている こと が わかった ところ も あります。 きがついた ところ の ひとつ お しょーかい します。
Hey Jude もしくは ごんぎつねを殺した男 (1968. The Beatles)」(へい じゅーど もしく わ ごんぎつね お ころした おとこ(せんきゅーひゃくろくじゅーはち ねん、 ざ びーとるず)(http://nagi1995.hatenablog.com/entry/530
nagi1995.hatenablog.com
とゆー ぶんしょう の なか で ほんやくされている うた に わ、 (はー と よむ)her という ことば が でてきます。 この her とゆー たんご お、 おおく の ひと わ、 「かのじょ お」 と やくします。しかし、 すくなくとも じぶん の つかっている にほんご で わ 「かのじょ お」 という ことば わ あまり つかわれません。 じょせい の こいびと お いみ する とき いがい の、 「かのじょ」 とゆー ことば わ めずらしい と おもいます。 だから いままで 「かのじょ」 という ような たんご が やく(訳)に でてくる と いわかん が ありました。 その いわかん お もっている の わ じぶん だけ で わ ない と きがついた きっかけ わ なぎ さん の ぶんしょー でした。なぎ さん わ her お やくす(訳す) とき に、 「あのひと」 とゆー ことば お えらんでいた の です。 たとえば、

Remember to let her into your heart

(りめんばー とぅー れっとぅりんとぅー よわ はーと)わ

忘れないでほしい。
あのひとに心を開くこと。

(わすれないで ほしい。 あのひと に こころ お ひらく こと)と やくされています。 また、

You were made to go out and get her

(ゆ うぇあ めいじゅぅー ごー あんだ げったあー)わ

出て行ってあのひとを
自分のものにすること。

(でていって あのひと お じぶん の もの に する こと) と やくされています*2

「かのじょ」「かれ」 という だいめいし(代名詞)

にほんご で「かのじょ」「かれ」 お だいめいし(代名詞) として、 つまり 「あのひと」「そのひと」 という いみ で つかう ひと も もちろん います。 えいご も よく つかったり、 ほか の げんご から にほんご に やくされた ほん お たくさん よんでいる ひと たち わ とく に つかう ひと が おおい きがします。 と、 かきました が、ことば の つかいかた という の わ、 ねんれい、 すんでいる ところ、 しごと、みんぞく、 どのよーな せいべつ として いきる か、 いかされている か、 どーゆー ほん お よんでいる か、 どんな ひと と はなしている か で ぜんぜん ちがいます。ただし、いま あげた ぐたいれい わ あきらか に いろいろ な だいじ な ちがい お かいていません。 たとえば せくしゅありてぃ とか、 しょうがい とか、 しゅみ とか も かいていません。 ともかく、 たとえ ある ひと が 「かのじょ」 とか 「かれ」 お つかう りゆう が にほんご いがい の えいきょう だから と いって、 「かれ」 や 「かのじょ」 という ことば わ もはや にほんご として つかわれている ところ も あります。 しぜん に かんじる ひと に わ しぜん に かんじる もの です。 そのこと に はんたい したい わけ で わ ない の です。
でも、 じぶん わ、 その ことば の つかいかた わ だいきらい です し、 ちゃんとした りゆう なし に つかう の わ やめる べき だ と おもいます。 じぶん わ ことば が かわる こと わ だいかんげい(大歓迎) です。むかし の にほんご が ほか の げんご の えいきょう で かわる こと に、 はんたい しません。 「ぜんぜん の あと に だいじょうぶ と つける こと が まちがっている」 とか いいません。 いままで に ない ことば の つかいかた わ でてきます。 けれど、 「かれ」「かのじょ」 わ いままで の ことば と ちがう から でわ なく、 じぶん が いわかん お もつ から でも なく、 おおく の ばあい わ、 さべつてき で ある から つかう べき で ない と おもっています。 つまり、 さべつてき で ない ばあい わ つかう こと に はんたいしません。
でわ、 さべつてき な ばあい わ どんな ばあい か? という はなし お しない と いけません。

せいべつ に かんする こと

しかし その まえ に、 よんでいる かた が せくしゃるまいのりてぃ(セクシュアルマイノリティ性的少数者) に ついて どれだけ しっている か で、かく こと が かわってきます。 もし、 せくしゃるまいのりてぃ に ついて、 そして せくしゃるおりえんてーしょん(セクシュアルオリエンテーション性的指向(せいてきしこー))、じぇんだーあいでんてぃてぃ(ジェンダーアイデンティティ性自認(せいじにん)) に ついて、 さらに わ、それ に まつわる さべつ に ついて しっていれば、 はなし わ みじかく なります。 せいべつ という せいど(制度) お なくしたい と おもっている の わ、 せくしゃるまいのりてぃ、じぇんだーまいのりてぃ、ろまんていっくまいのりてぃ の なか に わ ほとんど いない という こと わ、 あたりまえ だから です。 「かれ」「かのじょ」 お つかう べき で ない と かんがえる ひと も ほとんど いません。ほとんど いません。 おおく ありません。 もし おおそう と おもう なら へんけん(偏見) かもしれません。 もちろん 、 せくしゃるまじょりてぃ(セクシュアルマジョリティ) に くらべて せくしゃるまいのりてぃ の ほう が せいべつ に ついて かんがえさせられる こと わ おおい かもしれません。 しかし ながら、 せいさべつ(性差別)*3、いせいあいちゅーしんしゅぎ(異性愛中心主義)*4、しすちゅーしんしゅぎ(シス中心主義)*5、きょーせいてきせいあい(強制的性愛)*6、ものあもりーちゅうしんしゅぎ(モノアモリー中心主義)*7などなど の せい(性) に かんする きはん(規範) に はんたい できていない ひとたち に わ、 きはんてき(規範的な) せい(性) の ありかた お していない ひと わ、 せいべつ と かんけいない という へんけん(偏見) が ある こと が あります。 この こと に ついて わ つかれた ので かけない です。 ごめんなさい。つまり、 じぶん(くしゅん) の いけん お、いろいろ な ひと が いる せくしゃるまいのりてぃ の だいひょー(代表) だ と おもわない で ください。

せいべつ という さべつ

さて、 はなし お もと に もどして、 なぜ せいべつ お きめつけた 「かれ」 「かのじょ」 の おおく わ さべつ てき に なる か お かきましょう。

まず じぶん わ せいべつ とゆー せいど(制度) わ さべつ である と おもっています。 なので、 せいべつ が せいど(制度) で わ なく、 ほんとー に どうでも いい もの に なる こと お のぞんでいます。 たとえば、 ひとさしゆび の まがる ぶぶん の しわ の かず ぐらい どーでもいい もの に なる こと が りそうてきな(理想的な) しゃかい の じょうたい だ と かんがえています。 もちろん、ひとさしゆび の まがる ぶぶん の しわ の かず が どーでもよくない ひと わ います。しかし、せいべつ わ しゃかい で おなじくらい 「どーでもいい」 と わ おもわれていません。 ただし あくまで りそうてき(理想的な) じょうたい です。 げんじつてき(現実的) で わ ない でしょう。 だから、 ゆび の まがる ぶぶん の しわ の かず に こだわり お もつ ひと に はんたい しない よー に、 せいべつ に こだわる ひと に も はんたい しません。 また いま(せいれき 2019ねん ごろ) の にほん の おおく の しゃかい に いきている ひとたち が せいべつ お あいでんてぃてぃー の たいせつ な ぶぶん として もっている こと も わかっています し、 その こと に はんたい わ しません。 でも、 せいべつ が せいど(制度) と なっている とき、 つまり、 せいべつ が おとこ か おんな で ない こと が ほうりつ で みとめられなかったり、 おとこらしい おとこ や おんならしい おんな で ない と いろいろ な ひと から しかられたり わらわれたり きずつけられたり、 えっくすじぇんだー なんて わからない と いろいろ な ひと に りかいされず たくさん せつめい しない と いけなかったり する、 そんな せいど(制度) に わ はんたい します。 はんたい しましょう。はんたい して ください。 せいど(制度) という ことば わ、 ほうりつ だけ で わ なく、 しゃかい の なか に、 ひと と ひと、 ひと と せかい の あいだ に あらわれてくる しくみ という いみ で つかっています。
さら に いえば、 おおく の ばあい、 せいべつ とゆー せいど(制度) わ、 せいさべつ(性差別) に つながり、じょせい と みなされた もの たち に たいして くるしみ お あたえたり、 だんせい と びょうどう(平等)に あつかわれない じょうきょう に なります。 もちろん せいさべつ お なくす ため に わ、 べつ に せいべつ という せいど(制度) お なくす こと なく、 せいべつ という せいど お かえれば じゅうぶん かもしれません。だから、 ふぇみにすと なら 「せいべつ という せいど お なくそー」 と ゆー べき だ と も おもっていません。 むしろ、 ふぇみにずむ として わ、 「せいべつ という せいど お なくす」 という しゅちょー で わ、 むしろ だんせい である こと が あたりまえ の しゃかい に なってしまう とゆー おそれ が ある ので、 あまり うまく ない しゅちょー で も あります。 つまり、 じょせい に たいする さべつ が おこっている とゆー、 さべつ に たいする はんたい の ことば が、 いいにくくなったり、 むし(無視)されたり する こと に なる かもしれません。 なので、 せいさべつ と とも に、 せいべつ とゆー せいど お なくさない と いけない と じぶん わ かんがえています。 せいべつ とゆー せいど が なくなれば、 せいさべつ が なくなる と かんたん に かんがえて わ いません。 ある ひとびと が しほんしゅぎ が なくなれば、 けいざいかくさ(経済格差) が なくなれば、 せいさべつ が なくなる と おもっていた よー に わ、 じぶん わ おもっていません。
また、 せいべつ とゆー せいど(制度) わ、 いせいあい(異性愛) とゆー せいど(制度) と かんけいして できています。 ふたつ の せいべつ が あって、 ふたつ の せいべつ が ひきあう の が とうぜん だ という かんがえかた で つながっています。 しかし、 せくしゃる でも ろまんてぃっく で も れずびあん や げい の おおく に とって、 ぱーとなー の せいべつ わ かなり もんだい に なります し、 ばいせくしゅある に とって も ばいろまんてぃっく に とって も ぱーとなー の せいべつ わ もんだい に ならない と わ けっして いえません。 だから、 せくしゃるまいのりてぃ、ろまんてぃっくまいのりてぃ に たいする さべつ に はんたい する から と いって、 「せいべつ とゆー せいど(制度) お なくそー」 とゆー べき と も おもっていません し、 そー ゆー ひと わ ほとんど いません。
さらに、 せいべつ とゆー せいど(制度) わ、 しすじぇんだー とゆー せいど(制度) と かんけいしています。 ふたつ の せいべつ が あって、 うまれた とき に ほうりつ で きめられた せいべつ と わ べつ の せいべつ で いきる こと わ ない という かんがえかた で つながっています。 しかし、 とらんすじぇんだー の おおく わ せいべつ とゆー せいど(制度) の もと で、 しすじぇんだー という せいど(制度) の そと で、 また わ なか で、 おんな であったり おとこ であったり します。 えっくすじぇんだー も おとこ かつ おんな で あったり、 おとこ の とき と おんな の とき が あったり して いきています。 だから、 とらんす に たいする さべつ に はんたいする ひとびと の なか で も、 せいべつ とゆー せいど(制度) に はんたい しない ひと の ほう が おおい でしょー。だから、 とらんすじぇんだー え の さべつ に はんたいする から、 せいべつ とゆー せいど(制度) お なくす べき と いう べき だ と も おもっていません。

しかし、 だんせい で ない もの たち と じょせい え の さべつ に はんたい し、 せくしゃりてぃー(えっち な こと) と ろまんてぃっく(れんあい の こと ) に おける さべつ に はんたい し、えっくすじぇんだー も ふくめた とらんす え の さべつ に はんたい する ほーほー(方法) として、 せいべつ とゆー せいど(制度) に はんたい する こと も できます。 そして、 だから と いって、 せいべつ とゆー せいど が なくなれば すべて かいけつ する と も おもっていません。

「かのじょ」 「かれ」 と せいべつ とゆー せいど。 さべつ に はんたいする ため に。

でわ、 この せいべつ とゆー せいど(制度) と 「かのじょ」「かれ」 という ことば の かんけい わ どう なっている でしょう か?

もちろん、 「かれ」 「かのじょ」 という ことば の つかいかた の すべて が さべつてき に なる わけ で わ ありません。

むしろ、 さべつ に たいこうする ため に、 「かれ」 「かのじょ」 と つかう べき とき が あります。
たとえば、 とらんす の だんせい が、 まわり の さべつてき しゃかい から 「かのじょ」 と よばれている とき に、 その ひと が 「かれ」 と よべ と いい、 それ に たいして 「かれ」 と ちゃんと よぶ こと、 これ わ あきらかに さべつ に はんたいしています。 でも、 それ わ そもそも すがた や、 うまれた とき に わりあてられた、 そして くらしていく なか で まわり から おしつけられる せいべつ から、 まわり が かって に はんだん して 「かれ」「かのじょ」 と よんで いい という るーる が ある こと が いけない の です。 だから この るーる に じぶん わ はんたい します。 しかし、 この るーる に はんたい する から と いって、 この ぐたいれい の よう な とき に 「かれ」 という ことば お つかう こと に はんたい している わけ で わ ない の です。 むしろ この ぐたいれい の ばめん で ゆー こと で わ ありません。 げんざい めのまえ で あたえられている くるしみ に はんたいする こと が じゅーよー です。 よぶ べき ことば で よばない ひとたち に つたえる べき こと わ、 よべ という こと です。 よばれる べき ことば で よばれない こと で くるしんでいる ひとたち に つたえる べき こと わ、 れんたい(連帯)、 つまり いっしょ に はんたいしよー とゆー ことば お かける こと や、 どーしていこー か と きいて そーだん する こと です。 もちろん、 それら の こと お した うえ で、 「かれ」「かのじょ」 など の ことば お つかわない こと お うったえる こと わ できる こと も ある でしょー。 しかし、 とらんす の じょせい や とらんす の だんせい が おおく けいけんする こと わ、 じぶん の せいべつ お むし(無視)される こと です。 「かのじょ」「かれ」 お つかわない で ほしい という いけん(意見)わ、 ばあい に よって、 じぶん の せいべつ お むし(無視)される こと と とらえられ ます。そのよー に とらえさせる しゃかい である こと お ちゃんと しりましょー。 みずから さべつ お つよくしない よう に、 さべつ に はんたい しましょー。さべつ に はんたい する ため の ほーほー で、 ほか の さべつ お つよめない よー に しましょー。

また、たとえば、 いままで だんせい(男性) ちゅーしん の しゃかい に なっていた こと に はんたい する ため に、 おんな お わすれる な という いみ お こめて 「かのじょ」 という ことば お つかう ひとたち も いる でしょー。 そのとき に、 「かのじょ」 と つかう べき で わ ない と だけ いっても だめ です。 せいべつ お あきらか に しない こと で だんせい ちゅーしん に しよう と している と おもわれます。 そー で わ ない こと お しっかり と つたえない と いけない しゃかい に いきている こと お しりましょう。

さらに、 こんなにも せいべつ が だいじ な もの と かんがえられている しゃかい で、 ぐたいてきな こと お しる ため に わ、 その ひと たち が じょせい として いきている の か だんせい として いきている の か、 それとも べつ の ありかた で いきている の か という こと お しる べき とき も あります。 たとえば、 しごとば で せくしゅあるはらすめんと お うけた ひと が、 まわり から じょせい と みなされている の か、 だんせい と みなされている の か、 それ いがい と みなされている の か、 しすじぇんだー と みなされている の か、 とらんすじぇんだー と みなされている の か、 じっさい わ どう なのか で、 もんだい の おこりやすい ところ が かわってきます。 じょせい と みなされている ひと たち わ しごとば で せくしゃるはらすめんと お うける かのーせい が だんせい と みなされている ひと たち より たかい です。また、 だんせい と みなされている ひと たち わ せくしゃるはらすめんと の そーだんまどぐち が じょせい むけ ばかり で こまる かのうせい が たかい です。 その よーな じょうきょう の ちがい お しる ため に せいべつ が だいじ に なる こと が あります。 もちろん、 そのとき 「かれ」「かのじょ」 という ことば お つかう ひつよう が ない とき も あります。

さて、しかし、 このよー に さべつ に はんたい する ため の 「かのじょ」 「かれ」 という ことば の つかわれかた いがい に さべつてき な つかいかた が あります。 せいべつ とゆー せいど(制度) お つよめる 「かれ」 や 「かのじょ」 という ことば の つかいかた です。
たとえば、 「かれ」 と 「 かのじょ」 とゆー ことば わ、 えっくすじぇんだー が いる こと お むしする よう に つかわれています。 たとえば、 「かれら」 や「かれら かのじょら」 とゆー ひょうげん で すべて の ひと お あらわそう と する とき、 「かれ」 に も 「かのじょ」 に も あてはまらない ひとたち わ むし(無視)される の です。 ただし、 もちろん えっくすじぇんだー の なか に わ、 「かれ」 かつ 「かのじょ」 や、 「かのじょ」 の とき も 「かれ」 の とき も ある とゆー ひと も いる という こと お わすれて わ なりません。 さらに、 「かれ」 で も 「かのじょ」 で も ない けど、 よばれる の わ どうでも いい とゆー ひと も います。
たとえば、 「かのじょ」「かれ」 と いう ことば お つかう とき、 その ひと の せいべつ お しらない のに、なんと よばれたい かも しらない のに、 みため から しすじぇんだー の だんせい か じょせい か と はんだんして かって に よぶ という つかいかた お する ひと が おおい の です。 「かのじょ」「かれ」 と いう たび に、 「じぶん わ みため から せいべつ お ふたつ に かって に わけて はなして、 さべつ お つよくします」 と いっている よう な もの です。

「かのじょ」 「かれ」 に はんたい の りゆー

この よーな こと お ふまえた うえ で つぎ の よー に かんがえます。 「せいべつ わ ふたつ しか なく、 ふたつ の うち の どちらか で、かって に はんだん できて、 なざす こと が ゆるされる」 とゆー かんがえかた の、 つかいかた に はんたい します。 その よーな 「かのじょ」 「かれ」 とゆー ことば の つかいかた に わ はんたい です。

しかし ながら、 もちろん ものごと に れいがい わ つきもの で、 この かんがえかた に も れいがい が あります。 たとえば、 うえ に も かいた よう に、 ふぇみにすと が この せいさべつ てき な しゃかい、 つまり じょせい と される ほう が した に みられる しゃかい で、 あえて かのじょ と かく とき が あります。 この せいさべつてき しゃかい で わ おおく の すばらしい こと が、 おとこ と みなされ、 おんな わ おとこ より おとった もの と かんがえられる こと が おおい なか で、 かのじょ と かく こと わ とても だいじ な とき が ある の です。さらに、うえ に も かいた よう に、 とらんす の ひとびと の せいじにん(性自認) お かるく みる べき で わ ない こと お あらわす ため に も、「かのじょ」 、「かれ」 と つかう こと が だいじ な とき が あります。
また、 「かれ」「かのじょ」 という ことば が せいべつ とゆー せいど(制度) お つよく する よう に わ つかわれていない こと も かのうせい(可能性) として ありえます。 その よう な ところ で いきたい ので、 ぜひ おしえて ほしい です。 ですが、 たん に せいべつ とゆー せいど(制度) に はんたい していない から、 あたりまえ と おもっている から わからない ばあい わ、 おしえていただけなくて だいじょうぶ です。


ともかく、 せいべつ が じゅーよーな ばめん で も ない のに、 せいべつ お あきらか に する 「かれ」 「かのじょ」 という ことば の つかいかた に わ はんたいします。

いままで 「かのじょ」「かれ」 の ことば の つかいかた に ついて かきました。 じぶん が この 「かれ」「かのじょ」 という ことば の おおく の つかいかた に はんたい している こと わ わかって もらえた と おもいます。 ただし、 ことば の つかいかた わ それぞれ の ばめん で ちがう ので、 よんでいる かた わ それぞれ の いきている じょうきょう に あわせて かんがえてみてください。

にほんご と せいべつ

しかし、 「 せいべつ お あきらか に しない で にほんご お つかえる か?」 と きかれる かもしれません。 たとえば、 なぎ さん わ つぎ の よう に かいています(http://nagi1995.hatenablog.com/entry/530)。

ただし、厄介なことに日本語の場合は登場人物が男性か女性を特定できなければ「自然な言葉」で翻訳することが極めて難しい。それ自体が差別文化だと言ってしまえばそれまでなのだが、どうしても「言葉が変わってくる」からであり、登場人物の「属性」みたいなものを聞き手に感じさせない文体を選択したならばそれこそ「死んだ言葉」でしか翻訳できなくなってしまう。

ひらがな で かきかえます。

ただし、 やっかいな こと に にほんご の ばあい わ とーじょうじんぶつ が だんせい か じょせい か お とくてい できなければ 「しぜん な ことば」 で ほんやく する こと が きわめて むずかしい。 それ じたい が さべつ ぶんか だ と いってしまえば それまで なのだが、 どーしても 「ことば が かわってくる」 から であり、 とーじょうじんぶつ の 「ぞくせい」 みたい な もの お ききて に かんじさせない ぶんたい お せんたく した ならば それ こそ 「しんだ ことば」 で しか ほんやく できなくなってしまう。

じぶん わ、 「それ じたい が さべつ ぶんか だ と いってしま」い ます。 「それまで なの」 です。 たしか に、 せいべつ に あわせて つかわされる ことば も、 つかう ことば も かわります。 それ が いま の さべつ の じょーきょー です。でも、 ほんとう に、 とーじょうじんぶつ の せいべつ が わからない と 「しんだ ことば」 に なる の でしょー か? もちろん、 もし せいべつ とゆー せいど お ぜんてい と した ことば が 「しぜんな ことば」 で、 せいべつ とゆー せいど に はんたいする ことば が 「しんだ ことば」 ならば、 じぶん わ 「しんだ ことば」 お えらびます。どれだけ ふしぜん だ と いわれよう が、 どれだけ しんでいる と いわれよう が、 さべつ に はんたい したい です。 しかし、 そもそも とーじょうじんぶつ の せいべつ が わからない ことば なんて ありふれている と おもいます。 この ぶんしょー お よんでいる かた わ、 じぶん(くしゅん) の かいている ぶんしょー お よんで、 せいべつ が わかる の でしょう か? ほか の ぶんしょう も、うた も、 いろいろ な ことば から せいべつ が わかる の でしょう か? この ぶんしょう お よんでいる かた が、 この ぶんしょう お 「しぜん な ことば」 と おもう の か、 「しんだ ことば」 と おもう の か わ わかりません。そもそも かんじ(漢字) お あまり つかわない ところ で 「しぜん な ことば」 で わ ない と おもう の かも しれません。かんじ(漢字) が すくない りゆう わ、 かんじ(漢字) が かけて よめて あたりまえ とゆー せいど(制度) に はんたいしている から です。 くわしく わ、 かんじ かな まじり すみじ の ぶん - くしゅん の ぶろぐ など お よんでください。

ともかく、 「しんだ ことば」 に ならない だろう と おもって、 じぶん わ、(へいとふる と よむ )Hateful とゆー うた お ほんやく して みたい と おもった わけ です。しかし、ほんやく に ついて かく まえ に、もーいちど、 「かのじょ」「かれ」 とゆー ことば の つかいかた に ついて かきましょう。

「かれ」 「かのじょ」 お つかわない ため に わ?

そもそも にほんご で わ、 せいべつ が ぶんぽう として もとめられる こと わ すくない と おもいます。 せいべつ お あきらか に する だいめいし(代名詞) より も ふつー の めいし(名詞) お つかいます。 おなじ めいし(名詞) お くりかえしても おこられない です*8。そして、 どーし(動詞) や けいよーし(形容詞) お せいべつ に あわせて かえる ひつよう も ありません*9。いっぽう で、 したしい ことば と なる と、 おんなことば と おとこことば の どちらか の せんたくし しか のこされていない という こと も おおい です。また、 いちにんしょー(一人称) わ せいべつ で つかいわけ ない と おこられたりします。 ただし、 にほんご わ いちにんしょー も つかわなく て も かいたり はなす こと が できる という いみ で、 せいべつ お さけて ぶんしょう お つくりやすい と おもっています。 と わ いっても、 それ わ じぶん(くしゅん) の まわり だけ で つかわれている にほんご の はなし だ と いわれれば その とーり かもしれません。 だから、 いま かいた ぶぶん わ、 ほか の げんご お ほとんど しらない じぶん の にほんご の いめーじ だ と おもって ください。とゆー わけ で、 にほんご で せいべつ に ついて はっきり させない こと が できる と かんがえています。

しかし、もしかしたら「 いっぱんてき(一般的) な こと わ わかった が、 「かのじょ」 「かれ」 と かかないと いけない よー な ばめん で わ どうすれば いい の か?」 と ぎもん に おもう ひと も いる かも しれません。 そんな かたがた の ため に、 いくつか の ひんと お かいておきます。
1. 「かれ」「かのじょ」 という ことば お なくして みる。
すくなくとも じぶん が よく つかう にほんご の ばあい、「だれ に」とか「だれ お」 とか の じょうほう わ (えいご など の)ほか の げんご に くらべて つかわなくて も つたわる こと が おおい と おもいます。 まず、 つかわない でも つうじる か たしかめてみましょう。
2、その ひと の なまえ が わかる ばあい わ、 なまえ で かく。 えいご など の ことば わ、 ひと の なまえ など お くりかえす と くどい と かんじる こと が おおい らしい です が、 すくなくとも じぶん が つかっている かぎり で の にほんご わ そんな こと わ ありません(もちろん くりかえし お きらう にほんご も ある かもしれません)。なので、 ひと の なまえ が わかる とき わ くりかえして でも つかってみましょう。
3「その ひと」「あの ひと」 「この ひと」「ある ひと」 など の ことば お つかう。 これ わ なぎ さん も つかった ほうほう です。 ほんやく の とき わ べんり でしょう。
4ふつーめいし(普通名詞) お つかう。 2 でも かきました が、 じぶん が つかう かぎり で の にほんご わ、 えいご など の ほか の げんご に くらべて、 くりかえし お たくさん します。(もちろん、 くりかえし お しない にほんご も ある かもしれません。) だから、 たとえば、 のーか(農家)さん の はなし お していたら、 なんかい で も 「のうか さん が」、 「その のうか さん に」 など の ことば お つかって も だいじょうぶ だ と おもいます。
5その ひと の せいべつ が わからなかったら どー かく か かんがえる。 1から 4 の ぜんぶ お ためしても だめ な ばあい わ もちろん ある でしょう。 そしたら、 わからなかったら どうするか かんがえてみる と いい ほーほー(方法) が うかぶ かもしれません。

こーして、 「かれ」 「かのじょ」 お つかわない こと わ できる と かんがえている こと わ わかった と おもいます。


むかつく の ほんやく の まえ に

さて、 ほんだい に はいりましょう。

ほんだい わ、 ざ・くらっしゅ の (へいとふる と よむ)Hateful という うた でした。
https://youtu.be/lWo29GD62ck

Hateful - The Clash(GOOD QUALITY)


なぎ さん の ぶんしょう と、なぎ さん の ほんやく お よんで、 じぶん わ どーしても、 この いま かいている ぶんしょう お かきたい と おもいました。 それほど、 じぶん が Hateful(へいとふる) とゆー うた に かんどうした の かもしれません。 ともかく、 ほんやく してみた の です。 えいご が わかる わけ でも、 ざ・くらっしゅ の こと が わかる わけ で も ない じぶん が やくして みました。 しかも、 なぎ さん わ、 ただしさ や うたう ひと の おもい お だいじ に した のに たいして、 じぶん わ きにできませんでした。 うたう ひと の おもい わ、 きになる こと わ できません でした。 だから、 これ わ なぎ さん が ひきあい に だす 「誤訳」(ごやく) に なる かもしれません。 ほんやく で も なく て、 もし じぶん が この うた お かく なら どのよう に かく だろー か という にじそうさく(二次創作) です。 そして、 まね です。 たしかに、 ざ・くらっしゅ の うた の まね お します。 なぎ さん の ほんやく の まね お します。 でも、 まね お する に して わ、 ざ・くらっしゅ え の ねつい(熱意) も ない、 まね に なってない まね です。 ごめんなさい。

くしゅん の 4こ の るーる

なぎ さん が まもっている るーる お まね して じぶん の るーる お かいてみます。
1. いみ の ただしさ わ きにする けど、 さくしゃ の こと わ かんがえない。
2. じぶん が いつも つかう よー な ことば で かく。
3. せいべつ にげんろん と たたかう ため の ことば で かく、 もちろん すべて の さべつ に はんたいする。
4. にほんご で うたえる よー に おと に ついて きにする。
とゆー るーる で かいてみます。

1. いみ の ただしさ わ きにする けど、 さくしゃ の こと わ かんがえない。

まね お する と ゆー から に わ、 まね お する えいご の うた の いみ お きにしない と いけません。 まったく べつ の うた お つくろー と している の で わ なくて、 えいご の Hateful(へいとふる) とゆー うた の まね お する の です から。 だから えいご の ひょーげん に ついて できる だけ しらべました。けれど、 なぎ さん と わ ちがい、「「歌を作った人は何を伝えようとしているのか」という問題 」(うた お つくった ひと わ なに お つたえよー と している の か という もんだい) わ、 じぶん に わ わかりません でした。 あきらめました。

2. じぶん が いつも つかう よー な ことば で かく。

じぶん が うたい やすい よー に まね する ため に、 じぶん が いつも つかう よー な ことば で かきます。 じぶん の つかう ことば が、 にほんご として しぜん で ない かのーせい わ あります。

3. せいべつ にげんろん と たたかう ため の ことば で かく、 もちろん すべて の さべつ に はんたいする。

とく に、 3 に ついて わ ながく かきます。 ざ・くらっしゅ の Hateful(へいとふる) という きょく わ、1979ねん ごろ に しられた よう です。 そのころ の えいご お つかう ひとたち の じょうきょう、 とく に いぎりす の じょうきょう わ ほとんど しりません。 だから そーぞー で かく の です が、 おそらく、 せいさべつ と だんせいちゅうしんしゅぎ(男性中心主義)、 つまり 「じょせい と だんせい と ふたつ に わけて だんせい が すばらしい 」と おもう とゆー さべつ の じょうきょう が あった でしょう。
もちろん、 せいれき 2019ねん(つまり いま) の にほん に も あります。 だんせい で ない と みなされた ひとびと に おおく りすく が おしつけられる せいぼうりょく(性暴力) わ どーでもよい と みなされ たいさく わ じゅうぶん されてない です。たとえば せいじか(政治家) だって、 さいばんかん だって てんのう*10 だって けんりょく の つよい がわ に わ だんせい と みなされた ひとびと ばかり ついています。 こども お そだてる ろうどう わ じょせい と みなされた ひとびと ばかり に おしつけられ、 かじ(家事) ろうどう も じょせい と みなされた ひとびと ばかり に おしつけられています。 そして、 ほか の ひと の せわ お する ろーどー わ、 ろーどー と かんがえられない で、 みくだされます。 ただばたらき お させられます。
はなし お もどして、 1980 ねん ごろ の いぎりす など も、 そーゆー こと わ あった でしょー。 だから、 ろっく という おんがく じゃんる に も きっと せいさべつ(性差別) と だんせいちゅうしんしゅぎ(男性中心主義) が あった の だろー と そーぞー します*11。 さらに いえば、 いせいあいちゅうしんしゅぎ(異性愛中心主義) も あった でしょー。 いま(2019ねん) の にほん に も たくさん あります。 だから、 その とき(1980ねん ごろ) の えいご お つかう ひとたち の おおく も 「おとこ が おんな お すき に なり せっくす する もの だ 」と しか かんがえていなかった かも しれません。それら わ さべつ です*12。 とゆー よう な、 そーぞー お する と、 たしか に、 この Hateful (へいとふる) という うた わ、 うたっている ほうほう や うたっている ひと や じたいはいけい など から かんがえて、 「おれ」 という いちにんしょう お つかう の が、 その うた の いみ お ただしく つたえる こと だ と おもいます。

「おれ」 と さべつ

「おれ」 という いちにんしょー わ、 だんせい が だんせいちゅーしんしゅぎ(男性中心主義) お うけいれる とき の おおきな どうぐ と なります。 「おれ」とゆー ことば お つかう ひと わ 「おとこらしい」 と され、 だんせい と みられて さべつ に よって とっけん お える なかま お みわける ため に 「も」 つかわれます。おとこ と みなされた ひと が おとこ らしさ お ちゃんと、 つまり さべつてきな おとこらしさ お みにつける ため の めじるし である と どうじ に どうぐ に なります。 「おれ」 という ことば お つかう から に わ、 ぼうりょくてき(暴力的) に ならない と いけない と おもわされる こと も あります。「おれ」 と いう から に わ、 じょせい に たいして いせいあい(異性愛) てき に ふびょうどう(不平等) に あつかわない と いけない と おもわされる こと も あります。 そのよう に 「おれ」 という ことば が つかわれる こと 「も」 あります。 さて、 くりかえします。とっけん(特権) お もつ なかま お みわける ため に「も」 つかわれます。つかわれる こと 「も」 あります。 つまり、もちろん、 「おれ」 という いちにんしょー わ それだけ で つかわれる わけ で わ ありません。 だんせい と みなされず、 だんせい で ない ひと も 「おれ」 と つかいます し、 それ が せいさべつ と かかわらず つかわれる こと も あります。また、 とらんす が ぱす お する ため だったり、 みずから の よびかた として しっくり する から つかう こと だって あります。 それ に、 「おれ」 という いちにんしょう お つかわない ひとたち だって、 せいさべつ(性差別) お つよめる こと お する こと だって あります。そもそも、 「おれ」 が だんせい の いちにんしょー に なる ところ だけ で わ ありません。

じぶん わ、 「おれ」 という いちにんしょう お つかう こと に はんたいしている の で わ ありません。 ことば わ、 いきのびていく ため に ひつよう な こと も おおい です。ことば わ、 まわり の ひとたち と の かんけい や、 じぶん じしん と の かんけい など の ふくざつ な じょーきょー に えいきょうされます。だから それぞれ の ひと の じょうきょう で 「おれ」 お つかわない と いきのびていけなかったり、 そもそも 「おれ」 という ことば が せいさべつ の ため に つかわれていなかったり します。 しかし、 せいさべつ に はんたいする ため に、 「おれ」 という いちにんしょー(一人称) お つかわない よう に する という ほーほー(方法) も あります。 その ひと が 「おれ」 という いちにんしょう お つかう こと で、 さべつ が つよまる の か よわまる の か わ ばあい に よります。

4. にほんご で うたえる よー に おと に ついて きにする。

ことば わ、 いみ だけ が もんだい に なる の で わ ありません。 もちろん、 いみ が いちばん たいせつ な こと わ おおい です。 けれど、 いみ だけ で なく、 いった ことば の かたち が たいせつ な こと も おおい です。 いった ことば の かたち と かいた もの わ、 おんせい にほんご(音声日本語) や おんせい えいご(音声英語) など の おと の ことば に とって の おと です。 また、いった ことば の かたち と かいた もの わ、 にほんしゅわ や あめりかしゅわ など の しゅわげんご に とって の め で みる じょーほー です。 しゅわ げんご で みみ で きこえる おと お つかって ことば に する こと お じぶん わ しりません。 きほんてき に、しゅわげんご わ て(手)、 ゆび、 まゆげ、 くち の かたち、め の かたち、かお の むき、 からだ の うごき など で つたえます。 とく に、しゅわ げんご で わ て の いち、 て の うごき、 て の かたち わ だいじ に なる こと が おおい です。この よー な、 みみ で きこえない もの も 「おと」 と いう こと も あります が、 じぶん わ 「いった ことば の かたち」 と いいます。 けれど、 おんせい にほんご(音声日本語) や おんせい えいご(音声英語) わ、 おと の ことば なので、それら の いった ことば の かたち お 「おと」 と かきます。

さて、「いった ことば の かたち が たいせつ な こと も おおい です。」 と かきました。 どのよーな とき に、 「いった ことば の かたち が たいせつ」 なの でしょー か? たとえば、 だじゃれ など お たのしむ とき です。 「あるみかん の うえ に ある みかん」 とゆー だじゃれ お ゆー とき お かんがえます。 この とき、 「あるみかん の うえ に ある みかん」 の いみ わ、 みかん という くだもの の した に、 あるみかん という のみもの の いれもの が ある とゆー いみ です。これ わ、 まちがって ない と おもいます。 けれど、 のみもの の いれもの お あらわす 「あるみかん」 という ことば と、 みかん が ある こと お あらわす 「ある みかん」 という ことば が にている という こと も たいせつ です。 におんご お はなしている ひとたち の おおく が、 「あるみかん」 と 「うえ に ある みかん」 が すこし の ちがい わ ある けれど おなじ おと として かんじる でしょー。 じぶん わ、 この ことば の かたち が だいじ だ と おもっています。

もちろん、 いつも の かいわ(会話) で も、 おと の かたち わ だいじ に なる こと が あります。げんごがくしゃ(言語学者) の やこぶそん さん という ひと の かいた ぶんしょー お いんよー します。

ある娘さんは、いつも”あのひどいハリーthe horrible Harry” と言っていた。”なぜhorrible なんですか。” ”あたし、あの人きらいなんですもの。” ”でもどうしていやなdreadful や、すごいterrible とか、虫酸が走るfrightful とか、ぞっとするdisgusting なんて言うんじゃいけないんです?””そんなことわからないわ、でもhorrible が一番ピッタリするのよ。” 自分ではそれと知らずに彼女は類音法 paronomasia という詩的手法に固執していたのである。*13

じぶん に わ むずかしい ので、 まね お します。

ある ひと が、 いつも ”the horrible Harry”(ざ ほれぼる はりー) と いっていました。 えいご の ”the horrible Harry”(ざ ほれぼる はりー) と わ、にほんご で わ 「あの ひどい はりー」 という いみ です。 「はりー」 と わ ひと の なまえ です。 ほか の ひと が その ひと に ききました。
「なんで horrible(ほれぼる)なんですか?」
その ひと わ こたえました。
「はりー の こと が きらい だから です」
すると、 その ほか の ひと わ ききなおしました。
「なんで horrible(ほれぼる) という ことば お えらんだ の です か? いやな お いみする dreadful(どれっどふる) や、すごい お いみ する terrible(てれぼる)とか、むしず がはしる お いみする frightful(ふらいとふる)とか、ぞっとする お いみする disgusting(でぃすがすてぃんぐ) と いわなかった の わ なぜ です か?」
その ひと わ こたえました。
「なぜ か わ わかりません。でも、 horrible(ほれぼる) が いちばん いい と おもいます。」
この ひと わ、 ごろあわせ に こだわり お もっていました が、 じぶん で わ ごろあわせ お している と せつめい できません でした。 この ごろあわせ わ、 ことば の かたち お きにする ことば の つかいかた で も あります。

じぶん が 「ごろあわせ」 と まね した 「類音法 paronomasia」(るいおんほー、ぱらのめーじあ)の いみ わ、 「the use of a word in different senses or the use of words similar in sound to achieve a specific effect」(https://www.dictionary.com/browse/paronomasia)、 つまり、 ある ことば お ちがう いみ で つかう こと や、 ある こーか(効果) お だす ため に おと が にている ことば お つかう こと とゆー いみ です。

だじゃれ や いつも の かいわ(会話) だけ で ことば の かたち が だいじ である わけ で わ ありません。 うた や ぽえむ、 し(詩) など に おいて、 ことば の かたち わ とく に だいじ です。 たとえば、 「あんた がた どこ さ」 という うた お とりあげます。ただし、じぶん の きおく で かく ので、 まちがっている と おもいます。

あんた がた どこさ
ひご さ
ひご どこ さ
くまもと さ
くまもと どこ さ
せんば さ
せんばやま に わ たぬき が おってな
りょーし が てっぽー で
うって さ
にいて さ
やいて さ
くって さ
それ お ちょいと このは で かぶせ

まず、 たぬき お ころして たべる こと が えがかれています。 いたみ お かんじる もの に いたみ お あたえる こと に はんたいします。 だから、 いたみ お あたえて ころす こと も、 いたみ お あたえて たべる こと に も はんたい します。 そもそも うまれ させる こと も、 いたみ お かんじさせる こと だから、 いたみ なく ころす と しても、 すべて の もの お うまれさせる こと に はんたいします。 すべて の もの お うまれさせる こと に はんたいする と わ、 とく に にんげん の けんじょーしゃ など の まじょりてぃ お うまれさせる こと に はんたいする という いみ で かんがえてもらう と、 いま の さべつ てき な しゃかい だ と わかりやすい です。 いたみ の おおさ わ、 むりやり うまれさせる こと と かんけい わ あまり ない です。 いたみ が おおかろー と すくなかろー と いたみ お かんじさせる の ならば やめた ほー が いい です。 「けんじょーしゃ に くらべて しょーがいしゃ わ いたみ が おおい から うまれさせない ほー が いい」 という の わ さべつ てき です。 「すべて の もの お むりやり うまれさせて いたみ お あたえる な」 と じぶん わ かんがえています。 そもそも、 しょーがいしゃ の とき だけ、うまれさせる こと お なにか わるい もの である か の よー に かんがえる の わ、 さべつ てき です。 すべて の もの お うまれさせる こと が わるく、 もんだい です。 そして、 いきのこる こと と うまれさせられる こと わ べつ です。 いきのこりたい と おもう こと と、 うまれさせられたくなかった と おもう こと わ べつ です。 いきのこりたい と おもう こころ お むし(無視)する こと わ わるい です。 やめてください*14。 また、 にんげん いがい の どーぶつ わ とく に ころされても、 もんだい に されない こと が おおい です。 この「あんた がた どこ さ」 も たぬき お ころす こと お、 たぬき お くるしめる こと お わるい こと として わ えがいていません。 とーぜん の こと の よー に えがいています。ありがたり ながら たべれば ころして も いい という ひと も います が、 じぶん わ ころされた あと に ありがたがれながら たべられても ゆるさない と おもう ので、 はんたいします。 もちろん、 なに か に くるしみ お おぼえさせなければ いきのびていけない の です が、 それ でも くるしみ お あたえる こと に たいして はんたい する こと わ できます。 しましょー。
さて、うた の ことば の かたち お みてみます。 「どこ さ」 が くりかえされています。 また、ことば の さいご に「さ」 お つけて くりかえす こと で いろいろ な ことば お くらべています。 たとえば、 「ひご」「くまもと」「せんば」 という ことば が くらべられています。 「ひご」 が 「くまもと」 の あたり の こと だ という こと わ、 わかっている ひと も おおく、 くらべられている の です。 また、 「うってさ」 わ 「くってさ」 と くらべられていて、 「にいてさ」 わ 「やいてさ」 と くらべられています。この よー に にたよー な ことば お ならべる こと が うた や ぽえむ など の し(詩) に よく ある こと です。

だから、 じぶん わ Hateful(へいとふる) という うた お まね する とき に、ことば の かたち で ある おと お きにします。 そして えいご で にている おと お つかっている ことば どーし わ できる だけ にほんご で まね する とき も にている おと に する つもり です。また、 うたえる よー に する と わ、 いみ が わかる よー に せつめい する こと わ しない という いみ で も あります。

ちがい の りゆー

この 4こめ の るーる わ なぎ さん と わ ぜんぜん ちがいます。 その りゆー わ、 なぎ さん と じぶん(くしゅん) で わ もくてき が ちがう から です。 なぎ さん わ、 うた の にほんごやく の まちがい に 「だまされた」 けいけん お しています。 そして、 その 「せいしゅん に けっちゃく お つける」 こと が もくてき です。 なぎ さん の ぶんしょーhttp://nagi1995.hatenablog.com/entry/2017/05/10/030049) お いんよー します。

私はそんな風に「だまされてきた」自分のような経験を、後に続く世代の人たちには絶対に味あわせたくない。他に洋楽和訳サイトやブログは山ほどあるけれど、自分勝手な解釈ではなく、歌を作った人の気持ちになってそのメッセージを正確な日本語で伝えるということに私はこだわりたい。

ひらがな の わかちがき で かきなおします。

わたし わ そんな ふー に 「だまされてきた」 じぶん の よー な けいけん お、 あと に つづく せだい の ひとたち に わ ぜったい に あじあわせたくない。 ほか に ようがく わやく さいと や ぶろぐ わ やまほど ある けれど、 じぶんかってな かいしゃく で わ なく、 うた お つくった ひと の きもち に なって その めっせーじ お せいかく な にほんご で つたえる という こと に わたし わ こだわりたい。

じぶん に とって、 その よー な けいけん わ ありません。 えいご の うた わ きいてきません でした し、 そもそも おんがく と うまく つきあって いけていません。 じぶん の もくてき わ、 ただ、 「まね お する」 こと でした。 じぶん が すごい と おもった ひと に、 じぶん が なろー と する こと です。 でも、 まね お する に わ、 すごい と おもった ひと と なにか ちがわない と いけません。 まったく おなじ ならば、 ただ おなじ ことば お うつした だけ に なってしまいます。 それ わ いや です し、 そもそも できません。 なぎ さん と じぶん わ ぜんぜん ちがう もの なので できません。 そこ で かんがえました。 じぶん に とって だいじ な こと わ なに だろう か? きがつきました。じぶん わ、 ことば の いみ より も、 ことば の かたち お だいじ に している という こと に きがつきました。 だから 4こめ の るーる が ある の です。
けれども、 なぎ さん に とって、 じぶん の 4こめ の るーる わ、 もくてき と あっていません。 ことば の かたち お きにしていたら、 ただしい いみ お つたえる の わ とても むずかしい です。 まちがった やく に なってしまいます。 つくった ひと が こめた いみ や、 その とき に きいた ひと が かんがえる いみ と わ ぜんぜん ちがう もの に なってしまいます。
だけど、 じぶん わ まね お する だけ なので、 いみ わ そこまで こだわりません。 いみ が しりたっかたら なぎ さん の ぶんしょー(http://nagi1995.hatenablog.com/entry/2017/05/12/000309) お よんで ください。かんじ かな まじり の ぶんしょー です。 よめない ひと わ ごめんなさい。
nagi1995.hatenablog.com

まえ に だれか が 「たしざん」 の はなし お していた こと お おもいだします*15どこ で はなし お していた か みつからない ので、 りんく お はれません。 しかし、 はなし として わ、 じょーほー の ばりあふりー の ため に わ、 たしざん が ひつよー である という はなし でした。 つまり、 みんな が びょーどー に じょーほー お もらう ため に わ、 いろいろ な もの お ふやしていかない と いけない という はなし だった と おもいます。 なにか ひとつ だけ の かいけつさく で うまく いく もの で わ なく、ふやしていく こと が だいじ とゆー はなし だった と おもっています。 じぶん も そー おもいます。 という こと で、 ここ に ひとつ ちょっと ちがった たしざん お させて ください。

ほんやく え の たいど

さて、 じぶん の きめた るーる お もーいちど かきます。

1. いみ の ただしさ わ きにする けど、 さくしゃ の こと わ かんがえない。
2. じぶん が いつも つかう よう な ことば で かく。
3. せいべつ にげんろん と たたかう ため の ことば で かく、 もちろん すべて の さべつ に はんたいする。
4. にほんご で うたえる よー に おと に ついて きにする。

うたった ひと の きもち お かんがえ、 ただしく うた お ほんやくする とき わ、 「おれ」 という ことば お つかう こと が よい でしょう。 しかし、 じぶん わ、 にじそうさく(二次創作) お する と きめた の です。まね お する と きめた の です。 うたった ひと の きもち わ かんがえられません でした(るーる の 1)。 この へいとふる という うた お、 せいべつ や いちにんしょう に かかわらず*16、 せいさべつ と せいべつ とゆー せいど(制度) に はんたいしながら(るーる の 3)、 にほんご で じぶん の うた として きにせず うたいたい(るーる の 2 と るーる の 4)、 そー おもいました。 べつ に おとこ が うたっている せってい の うた お おんな が うたう こと も よく ある ので、 「じぶん の うた として きにせず」 と かきました。 この ほんやく わ たにん の もの お かって に うばいとる こと です。でも、 さべつ に はんたいする ため に、 うばいとります。この よー に うばい とる こと が どれだけ ほか の かたがた お ただしい りゆう なし に くるしめる か わかりません。 ごめんなさい。

とく に、 Hateful(へいとふる) とゆー うた わ、 どらっぐ お つかう ひと に ついて の うた で も あります。 この うた が、 どらっぐ お つかう ひと たち に とって、 さべつ てき に なる の か、 むしろ さべつ に はんたい する うた に なる の か も わからない じぶん が、 どらっぐ の いみ お なくす か の よー に まね お してしまっている の で わ ない か と とまどっています。 ごめんなさい。

ほんやく その1――むかつく

で わ、 じぶん の ほんやく です。 えいご の うた わ https://www.lyriczz.com/lyrics/clash/147133-hateful/https://www.tekstowo.pl/piosenka,the_clash,hateful.html お みました。あいだ の すうじ わ じぶん(くしゅん) が かって に つけました。 ほんやく その1 です。 とゆー こと わ、 あと で ほんやく その2 お かきます。

むかつく
(ほんやく その1)

1
あー、ともだち が できて、 そーゆー ひと (そーゆー ひと?)
どーゆー ひと ?
おかげ で ひとり でなくなる、 ただ ひとり
わたして くれて。 ひつよう な もの(ひつよう な もの?)
もらった もの ?
・ひつよう で、あれ ぜんぶ、 とっても
(………………………………………………とっても)


(ああ)ああ、 ほしい もの なんでも わたして くれる
ほしい もの なんでも わたされる けど ただ じゃない
むかつく
はらう し、ありがたい し。いなく なれて

2
ことし、 なくしちゃって、 ともだち、ちょっと (ともだち、 ちょっと?)
どーゆー ともだち?
わかんない。 きづいても なかったし
あの、 でて いかなきゃ また。(また?)
ともだち、 あい に いかなきゃ、あの だいじ な ひと

そー(ああ)ああ、 ほしい の なんでも わたして くれる
ほしい の なんでも わたされる けど ただ じゃない
むかつく
・はらう し、ありがたい し。いなく なれて
(……………………………………………………なく なれて)

3
あーー
(かんそう(間奏))
あーー

おお、(ああ)ああ、 ほしい の なんでも わたして くれる
ほしい の なんでも わたされる けど ただ じゃない
むかつく
そう!はらう し、ありがたい し。いなく なれて

4
しずめた ぜんぶ の どーてん (どーてん)
どーゆー かいてん?
うんてん できない し、 そんな に しっかり、 もう とっくに
なくしちゃって、 きおく(あたま)
おしり! みわけられなく て はっきり。

(ああ)ああ、 ほしい の なんでも わたして くれる
ほしい の なんでも わたされる けど ただ じゃない
・むかつく… ほしい の なんでも
(ほしい の なんでも わたして くれる)
・ほしい の なんでも くれる、 ほしい の なんでも
(ほしい の なんでも、… わたされる けど ただ じゃない)
・… … … くれる
(ほしい の なんでも)
・… … …
(ほしい の なんでも)
※ なかぐろ(・) わ した の まるかっこ(()) と どうじ に うたっている ところ お あらわす。 この とき めいんぼーかる と、 まるかっこ で くくった こーらす わ おなじ くらい の おおきさ で うたっている と おもう。

ほんやく お やってみて かんじた こと わ、 たいへん で、 やばい という こと でした。むずかしすぎて、 わからなくて、 こまりました。



ここ から わ、 えいご が すこし わかる ひと むけ に かきます。 えいご お まったく しらない ひと わ、 よむ の が たいへん かもしれません。 ごめんなさい。かんじ(漢字) の ひらがな え の かきなおし も しません。 ちからつきました。 ごめんなさい。ていねい な ことば も やめます。

はじめ から みる。

だいめい

Hateful
むかつく

だいめい わ、 なぎ さん に ならって、 「むかつく」 と やくした。 とゆー より も、 これ より よい やく お じぶん わ おもいつかない。 「むかつく」 とゆー ことば の えらびかた わ、 さいこー だ と おもっている。 「にくむべき」 や 「いまいましい」 など が じしょ(辞書) に のっている が、じぶん に わ これら の にほんご わ この Hateful という うた に ついて じぶん が もっている いめーじ に あわない と おもっている。 くわしく わ この Hateful という うた の さび の ところ で かく。

1ばん

1-1

Well, I got a friend who's a man (who’s a man)
あー、ともだち が できて、 そーゆー ひと。 (そーゆー ひと?)

Well は はなし お はじめたり きりかえたり する とき に つかう ことば で、 いきなり はなし が かわって びっくり させない よう に する ため の ことば なので、 「あー」 と やくした。
get a friend ... で ... な ともだち が できる という いみ。 ここ で わ かこけい なので、「ともだち が できた」 と やくした。
a friend who's a man の who わ かんけいだいめいし(関係代名詞) で、 a friend お せつめい する ため の ことば である。 はんたい に、 かっこ の なか の who's a man の who わ、 ぎもんだいめいし(疑問代名詞) で、 なまえ や たちば お きく ことば である。 しかし、 ふたつ とも、 who's a man と おなじ ことば お つかっている ので、 「そーゆー ひと」 と「そーゆー ひと?」 と ことば わ おなじ に した。
かっこ() の なか わ、 かっこ の そと お うたう ひと と わ べつ の ひと に よる こーらす である。 ここ の こーらす わ、 ひだり から きこえる。
a man わ、 おんな に たいする おとこ、 にんげん いがい の どうぶつ に たいする ひと など の いみ も ある ことば である。あめりか がっしゅうこく で わ the man で まやく お うる ひと という いみ も ある らしい。 あと で この ともだち の こと お he と いっている と おもう ので、 この ともだち わ だんせい と かんがえられている と わかる。 しかし、 ここ で わ a man という いろいろ な いみ の ある ことば お つかって、 なかま いがい に わ いみ が はっきり と わからない よう に させている と おもった。 だから、 「そーゆー ひと」 という ことば お えらんだ。
すると、「ともだち が できて、 そーゆー ひと」 という ぶぶん わ、 「ともだち」 が 「そーゆー ひと」 だ と わかる よう に なっている ので、 ひとつめ の who お かんけいだいめいし として やくす こと が できた。 さら に、 「そーゆー ひと」 という ことば で、 ともだち が にんげん で ある こと お あらわしながら、 「そーゆー」 と つける こと で、 いろいろ な いみ お かんがえられる ことば に できた。たとえば、 まやく お やっている ひとたち に とって わ、 「そーゆー ひと」 と いえば、 まやく お うってくれる ひと だ と わかる という よう な じょーきょー わ かんがえられる。 ほか に も、 おとこらしさ が だいじ な ひとたち の あいだ で わ 「そーゆー ひと」 わ おとこらしい ひと という いみ かもしれない。 ほか に も、 ふぇみにずむ に ついて はなしあっている ひとたち の あいだ で、 「そーゆー ひと」 が せいさべつ(性差別) お つよくしよう と する ひと という いみ で つかわれる こと だって、 すごい そんけいできる ふぇみにすと である という いみ で つかわれる こと だって あり うる。
ここ で a man お 「そーゆー ひと」 と やくした りゆう わ、 ともだち が おとこ か おんな か えっくすじぇんだー か、 のんばいなりー の なか の なにか か という せいべつ に ついて わ いわない こと が できる と かんがえた から だ。 ともだち の せいべつ が だいじ な ひと でも、 だいじ で ない ひと でも ありえる ひと に この I お したかった。 あと、 この むかつく とゆー うた の にじそーさく お おとこ の うた みたい に して、 だんせいちゅーしん に かんがえる の わ いや である。 さらに、 いろんな うた お だんせいちゅーしん の うた に みなしていく の も さべつてき なので はんたい する ため に も、a man の せいべつ の いみ わ むし(無視)した。さらに、 いせいあい ちゅうしんしゅぎ で の 「おなじ せいべつ の ひと わ ともだち だけど ちがう せいべつ わ ともだち で ない」 みたい な だいきらい な かんがえ に も はんたいする ため に むし(無視) した。 もちろん せいべつ お むし して わ いけない ばあい も ある ので ちゅうい。
そして、 (who’s a man) お 「そーゆー ひと?」 と やくした こと で、 あいて の ことば の さいご お くりかえして いみ お たずねている と も かんがえられる し、 「そーゆー ひと と わ だれ?」 という いみ で も かんがえられる よう な ことば に なった。
さらに、 「そーゆー ひと」 と やく した こと で、 その ともだち が ひとり で ある こと が あらわせた。 えいご で わ、 ひとつ や ひとり なのか ふたつ いじょー や ふたり いじょー なのか お はっきり させない と いけない。 ところが にほんご で わ その ちがい わ はっきり させない こと が おおい。 はっきり させている から に わ、 なにか りゆう が ある ばあい が ある と おもわれてしまう。 つまり、 ここ で I got a friend who's a man お、 「ひとり の ひと である ひとり の ともだち が できた」 と やくしてしまう と、 きいている ひと お びっくり させてしまう。 びっくりした ひと わ「なんで そんなに「ひとり」 と ゆー の?」 と ぎもん に おもう かもしれない。ちなみ に、 a(ある…) は one(ひとつ の …) で は ない ため、 そーゆー いみ で も この やく(「ひとり の ひと である ひとり の ともだち が できた」) わ よくない。 ともかく、 にほんご の やく で わ ひとり なのか ふたり いじょう いる の か お かんたん に わ はっきり させられない。 しかし、 この Hateful(むかつく)という うた に わ、 ひとり なのか ふたり いじょう なのか が もんだい に なる ところ が ある。 それ は、 この 1ばん の はじめ と、 2ばん の はじめ の ちがい である。2ばん の はじめ わ、 ”This year I've lost some friends”(ことし、 なくしちゃって、 ともだち、 ちょっと ) である。 1ばん の はじめ が I got a friend(ともだち お ひとり えた) のに たいして、 2ばん の はじめ が I've lost some friends(ともだち お なんにんか なくした) と なっていて くらべられている。 つまり、 get(える) と lose (なくす) わ はんたい の ことば であり、 a friend(ひとり の ともだち)と some friends(なんにん か の ともだち) が くらべられている。 だから、 ひとり なのか どうか が もんだい に なる の だった。
ちなみに、 この ふたつ わ got とゆー かこけい(過去形) と have lost とゆー かこかんりょうけい(過去完了形) で くらべられている の かもしれない が、 そこ わ わからない。かこけい わ、 かこ に おこった こと に ついて いう ほーほー で、 かこかんりょうかい わ かこ に おこった こと が いま に も えいきょうしている こと お いう ほーほー である。 だから、 かこかんりょうけい で いわれた I've lost some friends (ともだち お なんにんか なくしちゃた) わ、 「いま も その ともだち わ いない まま」や 「いま も しょっく お うけている」 など の いみ が かんじられる。 それ に たいして、I got a friend(ともだち が できた) わ たん に まえ に そーゆー こと が おこった こと お いっていて、 その ともだち わ もう いない かも しれない し、 その ともだち わ いる かも しれない。 しかし、 すぐ に a friend who's a man(ある ひと である ともだち) つまり、 a friend who is a man(ある ひと である ともだち) と いっていて、 is と どうし の げんざいけい(現在形) が つかわれている。 さらに、He gives me what I need (その ともだち わ ひつよう な もの お わたして くれる) で も gives と どうし の げんざいけい(現在形) が つかわれている。 だから かんぜん に むかし の はなし お している わけ で わ ない。 だから かこけい と かこかんりょうけい の ちがい お にほんご で わかる よう に わ しなかった。
とちゅう で who's お who is に おきかえた が(「しかし、 すぐ に a friend who's a man(ある ひと である ともだち) つまり、 a friend who is a man(ある ひと である ともだち)」)、 いっぱん (一般)に who's は who is か who has か who does の どれか である。 has だ と I got a friend who has a man(おとこ が いる ひと と ともだち に なった) と なり、 と-ーじょーじんぶつ が ふえる。 しかし、その あと man の はなし お していて、 その ひと が I(じぶん) お こどく に させなかったり している ので、 なんで さいしょ に その man が ともだち の おとこ(man) である こと お いいだし、 その man は ともだち と いわない の か よくわからなくなってくる。 また、 does だ と、 do a man という の が よく いみ が わからない。 なので、who is a man である と かんがえる の が あっている と かんじた。
さいしょ わ、 「あー、ともだち が できて、 そういう ひと。 (そういう ひと?)」 と かいていた が、 つぎ の せりふ お 「どーゆー ひと」 に して ことば の かたち お あわせた とき に、 「そーゆー」 に かきかえた。 そーゆー ふー に いろいろ な ひと が はつおん している ので、いみ わ かわらない だろう し、 より ただしく なっている だろー。

こーらす の かんけい 1

ここ で、 だいじ な もんだい が ある。 なぎ さん の ぶんしょー お いんよー する(http://nagi1995.hatenablog.com/entry/2017/05/12/000309)。

この歌はジョーストラマーとミック・ジョーンズが「掛け合い」をする形で歌われていて、だから訳詞も会話文の形をとったのだが、"Well, I got a friend who's a man"(友だちができたんだ)とジョーが言うのに対しミックが"What man?"(どんなやつ?)と返しているそのあたりに関しては、たぶん間違った解釈はしていないと思う。

たしか に この Hateful とゆー うた に かけあい わ ある と おもう。しかし、 かけあい わ、 "Well, I got a friend who's a man" に たいする ”who’s a man” である と おもう。 "What man?" わ、 「ジョーストラマー」 が うたっている よう に きこえる。 さらに、この かけあい の こーらす わ ひだり(who’s a man)、 みぎ(What you need?)、ひだり(Some friends?)、 みぎ(Again?)、 ひだり(My nerves?)、みぎ(My mind?) と わけてある。 いやほん など で かたほう だけ で きく と より わかりやすい と おもう。つまり、 かたみみ なんちょー の ひと わ いやほん で ききにくい きょく だ。 ざんねん ながら じぶん に わ、 みぎ で うたっている ひと と ひだり で うたっている ひと の こえ が おなじ ひと か わ わからない。 たしかめる ため に、 ざ・くらっしゅ の らいぶ えいぞう お さがそう と おもった が、 なんと、 らいぶ で わ 1979 ねん の 7がつ の いぎりす の ろんどん で の 3かい の らいぶ で しか えんそう した こと が ない らしい(https://www.songfacts.com/facts/the-clash/hateful)。 かわり に、 かばー お している ばんど の らいぶ の えいぞう(https://www.youtube.com/watch?v=GWzYUeGkI78) お みる と、 さんにん で なく ふたり で うたっている こと が わかった。さて、 わからない。けっきょく、 みぎ と ひだり の こーらす の ちがい の いみ わ わからなかった。 おてあげ。(ちなみに、さび の Anythin' I want も こーらす わ うたっている。)

ともかく、1 ばん が、 せりふ の I と、 だれか と の かいわ である という こと わ おなじ いけん である。という より、 なぎ さん の ほんやく お よんでから うた お きいている ので、 かいわ に しか きこえない。 しかし、 こーらす と めいんぼーかる が それぞれ かいわ お している ふたり に たいおうして わ いない と おもう。I と はなしている の わ だれ か? という ぎもん も あと で だいじ に なってくる かもしれない。

1-2

うた の ほんやく に ついて つづける。

What man?
どーゆー ひと?

what わ ぎもんけいようし(疑問形容詞) で、 man が どんな ひと か お きいている。つまり、 who が だれ なのか きいている の に たいして、 what で どんな ひと なのか きいている という ちがい が ある。つまり、 friendly (ふれんどりー ) なのか、 little(ちっこい) なのか、 important(だいじな) なのか お きいている の である。あと で、 the only (man) (ただ ひとり の ひと) と こたえている の は、 この ぎもん に たいして だ という こと が わかる。
さて、この ぶぶん お すこし まえ から みる と、who's a man (who’s a man) What man? と wh ... man という かたち が 3かい ならぶ。 この かたち お まね する ため に、「そーゆー ひと。 (そーゆー ひと?)どーゆー ひと?」 と 「ーゆーひと」 と かたち お あわせた。 こそあど ことば と いう の わ、 これ それ あれ どれ という にほんご の しじし(指示詞) の こと である が、 その 「そ」 と 「ど」 と ならべる こと で、 えいご の who と what の ぎもんし(疑問詞) の ならび お まねした。
さいしょ わ、 「どんな ひと か?」 と やくしていた。 なぜなら、 そのよう に やくした とき わ、 めいんぼーかる が うたう うた わ すべて I の せりふ だ と かんがえていた から だ。 つまり、 Aさん「どんな ひと なの?」 Bさん「どんな ひと か? おかげで ひとり でなくなる ただ ひとり の ひと」 みたい に、 あいて の ぎもん お いいなおして こたえている Bさん の「どんな ひと か?」 みたい な もの と おもった から だ。 しかし、 あと で めいんぼーかる の ひと が、 ”What you got?”( もらった もの?) と うたっている。 もし、 おなじ よう に Aさん「なに もらった の?」 、Bさん「なに もらった か? ない と すっごく だめ に なる もの ぜんぶ」 と こたえている と かんがえる と、 What you got? (あなた が もらった もの?)で わ なく、 What I got?(じぶん が もらった もの?) に ならない と いけない ので、 むじゅん する。 とゆー りゆう から、 めいんぼーかる の ひと が うたっている うた わ、 ふたり いじょう の かいわ である と かんがえられる。そのため あと で「どんな ひと?」 に かえた。 しかし、 ちょうど うえ に かいた ことば の かたち お あわせる ため に 「どーゆー ひと ?」 に かえた。(ほんやく2 で 「どんな ひと?」 に もどる。)

こーらす の かんけい 2

ここ で、 また かいしゃく(解釈) の もんだい が おこる。 だれ が なんにん いて はなしている の だろう か? つまり、 こーらす で「そーゆーひと?」 と いっている ひと と、 めいんぼーかる が 「どーゆーひと?」 と いっている ひと わ ちがう ひと だろー か? こーらす が いう who's a man (ある ひと わ だれ) わ なまえ や たちば お きいている の で あって、 めいんぼーかる が いう What man は どんな ひと か きいている の である。 この あと、 めいんぼーかる わ the only(さいこー(な ひと)) こたえて いる から、 こーらす が いう who's a man に わ こたえていない わけ だ。 ここ で かんがえられる の わ 3こ ある。
1、おなじ ひと が ふたつ しつもんしている。 つまり かいわ の あいて わ ひとり。 しかし よく ある よう に いっき に たくさん しつもん しても、 あいて が その しつもん すべて に こたえてくれる わけ で わ ない という こと が おきている。 ただし こーらす と めいんぼーかる で おなじ ひと の せりふ お わける の だろう か?
2、ちがう ひと が それぞれ しつもん している。 つまり かいわ の あいて わ ふたり いじょー。 こーらす の せりふ わ はなしている ぐるーぷ の だれか が いった ことば だが、 しつもん として りかい されなかったり、 I が はなしたい こと と ちがったり、 しつもん した ひと の けんりょく(権力) が ない から こたえなくても いい と おもわれたり した か など が おきた こと お あらわしている。
3、 そもそも こーらす わ しつもん で わ なくて、 めいんぼーかる の おいかけ として うたっていて、 えこー の ような こうか(効果) お だそう と している。 つまり、 じつ わ こーらす わ ぎもんぶん で わ ない。
など など いろいろ な こと が かんがえられる。 ともかく ここ で の にほんご の やく に わ かんけい ない と おもう。

1-3

つづける。

The man who keeps me from the lonely, the only
おかげ で ひとり でなくなる、 ただ ひとり

ちなみに ”The man” の ところ お のー・だうと わ "A man" *17 として うたっている。しかし、 どのみち その ちがい わ かんけい なく にほんご に やくす こと が できる と おもう ので むし(無視)する。
「おかげ で ひとり でなくなる、 ただ ひとり の ひと」 や 「おかげ で ひとり でなくなる、 ゆいいつ の ひと」 など と さいしょ わ やくしていた。
いちばん しんぱい な こと わ、 「ただ ひとり」 が 「ともだち」 の こと お いみしている と りかい されない かのうせい が たかい こと である。 もう なんかい も やく お みすぎて わからなくなった。

この ぶぶん わ ふたつ に わけられる。 The man who keeps me from the lonely と the only である。 どちら も、What man ? に たいする こたえ である。いっぽう で こどく から じぶん お まもってくれる ひと (The man who keeps me from the lonely) であり、 もう いっぽう で、さいこー(the only) の ひと である。この かいしゃく(解釈) わ、 なぎ さん の 「さびしさを忘れさせてくれる/ おれにとっては1人だけの友だちで」(http://nagi1995.hatenablog.com/?page=1494555605 かいぎょう(改行) お すらっしゅ に じぶん が かえた。) という ほんやく から きがついた。
もし この ほんやく お よんでいなければ、 じぶん わ from the lonely , the only (こどく(孤独)、 たんどく(単独) から) と きりとっていた だろう。 この ばあい わ、 lonely(ひとり で さびしい) も only(ほか が ない) も the お つける こと で、 けいようし(形容詞) お めいし(名詞) と している。そして、 lonely という ちゅーしょーてき(抽象的)な じょうたい(状態) と、 only という ちゅーしょーてき(抽象的) な じょうたい(状態) という いみ に している と かんがえた だろう。 そして、lonely(ろんりー) と only(おんりー) わ ぉんりー(on-ly) が おなじ おと で、 おと お くらべている。 そのため、 「こどく」 と 「たんどく」 で 「どく」 とゆー おと お あわせていた だろー。 lonely が かなしい きもち お あらわす のに たいして、 only わ ほか が いない とゆー ようす(様子) お あらわし、 only の ほー わ ひとつ しか なく て すごい よい という いみ に も なる こと も かんがえる と、 こどく と たんどく という やく わ ぴったり だ と おもっていた であろう。 こどく と いってしまって から、 たんどく と いいかえる すがた わ、 なにか じぶん お つよく みせよう と している の か、 それとも はなしている ひと の まえ で こどく と いってしまう の わ 「おまえ と はなして も たのしくない」 という いみ に なって しまう と おもって いいかえた の か。 そんな こと お かんがえていた だろー。
しかし、 What man ?(どーゆー ひと) と きかれている の だから、 the only (man)(さいこー な ひと) と こたえている と かんがえる ほー が いい と おもった。 だから、 こどく と たんどく という まね わ やめた。

まず ぜんはん の The man who keeps me from the lonely お ちょくやく すれば、 「ひとり で さびしい という じょうたい から じぶん お はなした まま に する ひと」 と なる だろう。 まず、 who わ かんけいだいめし(関係代名詞) で、 keep A from B で A が B お しない よう に する という いみ に なり(とく に B が どうめいし(動名詞) である こと が おおい)(ジーニアス英和大辞典、大修館書店、2001-2010)、 うえ で かいた よう に、 lonely(ひとり で さびしい) に the お つける こと で、 けいようし(形容詞) お めいし(名詞) と して、 lonely という ちゅーしょーてき(抽象的)な じょうたい(状態) という いみ に なる。
ちなみに the lonely という ひょうげん わ、 さびしい と おもっている ひとびと という いみ で も つかう(https://www.ldoceonline.com/jp/dictionary/the-lonely)(そもそも けいようし に the お つけて めいし と する ばあい わ ひと の こと お さす こと の ほう が おおい だろう) が、 する と こんど わ The man who keeps me from the lonely わ 「さびしがりや たち から かくまってくれる ひと」 という いみ に なり、 すごい にんきもの の I に なる。この いみ で わ ない と ゆー ため の りゆー お じぶん わ もっていない。 この I に わ うしなう ほど に わ ともだち が いて、 ともだち が ひとり とか いう わけ で わ ない。また、 さびしがりや たち わ むりょう で ほしい もの くれる のに、 この さいこー(only) の ともだち だけ わ むりょう で くれなくて むかつい ている の かも しれない。 しかし、 この かいしゃく(解釈) わ じぶん の にじそうさく(二次創作) の I と わ かいしゃく ちがい なので、 この いみ わ とらない。
さら に、Sleeping Under 47 (すりーぴんぐ あんだー ふぉーてぃーせぶん?) という ぐるーぷ の Lonely(ろんりー) という きょく(https://su47.bandcamp.com/track/lonely-2) に も、 ”Just keep me from the lonely”(ちょっと さびしく させない で) という せりふ が ある。 この うた の さいしょ の ほう わ あきらか に me が こどく で さびしく おもっている うた だ と おもう。 この よー な ほか の れい(例) が ある ので、 keep me from the lonely わ、 じぶん お こどく に ならない よう に してくれる とゆー いみ だ と かんがえる。 そもそも keep は ある じょうたい(状態) お つづける こと であり、 from わ わける こと、 ふたつ に はなす(離す) こと お いみ する ので、 me(じぶん) お the lonely(ひとり で さびしい) から ひきはなした まま に する という いみ に なる と も かんがえられる し、 keep A from B お じゅくご(熟語) と とらえて me(じぶん) が the lonely(ひとり で さびしい) である よー に ならない よー に する という いみ に なる と も かんがえられる。

るーる4 に ついて

さて、 ここ お にほんご に ほんやく する とき に ちゅうい した ところ わ、 3こ ある。 すべて るーる4(4. にほんご で うたえる よー に おと に ついて きにする。) に かんけいする。
1、ここ まで の うた お ならべる と、 ”who's a man (who’s a man)/ What man? The man” と man で そろえている ので、 「ひと」 という おと お いれる こと。
2、 the lonely に あたる ことば お さいご の ほう に もってきて、 the only と にた おと に する。
3、うたえる よう に みじかくする

るーる4 に ついて、 その1

1 の 「ひと」 という ことば お つかう という こと わ、 「ひとり」 という ことば お つかう こと で むりやり そろえた。 この げんいん(原因) わ、 3 の うたえる ぐらい みじかくする とゆー じょうけん(条件) や、 keeps me from the lonely お にほんご に やくす に わ さいしょ に 「その ひと…」 と はじめてしまう と むずかしかった こと に ある。 さらに、 いちにんしょー わ できる だけ つかわない ため に わ、 me に ついて の はなし である こと お どうにか して あらわさない と いけなかった。 だいたい、 keep A from B の えいご わ にほんご で わ しえき(使役) の かたち に しない と やくしにくい。 つまり 「させる」 「させない」 お つかわない と やくしにくい。 だから、 「その ひと、 わたし お ひとり に させない」 とか 「その ひと、 おれ お ひとり に させない」 とか 「 その ひと、 うち お ひとり に させない」 とか、 「その ひと、 ぼく お ひとり に させない」 とか なら できる の だが、 いちにんしょー(一人称) お つかわない と いけない。 かといって「その ひと、 じぶん お に させない」 と かく と、 「じぶん」 わ 「その ひと」 お いみ して しまう。 しかも、 「どーゆー ひと」 と きかれている とき に、 その ひと が する こと で すぐ こたえる こと に じぶん が なれていない。 「どーゆー ひと?」 と きかれた ら、 「やさしい」 とか 「… してくれる やさしい ひと」 など さいしょ に 「その ひと」 と もってきたくない。 しかし、 たとえば、 もし 「わたし」 お つかえば、 「その ひと、 わたし お させない の、 ひとり に」 とゆー ごじゅん が できる。 しかし、 その とき わ、 その あと が つづかない ので やめた。かわりに、 「おかげで … じゃない ただ ひとり( の ひと)」 と すれば、 ふじゅうぶん(不十分) だが いみ も おなじ まま いろいろ な じょうけん(条件) が みたせる。
つづいて the lonely の やく わ、 「ひとり」 に した。 ひとり だ と かなしい と わ かぎらない とゆー けってん(欠点) が ある が、 「おかげ で ひとり でない」 と いう とき の 「ひとり」 ならば かなしみ お ひょうげん できる だろう と かんがえた。 さらに、 man の やく の 「ひと」 に にている おと なので、 やくせなかった The man の かわり お してくれる し、 のち の the only「ただ ひとり」 の ひとり と おと が おなじ に なり、 くらべられる。
「おかげで ひとり で なくなる」 と いった とき、 ひとり で なくなる の わ はなしている ひと である と わかる ので、 いちにんしょー(一人称) の もんだい も かいけつ した。

るーる4 に ついて、 その2

つぎ に、 こうはん(後半) の the only に ついて かく。 これ わ けいようし only に the お つけて めいし に して、 only な ひと という めいし に した と も かんがえられる し、 the only man や the only friend の りゃく だ と かんがえる こと も できる と おもう。 the only ... わ 「最適の、最良の;無比の(best)」(ジーニアス英和大辞典、2001-2010)とゆー いみ が あり、"my one and only friend"「私の唯一無二の友達」(ランダムハウス英和大辞典第2版、小学館、1994) とゆー ひょうげん も ある。 さいしょ わ 「ゆいいつ の ひと」 と やくしていた が、 それ で わ おと の つながり が なくなってしまう ので、 あきらめた。「ただ ひとり」 と やくす こと で この 「さいこー」 である こと お あらわせる と おもった。すごく ここ の まね わ しっぱい している きがする。

るーる4 に ついて、 その3

「3、うたえる よう に みじかくする」 と かいた が、 けっこー はやくち で いわない と いけない。 ざんねん。

1-4

He gives me what I need (What you need?)
わたして くれて。 ひつよう な もの。(ひつよう な もの?)

(What you need?) わ みぎ から きこえる こーらす である。(What you need?) (ひつよう な もの?) という の わ、 あきらか に I いがい の ひと の せりふ である。 なぜなら なにか お need(ひつよう と する) I お you と よんでいる から だ。 ただ、 what I need (What you need?) と what ... need と くりかえし に なっている ところ お にほんご で まね する に わ、 I と you の ちがい お だす こと が できなかった。もちろん、 いちにんしょう(一人称) お あまり つかわない とゆー じょうけん(条件) も りゆう の ひとつ で わ ある。 しかし、「その ひと わ ひつよう な もの お くれる」 と いわれた とき に 「あなた が ほしい もの?」 とか 「あなた が ほしい の なに?」 など と 「あなた」 という ことば お つかう こと わ すくない と おもった。もちろん、 じぶん の まわり で の かいわ に ついて もっている いめーじ なので、ほか の ひと わ ちがう いめーじ お もっている かも しれない。
ちなみに、 この うた の I わ この しつもん(What you need?) に こたえている よー で も いる し、 こたえていない よー で も ある。 I need it all so badly(ひつよう で、あれ ぜんぶ、 とっても) という めいんぼーかる の せりふ が この しつもん に こたえている と かんがえる こと も できる。 つまり、 「なに が ひつよう か?」 という しつもん に、 「それ が ぜんぶ ひつよう だ」 と こたえている。 さらに いえば、 it(それ) が さび に でてくる Anything I want (ほしい もの なんでも) お さしている と かんがえれば、 しっかり と こたえている と かんがえられる。 いっぽう で、 I need it all oh so badly(ひつよう で、あれ ぜんぶ、 とっても) とゆー めいんぼーかる の せりふ が、(What you need?) (ひつよう な もの?) という ぎもん に こたえていない と も いえる。 なぜなら、 it all(それ すべて) という の わ とても あいまい な ことば である から だ。 つまり、 (What you need?) (ひつよう な もの?) とゆー ぎもん わ、 その it(それ) わ なに か きいている と も かんがえられる から だ。

つぎ に、 めいんぼーかる が うたう He gives me what I need (その ひと わ、じぶん が ひつよう と している もの お じぶん に わたす) という ぶぶん に ついて かく。
He お やくさない の わ、 にほんご の、 とく に かいわ で わ、 ともだち の はなし お している の だから 「そのひと」 わ と やくさなくても わかる と おもった から である。
give me お 「くれる」 で なく、「わたしてくれる」 と やくした の わ、あと の さび の ぶぶん で、 He gives it to me(わたして くれる ) と He gives it, but not for free (わたされる けど ただ じゃない) が ならべられていてる こと お、 「わたして くれる」 と 「わたされる」 と ならべる こと で まね したかった から だ。 つまり、give の ところ お 「わた」(し/される) という おと で まね して、give ... to me や give me ... という me が ふくまれている ひょうげん に わ、 「くれる」 と つける こと で、 じぶん に わたされた こと お より はっきり させた。 だから、 give me ... という ひょうげん に 「くれる」 と つかってしまう と、 He gives it, but not for free.(わたされる けど ただじゃない) に me が なくなっている こと お あらわせなかった。 だから 「わたす」 とゆー たべもの や ぷれぜんと など の ぐたいてき(具体的)な もの に つかう ことば お つかう ことば に なってしまった。 しかし、 give わ もっと たとえば きもち とか むすびつき とか じかん とか いろいろ な ちゅーしょーてき(抽象的)な こと に も つかえる と おもう ので、 いみ お せまく している。 しかし、 ぎゃく に「くれる」 だけ で やくす と さび の ぶぶん が えいご に くらべて みじかく なり すぎる ので 「くれる」 と やくす こと わ あきらめた。
what I need に ついて わ、 さいしょ わ 「ない と だめ な もの」 と やくしていた。 ひつよう な もの わ ない と だめ に なる もの である と おもう から、 いみ が とても ちがう やく で わ ない と いま で も おもっている。 need お 「ない と だめ な」 と やくそー と した の わ、 つぎ の I need it all so badly (ひつよう で、あれ ぜんぶ、 とっても) お 「ひつよう」 という ことば で やくせなかった から であった。 しかし、 「ひつよう」 という ことば で まね できた ので、 「ひつよう な もの」 と やくした。 ここ で I お やくす ひつよう わ ない だろー。 「ひつよう な もの お くれる」 と いえば、おおく の ばあい、 ひつよう と している の わ その ことば お いった ひと で ある。

ただし、 ちゅーい する べき こと わ、こーらす わ、 ”What do you need?”(なに が ひつよー なの?) で わ なく "What you need?"(ひつよー な もの?) と なっている ところ で あろー。 ひつよー な もの お きく ぎもん ぶん ならば、 ”What do you need?”(なに が ひつよー なの?) が よい と される だろー。 "What you need?"(ひつよー な もの?) わ、 ひつよー な もの お きく ぎもん ぶん の ちゃんとしていない いいかた と かんがえられる か、 ぶん の いちぶ の 「ひつよー な もの」 と かんがえられる だろー。 つまり、 He gives you what you need.(その ひと わ、 あなた が ひつよー としている もの お わたして くれる) とゆー ぶん の さいご の ”what you need” とゆー ぶぶん と も かんがえられる。 その ばあい わ、 「あなた わ 「じぶん に ひつよー な もの お くれる」 と いった が、 あなた が ひつよー な もの (とゆー こと か)?」 とか 「あなた わ 「じぶん に ひつよー な もの お くれる」 と いった が、 あなた が ひつよー な もの (とわ なに か)?」など の いみ に なる だろー
"What you need?"(ひつよー な もの?) で、 ”What do you need?”(なに が ひつよー なの?) お いみ できる か どーか わ わからない ので、 しっている ひと が いたら おしえてほしい。

ほんやく の いけん の かきかた 1

ここ で、 じぶん の ほんやく に ついて の いけん お かく。 じぶん が この ぶんしょう お かく きっかけ と なり、 あこがれ、 いま まね お している なぎ さん の いけん の ひょうげん と 、 じぶん の いけん の ひょうげん お くらべる こと で わかりやすく しよー と おもう。 なぜ、 「いけん の ひょうげん」 と かいた か とゆー と、 「いけん」 わ たぶん かなり ちかい と おもっている から だ。 もちろん、 かって に にている と おもっている だけ なので、 ぜんぜん ちがう かもしれない。 ともかく、 まず、 なぎ ざん の ぶんしょう(Waiting for the sun もしくは自由のスプラッシュ (1970. The Doors) - 華氏65度の冬http://nagi1995.hatenablog.com/entry/2017/05/11/050552*18 お いんよう する。

他人の作品を扱う以上、ひとつの単語も訳し落とされることがあってはならないと考えるし、受動態で書かれている文を能動態に「直し」たり、文章の前後を入れ替えたりするようなことも、できる限り私は避けたい。

この ぶん だけ お よむ と、 じぶん が やっている ほんやく と わ ぜんぜん ちがう いけん に みえる かもしれない。 つまり、 じぶん わ He という たんご わ よく 「訳し落とす」(やくしおとす) し、 あと で みる よう に、 He gives it(その ひと わ それ お わたした) という 「能動態」(のうどうたい) の ぶん お、 「わたされた」 と 「受動態」 に 「直し」 ている よう に みえる。 しかし、 つづけてなぎ さん わ つぎ の よう に も かいている。 *19

意訳はしないという誓いを立てた上で、こだわりたいのは「日本語として自然な表現」になっているかどうかということである。

例えば我々日本語話者は、愛の告白をする時に、「私はあなたを愛します」とは特別な事情がない限り絶対に言わない。特別な事情とは主語や目的語を明確にしないと誤解を招くような場合だが、そうした付帯条件をつければつけるほど告白は告白としての力を弱めていき、最後には告白として成立しないことにまでなってしまう。主語が不要な時にあえてそれを言うべきでないということは、日本語が「そういう言語」であるからで、英語で主語が必要な場所の全てに「〜は/が」を当てはめたような文章は、読むにたえないばかりでなくもはや日本語ではない。だから "I love you" を「愛してます」と訳することは決して「意訳」ではない*20

つまり、その にほんご の ぶん が 「自然な表現」(しぜんな ひょうげん) なら ば、 じぶん が よく やる He お 「訳し落とす」 こと に、 なぎ さん も さんせい(賛成) してくれる はず だ。 そして、 その にほんご の ぶん が 「自然な表現」(しぜんな ひょうげん) なら ば、 のうどうたい お じゅどうたい に やくした こと に ついて も、 なぎ さん も さんせい(賛成) してくれる はず だ。 そして、 じぶん わ じぶん が つくった どちら の ぶん も 「自然な表現」(しぜんな ひょうげん) に なっている と おもっている。 と かいた が、 どーゆー ことば の つかいかた が しぜん か どーか わ どこ で だれ と どーゆー ふー に いつ すごしてきた か で ぜんぜん かわってしまう。 だから、 「その ひょうげん わ しぜん で わ ない」 と いわれる かもしれない と わ おもっている。 むいしき に ほうげん(方言) や、 じぶん の まわり の ひとたち だけ が つかう ことば お つかっている かもしれない。
それに なぎ さん が だされている 「愛の告白」 の ぐたいれい だって、 あせくしゅある・あろまんてぃっく あたり に いる じぶん から すれば、おそらく かんがえられている いみ で わ つかわない だろー。 もちろん、 あせくしゅある・あろまんてぃっく だから つかわない わけ で わ ない。 むしろ あせくしゅある・あろまんてぃっく で ひとづきあい が すき な たいぷ の ひと わ かなり 「あいしている」 と つかいそう だ。 でも、 その ばあい の 「あい の こくはく」 わ、 きっと 「みんな が れんあい と せいあい(性愛) とゆー もの が げんじつ の ひと に たいして むく」 と かんがえられる さべつてき な しゃかい*21 で わ、 「自然な表現」(しぜんな ひょうげん) で ない かもしれない。 それ に、 じぶん わ I love you という いみ で 「あいしている」 と わ、 おそらく いわない だろう。 これ お なぎ さん の ぶんしょう え の ひはん と よまない よー に おねがいする。 べつ に なぎ さん わ すべて の ひと が 「あいしている」 という ことば お いう だろう と おもって かいてない だろう。
ともかく、 ここ まで よむ と 「なぎ さん と じぶん(くしゅん) の いけん わ ほとんど おなじ で わ ない か! ぜんぜん くらべられてない」 と いわれる かもしれない。 その とおり だ と おもう。 だけど まって ほしい。 これ から ちがう ところ お かく から。 じぶん わ、 「受動態で書かれている文を能動態に「直し」たり」 とゆー この ぶぶん だけ わ かかない と おもう。 じぶん が かく ならば、 「うけみ の いみ が つよく うちだされている ぶん から、 その うけみ の いみ お ぬきとって しまったり 」 と かく だろう。 もちろん、 この よー に かく と、なぎ さん の もともと の ぶん の ひにく が きえてしまう。 つまり、 おおく の ばあい「なおす」 という ことば わ、 わるい もの お よい もの に する とゆー ふんいき の ことば である の だが、 その なおす という ことば に かぎかっこ お つける こと で、 「あなた わ 「なおした」 と おもっている かもしれない が、 わるく なっている 」 と いいたい よー な とき が ある と つたえている の だ。 この よー に ある ことば お つかい ながら も、 その ことば と わ はんたい の いみ お つたえる こと お 「ひにく」 と いう。 なぎ さん の ぶん の この ひにく の つかいかた わ とても すき だ。 うまい と おもう。 しかし、 かかなければ いけない の わ、 えいご の じゅどうたい とゆー ぶんぽー と、 にほんご の じゅどうたい と される かきかた わ おなじ で わ ない という こと だ。 えいご で の じゅどうたい の つくりかた わ、 「beどうし + どうし の かこぶんし」 という かたち に する。 それ に たいして にほんご で わ、 「どうし の みぜんけい + れる/られる」 とゆー かたち に する。 にほんご で わ、 どーし の あと に じょどーし の よー に つける の だ。 かたち だけ で も ぜんぜん ちがう もの である だけ で なく、 つかわれかた が ぜんぜん ちがう こと も ある。 だから じぶん わ、 ちがう げんご の あいだ の ほんやく に おいて、 おなじ ぶんぽう(文法) と みなされる もの で ほんやく する こと に こだわらない ほう が よい と おもっている。 これ わ なぎ さん の ぶんしょう で わ、 「その2.直訳もしない」 で いう だろう こと なので、 なぎ さん と いけん が ちがう とゆー こと わ ない と おもう。 しかし、 ここ で じぶん が この よー に かかない と いけなくなっている りゆう わ、 じぶん の ほんやく で わ、えいご の ぶんぽう お まね しよう と おもっていない から である。 たぶん がっこう の てすと なんか なら まちがっている、 また わ わかっている の か わからない と いわれる だろー。なぜなら がっこー の えいご の てすと と わ、 えいご が わかっている と さいてん(採点) している ひと が わかる よー に かく もの らしい から である。 だから、 えいご の ぶんぽー に あっている と かんがえらえる にほんご の ぶんぽー お つかわない と いけない。

がっこー と さべつ

ちなみに がっこー わ かいきゅう(階級) お つくりだし、 ある ふるまい が できない もの たち お おいだして おいこんでいく せいど(制度) である。 てすと という の わ その がっこー という さべつ てき な せいど の なか で、 できる ひと と できない ひと お わける せいど(制度) である。 もちろん、 この げんじつ わ がっこー に いっていた ひとたち が たいけん した よい こと や、 がっこー せいど に よって さべつ お よわめた こと など お ひてい(否定)する こと で わ ない。さらに、 がっこー に いかなかった ひと が、 がっこー に いきたい と おもう こと に はんたい する こと で わ ないすべて の もの に まなぶ けんり が ある。 さらに、たとえば、げんご や みんぞく に おける まいのりてぃ に とって の がっこー え の さべつてき せいさく に はんたい する こと と むじゅん しない(ちょうせんがっこう に たいする にほん せいふ の さべつ てき な せいさく や ろう がっこう に おける おんせい の にほんご の きょうせい や にほんしゅわ お つかわせよう と しない こと や ろう がっこう の はいし など に など に はんたいする。 )。 でわ がっこー なし で どーすれば いい の か とゆー はなし わ、 この げんじつ お もんだい と かんがえる ひと と で ない と できない はなし だ。

ちょうせんがっこー に たいする にほん せいふ の さべつ てき な せいさく に ついて かく。 さいきん で わ こーこー(高校) むしょうか(無償化) に おける ちょうせんがっこー の じょがい(除外) が もんだい に なっている*22。 しかし、 そもそも にほん せいふ わ、さらに にほん しゃかい わ まえ から ちょうせんがっこー に たいして さべつてき せいさく(差別的政策) お おこなってきた。 つぎ の kscykscy さん の ぶんしょー(https://kscykscy.exblog.jp/13042164/) お いんよー する。
kscykscy.exblog.jp

私は2010年の排除だから怒っているのではない。1990年代に東京朝高に外国人登録証の住所変更をしなかったとかいう「微罪」で機動隊がなだれ込んできたことにも怒っているし、国鉄・JRの定期券の「通学」割引を朝鮮学校に認めなかったことにも怒っているし、受験資格はおろか大検の受験資格すら認められずに理不尽なダブルスクールを強いられたことにも怒っているし、1960年代から1970年代に朝鮮学校を取締ろうとして外国人学校法案なるものを作ろうとしたことにも怒っているし、1950年代初頭に都立時代の東京朝高に警察隊がなだれこんできたことにも怒っているし、1948-49年に死ぬ思いで作った朝鮮学校をぶっつぶしたことにも怒っているし、戦時期に「皇民化」教育を強制したことにも怒っているし、1930年代中盤に在日朝鮮人の民族教育を取締・簡易学校等を警察力で強制閉鎖したことにも怒っているのである。そして、この全てを食い止めることができず、むしろ支持し、2010年現在でも朝鮮学校排除賛成53%という数字をはじきだす日本の一般人に怒っているのである。

そう。kscykscy さん が おこっている あいて の こうどう に はんたい だ。 むりやり しょくみんち(植民地) に して、 てんのー である ひろひと の 「皇民」(こうみん)「臣民」(しんみん) に むりやり しよー と して、にほん に こさせて、 せんそー に まけたら てんのー ひろひと わ さいご の ちょくれい である 外国人登録令(がいこくじんとうろくれい) で、 「国民」(こくみん) から おいだし、 はいじょ して もと しょくみんち の なか で の たいりつ お あおる(https://blog.goo.ne.jp/1niti1po3kade3po/e/24daaacb1a96709be6dd934e4baba095 など お さんしょう)。 そんな やりかた に はんたい だ。もちろん、 にほん ていこくしゅぎ の しょくみんち しはい わ、 ほっかいどー の あいぬ みんぞく、 りゅきゅー、 ちょーせん、 たいわん、 きゅー まんしゅー ちいき、 みなみたいへいよー の しまじま、 たいへいよーせんそーちゅー の せんりょーち など に ひがい お もたらしてきた。 はんたい する。

ろう がっこう に おける おんせい の にほんご の きょうせい や、 にほんしゅわ お つかわせよう と しない こと や、 ろう がっこう の はいし に ついて かく。げんざい の ちょうかくしえんがっこう(聴覚支援学校)の せいど で わ、 ろうしゃ(聾者) に とって じゅうぶん な せいど(制度) と わ いえない。 にほんしゅわ に よる きょういく より も、 おんせい の にほんご の ききとり お だいじ に かんがえたり する こと が おおい。 ばいりんがる・ばいかるちゃる きょういく、 つまり にほんしゅわ と よみかきき に おける にほんご、 ろう ぶんか と きこえる ひとたち の ぶんか お とも に だいじ に する きょういく お している 明晴学園(めいせいがくえん) の つぎ の さいと(http://www.bbed.org/faq_folder/index.html) など お みて ほしい。
www.bbed.org
また、 つぎ の さいと も 香聾館 - 手習教室>6. 手話の歴史(2)日本編http://blue.ribbon.to/~korokan/jsl/6-2.html) さんこう に なる。
*23

ほんやく の いけん の かきかた 2

はなし お もどして、 じぶん の ほんやく で わ、えいご の ぶんぽう お まね しよう と おもっていない という はなし お かく。”He gives me what I need ”(わたして くれて。 ひつよう な もの。) お、 えいご の ぶんぽう お まね して にほんご に する と、 「その ひと わ じぶん が ひつよう と する もの お じぶん に わたす」 と なる だろう。 さらに、 より にほんご で つかわれる ひょうげん に ちかづければ、 「ひつよう と する もの お わたしてくれる」 と なる だろう。 しかし、 じぶん わ この やく お にじそうさく(二次創作) として つかう こと わ ない。 この うた(Hateful (むかつく)) で わ、 めいんぼーかる の さいご の ことば と こーらす の ことば が にている ので、 「ひつよう な もの」 お さいご に もってきたい という こと も りゆう の ひとつ だ。 しかし、 ぶんぽう お まね する という こと で いえば、 えいご の need わ どうし(動詞) だが、 にほんご で need に ちかい どうし(動詞) が みつからなかった という こと も りゆう の ひとつ だ。 にほんご で わ、 「ひつよう」 とゆー めいし お つかう ぐらい しか じぶん に わ おもいつかなかった。 だから 「ひつよう と する」 と どうし の よう に やくし ても、 「ひつよう な」 と けいようし(形容詞) の よう に やくし ても、 おおきく いみ が かわる わけ で ない ので、 より みじかく、じぶん が より つかう、「ひつよう な 」 とゆー やく お えらんだ。 さらに、 かいわ ならば、 「わたして くれて。 ひつよう な もの。」 という ことば の じゅんばん も つかわれる と おもう。たしか に、 かかれた ぶんしょう の よー な うた ならば、 「ひつよう と する もの お わたしてくれる」 と やくす ほう が いい かもしれない。 しかし、 この うた、 Hateful(むかつく) わ かいわ の よう な、 はなしている よう な、うた だ と おもう。 すくなくとも、 そう かんがえて にじそうさく(二次創作) として ほんやく している。

1-5

What you got?
もらった もの?

まず、 What you need? に ついて かいた ぶぶん から いんよー する。

ただし、 ちゅーい する べき こと わ、こーらす わ、 ”What do you need?”(なに が ひつよー なの?) で わ なく "What you need?"(ひつよー な もの?) と なっている ところ で あろー。 ひつよー な もの お きく ぎもん ぶん ならば、 ”What do you need?”(なに が ひつよー なの?) が よい と される だろー。 "What you need?"(ひつよー な もの?) わ、 ひつよー な もの お きく ぎもん ぶん の ちゃんとしていない いいかた と かんがえられる か、 ぶん の いちぶ の 「ひつよー な もの」 と かんがえられる だろー。 つまり、 He gives you what you need.(その ひと わ、 あなた が ひつよー としている もの お わたして くれる) とゆー ぶん の さいご の ”what you need” とゆー ぶぶん と も かんがえられる。 その ばあい わ、 「あなた わ 「じぶん に ひつよー な もの お くれる」 と いった が、 あなた が ひつよー な もの (とゆー こと か)?」 とか 「あなた わ 「じぶん に ひつよー な もの お くれる」 と いった が、 あなた が ひつよー な もの (とわ なに か)?」など の いみ に なる だろー
"What you need?"(ひつよー な もの?) で、 ”What do you need?”(なに が ひつよー なの?) お いみ できる か どーか わ わからない ので、 しっている ひと が いたら おしえてほしい。

おなじ よー に、ちゅーい する べき こと わ、こーらす わ、 ”What did you get?”(なに お えた の?) で わ なく "What you got?"(もらった もの?) と なっている ところ で あろー。 て に いれた もの お きく ぎもん ぶん ならば、 ”What did you get?”(なに お てにいれた の?) が よい と される だろー。 "What you got?"(もらった もの?) わ、 ひつよー な もの お きく ぎもん ぶん の ちゃんとしていない いいかた と かんがえられる か、 ぶん の いちぶ の 「もらった もの」 と かんがえられる だろー。 つまり、 He gives you what you got.(その ひと わ、 あなた が もらった もの お わたして くれる) とゆー ぶん の さいご の ”what you got” とゆー ぶぶん と も かんがえられる。 その ばあい わ、 「あなた わ 「じぶん に ひつよー な もの お くれる」(He gives me what you need) と いった が、 あなた が もらった もの (とゆー こと か)?」 とか 「あなた わ 「じぶん に ひつよー な もの お くれる」(He gives me what you need) と いった が、 あなた が もらった もの (とわ なに か)?」 とか、 「あなた わ 「ひつよー な もの」(What you need) (と いった の か)、 「もらった もの」(What you got) (と いった の か、 どちら か)?」など の いみ に なる だろー。
"What you got?"(もらった もの?) で、 ”What did you get?”(なに お もらったの?) お いみ できる か どーか わ わからない ので、 しっている ひと が いたら おしえてほしい。


さいしょ わ、「もらった の わ なに?」「もらった もの わ?」 という やく も かんがえた。 しかし、 「もらった の わ なに?」 で わ うたう に わ ながすぎた から やめた。 また、 「もらった もの わ?」 という やく で わ ”What did you get?” の まね に なってしまう と かんがえた から やめた。 しかし 「もらった もの?」 と まね する と、 you に たいする しつもん の いみ に ならない と おもう。 しかたがない。 あきらめた。
つぎ に 「なに もらった?」 という やく お かんがえた。 しかし、 what I need (what you need) what you got という what が 3かい つづく こと お まね する こと わ できなかった ので やめた。 「もらった もの わ?」 と する こと で、「 ひつよう な もの (ひつよう な もの) もらった もの」 という よー に、 「もの」 が 3かい つづいている。 まね が できた。
get わ、 「える」「て に いれる」 という いみ だが、 ここ で わ、 ともだち から もらう もの の はなし お している ので、 「もらう」 とゆー どうし お えらんで いい と おもう。
また、 ここ わ got と かこけい(過去形) なので、 「もらう の?」 や 「もらう」 で わ なく、 「もらった」 と やくしている。
ただし、 ここ わ、 えいご の うた だ と すごく みじかい。 「わじゅ がっと」(What you got)と いちびょう ぐらい である。 どの やく でも ながく なってしまう かもしれない。
めいんぼーかる が あきらか に I いがい の ひと の せりふ お いっている と おもえる せりふ である*24

1-6

I need it all so badly (badly)
ひつよう で、あれ ぜんぶ、 とっても
(…………………………………………とっても)

https://www.lyriczz.com/lyrics/clash/147133-hateful/ わ、 ”I need it all oh so badly” と かいている が、 https://www.tekstowo.pl/piosenka,the_clash,hateful.htmlhttps://www.azlyrics.com/lyrics/clash/hateful.html も ”I need it all so badly” と かいている。 oh わ ない ほう が いい と おもう。
また、めいんぼーかる が badly と うたっている とき、 いっしょ に こーらす も、 badly と うたっている と おもう。まる かっこ で くくって かいた
need ... badly や want ... badly の とき わ、 badly(ばっどりー) わ わるく という いみ で なく「非常に、とても」(ひじょう に、 とても) という いみ である(オーレックス英和辞典、旺文社、2008)。so (そー) が ついている ので、 「とても」 で なく、 「とっても」 と やくした。 「むちゃくちゃ」 という なぎ さん の やく わ とても いい と おもう。ただ さいご の badly(ばっどりー)わ のばして うたう の だが、 じぶん わ ちゃー と のばして うたえなかった ので、 「とっても」 に した。
all(すべて) わ it(それ) に かかる と かんがえた。 ふくし の all(とても) が so(かなり) に かかっている こと も かんがえた が、 そのよう な れいぶん お みつけられなかった ので、 あきらめた。
it(いっと) わ さび の anything I want (ほしい もの なんでも) お いみ する かもしれない し、 ほか の こと お あいまい に いみしている かもしれない。 「あれ」 で どちら の いみ に も かんがえられる よう に した。
なぎ さん わ(http://nagi1995.hatenablog.com/entry/2017/05/12/000309)、

「おれがめちゃめちゃほしいやつ」

と やく している。 しかし、 「ほしい」 と 「 ひつよう」 の ちがい が だいじ だ と おもう。 ここ の it が anything I want だ と したら、 もともと わ、 I need anything I want と なる ので、 やく お わけた ほー が いい と おもう。 それ だけ で なく、せいじ の もんだい として わける べき だ と おもっている。 「せいてき よくぼう(性的欲望) や れんあい てき よくぼう(恋愛的欲望) わ、 みんな に とって ひつよう な もの」 と かんがえられている が、 じっさい わ ちがう。あせくしゅある の いちぶ の よう に、 せいてき よくぼう わ みたす こと が ひつよう な こと として あらわれない ひと も いる し、 あろまんてぃっく の いちぶ の よう に、 れんあい てき よくぼう も みたす こと が ひつよう な もの として あらわれない ひと も いる。また、 せいていきよくぼう お かんじない ひと も、 れんあいてきよくぼう お かんじない ひと も いる。 しかし、 ほしい こと わ みんな に とって ひつよう だ と おもわれている せい で、 うそつき と いわれたり、 にんげん で ない と いわれたり、 おかしい と いわれたり してきた。 そんな せいど わ やめる ひつよう が ある。 それだけ で わ ない。 じぶん に とって、 「ほしい」 と 「ひつよう」 わ ぜんぜん ちがう。 じぶん わ たべたい と、 たべる もの が ほしい と おもう こと わ すくない し あまり たべられない けれど、 たべる ひつよう が ある の だ。 くるしい けれど。 くるしみ が なければ、 たべたくない。 じぶん わ ねむりたい と 、 ねむり が ほしい と おもう こと わ すくない し あまり ねむれない けど、 ねる ひつよう が ある の だ。 くるしい けれど。 くるしみ が なければ、 ねたくない。 だから、 「ほしい」 と 「ひつよう」 わ ちがう という こと が じぶん の にじそうさく(二次創作) で わ だいじ だ。だから、 ここ わ 「ひつよう で」 と やくした。
「あれ ぜんぶ、 ひつよう で、 とっても」 で も いい と おもう。 「ひつよう で、 あれ ぜんぶ、 とっても」 の ほー が、 「ほしいもの なんでも」 と 「あれ」 が ちかくて いい と おもった こと と、 えいご の たんご の じゅんばん お まねている こと が りゆう で、 「ひつよう で、 あれ ぜんぶ、 とっても」 お えらんだ*25
もし まえ の ぶぶん が、 What you got (あなた わ なに お もらった の か?)で なく、 What I got(じぶん が もらった もの) なら、 ここ の it が What I got(じぶん が もらった もの) お いみ する こと も できる かもしれない と おもった が、What you got (もらった もの?) なので、 そんな こと わ なかった*26

さび (1ばん)

さび1-1

(Oh) Oh, anything I want, he gives it to me
Anything I want, he gives it, but not for free
(ああ)ああ、 ほしい もの なんでも わたして くれる
ほしい の なんでも わたされる けど ただ じゃない

Oh わ 「おお」 と やくす と、 にほんご で わ よろこび や いかり だけ お いみ してしまう と おもった ので、 ここ で わ なげき や くるしみ など も いみ できる 「ああ」 と した。こーらす の (Oh) が さき に うたわれて、 めいんこーらす が うちけす よー に Oh と うたう。
anything(えにしんぐ)わ どれ お えらんで も という いみ なので、 なぎ さん に ならって「なんでも」 と やくした。 ただ、 すべて という いみ の everything(えぶりしんぐ) も 「なんでも」 と やくす こと が できる の で、 ちがい お だせる ことば お みつけたかった。 みつからなかった。 ざんねん*27
さいしょ わ「ほしい もの なんでも」 と かいていた が、 まえ に 「もの」 お what の まね として つかった ので、 「ほしい の なんでも」 に かえた。 と おもった が、 https://www.tekstowo.pl/piosenka,the_clash,hateful.html が 1ばん の さび わ たしか に "anything I want " と いっている が、 ほか の ところ わ、 "anythin' I want" と うたっている と おもっている よう な かきかた お している。 この さいと わ、 ぽーらんど ご の さいと の よう だが、こーらす の ぶぶん お ちゃんと かいている ところ が いい と おもって みていた。 また、 えいご お ふだん よく つかう ひと たち わ こまかい おと お さいげん する より、 「ただしい」 かきかた お しよー と しがち である と おもう。 つまり、じっさい に わ そーゆー と いっている の に、 すみじ の にほんご お かく こと に なれている ひと わ「ただしく」 「そういう」 と かいてしまう よー に。 ここ で かぎかっこ お つかって にかい かいた 「ただしい」 と 「ただしく」 と いう の わ、 こー かく べき で ある という るーる に したがっている という いみ である。 つまり、 きはんてき(規範的) に という いみ だ。だが もちろん そー かく こと が わるい と いっている の で ない。かんぜん に おと どーり に かく こと なんて できない の だから、 つたわりやすさ として わ 「そういう」 と かいた ほー が いい こと の ほー が おおい と も おもう。 さて、 えいご に なれていない じぶん に も、 1ばん の さび いがい わ、 "anythin' I want" と g の おと が きこえない。 これ わ えいご お ちゃんと ききとる こと が できない から じつ わ g お いっている が、 じぶん に わ きこえていない という こと も かんがえられる。 しかし、 これ わ にじそうさく(二次創作) なので、 ここ で anything I want お 「ほしい もの なんでも」 に して、 anythin' I want お 「ほしい の なんでも」 と して この ちがい お まね しても いい と おもう。うた の ただしさ わ えいご が きこえる ひと に まかせた。 そして、 「もの」 が なんかい も くりかえされて しまう の わ あきらめた。

ふたつ ある it わ、 その まえ に ある anything I want お いみしている。
ここ で、 he gives me anything I want (ほしい もの なんでも わたして くれる)と なっていない で、 anything I want が まえ に でている の だから、えいご の ごじゅん として わ よく ある じゅんばん で わ ない はず である。 その よく ある じゅんばん で ない こと わ まね できなかった。 ざんねん。

まえ に も かいた ところ お いんよう する。

He gives it to me(わたして くれる ) と He gives it, but not for free (わたされる けど ただ じゃない) が ならべられていてる こと お、 「わたして くれる」 と 「わたされる」 と ならべる こと で まね したかった から だ。 つまり、give の ところ お 「わた」(し/される) という おと で まね して、give ... to me や give me ... という me が ふくまれている ひょうげん に わ、 「くれる」 と つける こと で、 じぶん に わたされた こと お より はっきり させた。

ただじゃない と おかね

but not for free に ついて わ、 なぎ さん の ぶんしょう (http://nagi1995.hatenablog.com/entry/2017/05/12/000309)お よむ こと。 「ただ じゃない。」 わ なぎ さん の やく お まねした。 うばった。 もらった。「だが」 お 「けど」 に かえた の わ、 ふたつ の ぶん に わけたく なかった こと と、 じぶん が 「だが」 と あまり つかわない から うた で つかい にくい とゆー にじそうさく(二次創作)の もんだい が りゆー である。

いきる の も、 くるしみ から ぬけだす の も ただ で わ ない。 おかね が ない と くるしむ この しゃかい が きらい だ。 しほんしゅぎ(資本主義) わ、 ひとびと から ばしょ お とりあげて、 ひとびと お はたらかせる。 ぱれすちな で わ いすらえる の のーち(農地) お ひろげたり、 こうじょう お たてる ため に、 ぱれすちな の ひとびと が ころされたり くるしめられたりする(パレスチナの市民社会からのBDSの呼びかけ – BDS japan:イスラエルに対するボイコット・資本引き揚げ・制裁を求める市民ネットワークFeminism and Lesbian Art working group)。にほん だって、 と いう と わからない けれど、 すくなくとも じぶん が すんでいる ところ の まわり の おおく わ、 おかね が ない と ねる の が たいへん だ。 こうえん の べんち に わ、 のじゅく する ひとたち お おいだす ため の、 ねる の が たいへん に なる よう な もの が ある。 とうきょう の しぶや という ところ の みやした こうえん とゆー ところ わ おかね お もうける ため の ばしょ に する ため に そこ に すんでいた のじゅくしゃ たち お むりやり おいだした と の こと だ(宮下公園つぶすな・野宿者排除許すなhttps://san-ya.at.webry.info/201801/article_1.html)。 にちじょうてき に、 のじゅく する もの わ おいだされる し、 さいがい の とき も おいだされる。おりんぴっく に よる おかね もうけ の ため に とじこめられたり おいだされる の わ、 のじゅくしゃ や がいこくじん だ(NO OLYMPICS 2020> 反五輪の会 (Hangorin No Kai) — 反五輪国際共同連帯声明 「どこにもオリンピックはいらない」入管でのナイジェリア人“餓死”を「自業自得」と切り捨てる社会でいいのか | 児玉晃一弁護士「入管はブラックボックス」 | クーリエ・ジャポン)。 そして ゆたか な ちいき の やすい しょうひん わ、 まずしい ちいき の ひと たち の ろうどう の さくしゅ(搾取) や、 うし や ぶた や にわとり たち お とじこめて ころし、 うま や うし お さくしゅ(搾取) する こと で なりたつ。 しゅっさん から いくじ から いえ の かんり わ、 じょせい と される もの たち から の さくしゅ(搾取) に よる ところ も おおい。 しほんしゅぎ だから こそ つよく なっている もんだい も おおい。
じぶん が よる に とどまれる きまった いえ が なかった じかん わ ほか の ひと と くらべれば とても みじかくて、 とても じょうけん が きびしくなくて、 たまたま うん が よかった こと も あって、じぇんだー の ごたごた も あって、ほか の ひと と くらべて くるしくない かもしれなかった けど、 とても つらかった こと お おぼえている。 さむさ。 ふあん。 ない おかね。きょーふ。けーさつ え の きょーふ と、 けーさつ いがい の ぼーりょく え の きょーふ*28。もちろん、 のじゅくしゃ に とって の にちじょー なのだろー けど、 にちじょー と わ いつも つらい。
かくさ(格差) と さべつ(差別) に はんたい だ。 くるしみ に はんたい だ。 だけど くるしみ お むし(無視) しない で。

さび1-2

Hateful
むかつく

https://www.lyriczz.com/lyrics/clash/147133-hateful/ わ ”Hateful" と かいていて、 ほか の さいと(https://www.azlyrics.com/lyrics/clash/hateful.htmlhttps://www.tekstowo.pl/piosenka,the_clash,hateful.html) わ、 "it's hateful" と かいている。 にほんご だ と、 どちら も 「むかつく」 と やくせる と おもう ので まね する とき に わ、 もんだい ない と おもう。 it's hateful(むかつく) と いう とき の it わ まえ に かいてある こと(ほしい もの なんでも くれる けど ただ じゃない) お いみ する と おもう が、 もしかしたら、 anything I want(ほしいもの なんでも) かもしれない と おもった。
なぎ さん が えらんだ 「むかつく」 という やく わ すばらしい と おもう。 「にくむべき」 わ それ だけ で つかえなく て「にくむべき ひと」 など の めいし と つかう いめーじ が ある。 かんじょう(感情) お ただ あらわす とゆー ふんいき の ことば で わ ない。さけぶ のに むいてない。 「いまいましい」 わ えらぶっている ひと が いっている いめーじ が ある。 いわゆる まおう(魔王) が ぶか(部下) お さしむける けど ゆうしゃ(勇者) お ころせない とき に、いっている いめーじ である。 できる はず なのに、 できない という はんだん(判断) お して きゃっかんてき(客観的) に みている きがする。 という わけ で 「むかつく」 わ よわい ひと も いえる、 かんじょう お すぐ に あらわす とても いい ことば だ と おもう。

さび1-3

And it's paid for and I'm so grateful to be nowhere
はらう し、ありがたい し。いなく なれて

https://www.tekstowo.pl/piosenka,the_clash,hateful.html わ ”it's painful"(くるしい) と かいていて、 ほか の さいと(https://www.azlyrics.com/lyrics/clash/hateful.htmlhttps://www.lyriczz.com/lyrics/clash/147133-hateful/) わ、 "it's paid for" (それ に はらわれる) と かいている。ここ わ、 it's paid for だ と おもって まね する。 のー・だうと も そう うたっている(https://www.metrolyrics.com/hateful-lyrics-no-doubt.html)。 しかし、 ここ で だいじ な こと わ、 paid for(ぺいどぅふぉ) が hateful(へいとふる) と grateful(ぐれいとふる) ( や painful(ぺいんふる)) と にている おと で ある という こと である。 つまり、 Hateful と it's paid for と grateful の それぞれ の やく わ にている ことば に したい。 「むかつく」 と 「はらうし」 と 「ありがたい し」 わ にていない。 ざんねん である。 しかし、 せめて ながさ わ にている よう に した。

paid は pay(はらう) の かこぶんし(過去分詞) である。 pay for… で … お もらう かわり に おかね お はらう という いみ で つかえて、 おかね お はらった もの お しゅご に して うけみ(受け身) で かく こと が できる(ジーニアス英和大辞典、大修館書店、2001-2010ねん)(pay1 の 自動詞1)。 れいぶん として、 "Everything he bought was paid for with cash."「彼の買うものはいつも現金で支払ってもらっていた」(かれ の かう もの わ いつも げんきん で しはらって もらって いた) とゆー もの が ある。 だから、 it わ、 anything I want であり、 ほしい もの なんでも に おかね が はらわれていた とゆー いみ に なる と おもう。 しかし、 ここ で 「はらわれた し」 だ と おと が ながい だけ で なく、 じぶん いがい が おかね お だしていそー に かんじる。 「はらわされる し」 わ うけみ の かんじ お だせる かもしれない けど、 おと が ながい。 それ に、 にほんご ならば、 「しかたない けど はらう し」 という にゅあんす が でてくる と おもう。 じぶん が はらおう と していなく て も 「はらう」 と いう と おもう ので 「はらう し」 が いい と おもう。

ちなみに、it's paid for の for わ こーかん(交換) お あらわす for で、for free(ただ と こーかんで) の for と おなじ いみ と かんがえられる。

it's paid for が おかね が はらわれる という いみ なのか、 だいしょー(代償) が はらわれる という いみ なのか という いみ の ちがい が ある。 なぎ さん わ、 つぎ の よー に かいている(http://nagi1995.hatenablog.com/?page=1494555605)。

アンチ・ドラッグをテーマにした歌である以上、「タダじゃない」というのは自分の身体が蝕まれていくという「代償」について歌っていることなのかもしれない。

なぎ さん わ、 からだ が むしばまれる こと も ふくめて りかい できる よー に、 「とはいえそのことさえ解決されるなら」(http://nagi1995.hatenablog.com/?page=1494555605)) と やくした の だ と おもう。 しかし、 だいしょー お 「はらう」 も、 おかね お 「はらう」 も どちら も 「はらう」 という ことば お つかう の だから、 「はらう」 と やく す の わ どー だろー か? じぶん が かんがえ が およんでいない かのーせい が たかい ので、 どなた か おしえてほしい。 じぶん わ not for free と いっている とき わ かんぜん に おかね の はなし だ と おもっていた ので、 it's paid for も おかね の はなし として しか かんがえられない。 ただし、 おかね いがい に つかう こと も ある という かのーせい お はいじょ(排除) しきれない ので、 けっきょく わからない。

be paid for が おかね が はらわれる という いみ に なる れいぶん だけ あげて、 この はなし お とりあえず やめる。 いんよー わ、
https://www.ourcommons.ca/DocumentViewer/en/38-1/AGRI/meeting-55/evidence から (1640) の Mr. James Bezan の ことば から 。 やく わ じぶん(くしゅん) が つけた。

I understand you have purchased equipment already for the facility and it's been paid for, but the actual construction here in Dauphin hasn't got under way yet.
あなた が すで に しせつ の ため に せつび お かって、 おかね わ はらわれたと おもいます が、 ここ どふぃーん の じっさい の けんちく わ まだ おこなわれていない です よ ね。

Dauphin と わ かなだ の まにとば しゅー の どふぃーん という ところ らしい。 この あと に、 しつもん お うけた Ms. Frieda Krpan が ”That equipment is now here in Dauphin, paid for in cash.”(せつび わ いま わ ここ どふぃーん に あります。 げんきん で しはらわれました。) と いっている。

and(あんど) わ、 「し」 で まね した。 「はらうし ありがたいし」 で And it's paid for and I'm so grateful の ふたつ の and(あんど) お あらわしている。
”and I'm so grateful to be nowhere”(ありがたい し。いなく なれて) わ、 ほんとー に こまった。
まず、 I'm grateful to ふていし(不定詞)… で、「じぶん が … して ありがたい 」という いみ である。 たとえば、 "I'm so grateful (to hear) that people enjoy reading my column. " 「みなさんが私のコラムをご愛読くださって(いると聞いて)とてもうれしく存じます」(オーレックス英和辞典、旺文社、2008) という れいぶん が あり、 ここ で to hear している の わ、 I であり、 その こと お よろこんでいる の である。 ただし、 よろこんでいる と わ いっても、 だれか に ありがたい と おもっている という いみ で よろこんでいる の である。 つまり、 ここ で わ、 ほしい もの わ なんでも くれる ともだち に よって、 to be nowhere できて ありがたい と おもっている の である。
で わ、 be nowhere と わ どーゆー いみ だろう か? まず、 be が ある という こと お あらわす どうし であり、 nowhere が どこにも …ない という ふくし(副詞) である と かんがえられる。 つまり、 どこ に も いない という いみ である。また、 be が A be B で A わ B である という いみ である よう に、 こぴゅら どうし であり、 nowhere わ つまらない もの という いみ の けいようし である と かんがえられる。 つまり、 どーでもいい ひと に なる という いみ である(「無意味[むだ]な; 退屈な、つまらない、くだらない」(リーダーズ英和辞典第2版、研究社、2008))。 これ は、 urban dictionary とゆー だれ でも かける さいと で わ(https://www.urbandictionary.com/define.php?term=nowheres)、5 ばん め で

Nowhere
No where meaning, he/she is nothing, has nothing, going nowhere and/or worthless
You: “Girl why you worried and/or care bout his nowhere self.”

Friend: “Your right, he is nowhere and never will be.....”

とゆー せつめい が されている。
しかし、 ひとつめ の いみ (どこ に も いない) の ほう が にじそうさく(二次創作) として よい と おもった ので、 「いなく なれて」 と やくした。その ともだち の おかげで、 という にゅあんす が ある ので、「いなくなる」 とゆー へんか が おこった こと お あらわす どうし お つかった。また、 「いなく なれて」 と さいご に 「て」 お つける こと で、 「ありがたい」 と いった りゆう である こと お あらわした。

もしかしたら 「どこ に も いなくなる なんて かなしい で わ ない か、 なんで ありがたがる の か?」 と ぎもん に おもう ひと も いる かもしれない。
ぎもん に おもわない ひと わ、 ここ から 「よんでいる あなた の ぜつぼー が、 わかちあえます よー に。 」 という ぶんしょう まで とばした ほう が いい かもしれない。(いのち の でんわ (http://www.find-j.jp/)せいしん ほけん せんたー(www.mhlw.go.jp/kokoro/support/mhcenter.html))こころ が あんてい する ばしょ や じかん で よむ ほー が いい かも しれない。 おんせい で きいている ひと わ、330じ ぐらい とばして ほしい。 め が ぶんしょう お おってしまう ひと わ、 いますぐ した むいて すくろーる して ほしい。



(しかし、 どこ に も いなくなれれば どれほど ありがたい か と おもう ひと わ おおく いる だろう し、 じぶん も おもう こと が ある。 きっと そう おもう ひと たち の おおく わ、 「そんな かなしい こと いわない で」 など と いわれる の が こわくて いいにくい の だ。 その ひと の かなしさ に むきあわない ことば で、 さら に かなしさ に おいこんでいく の だ。 これ いじょう わ かかない。 かかなれけば いけない こと だから、 いつか かく かもしれない けれど、 それ わ かくご と あんぜん お たしか に した ひと しか よめない よう な ぶんしょう に する つもり だ。
ここから あと に つけたした ぶんしょー である。kusyunn.hatenablog.com かいた 。あと で つけたした ぶんしょー おわり。)




よんでいる あなた の ぜつぼー が、 わかちあえます よー に。



さて、 ここから やくぶつ(ドラッグ) の はなし お かく。 げんざい 2019ねん の にほん で わ やくぶつ お つかう こと の おおく が はんざい と みなされている 。そして はんざい と みさなれる こと で、 わるい こと で ある と みなされる。 そーして、 やくぶつ いぞん しゃ や やくぶつ しよう しゃ わ おいこまれ、 はいじょ される。くわしく わ、つぎ の さいと の れんさい お よむ こと。
natgeo.nikkeibp.co.jphttps://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/web/17/040500003/040500001/
みじかい もの で わ、 https://www.jspn.or.jp/modules/forpublic/index.php?content_id=30 や、 薬物依存症は「ダメ、ゼッタイ。」では防げない、効果的な治療法とは? 『薬物依存症』松本俊彦氏インタビュー WEDGE Infinity(ウェッジ) など お よむ こと。

ともかく、 なぎ さん も かかれていた よう に、 この うた(Hateful(むかつく))が やくぶつ、どらっく に かんけいする という かんがえ が ある(Hateful by The Clash - Songfacts)。 その ばあい、 「be nowhere」わ やくぶつ、 どらっく お つかった じょうたい お あらわす の かもしれない。 この よー な ひょうげん お えいご で つかう か どーか わ わからない。

さいしょ わ 「どこ に も なくなって」 という やく お かんがえた が、 なくなる の が、 I である と わからなくなる かのうせい が たかい と かんがえて、 あきらめた。
しかし、 ナギ さん の やく わ、 じぶん と おなじ かいしゃく お して の けっか なのか、 ちがう かいしゃく である の か わからなかった。 てがかり も さがせなかった ので あきらめた。 it's paid for で かいけつ という ことば が でてくる つかいかた が ある の か、 それとも はらわれる こと お かいけつ という ことば で あらわした の だろう か?わからない。

さび2

2ばん の ほんやく する まえ に、 2ばん の さび と 3ばん の さび と 4 ばん の さび お くらべて しまう。
2ばん の さび

Yea (Oh) Oh anythin' I want, he gives it to me
Anythin' I want, he gives it, but not for free,
Hateful
And it's paid for and I'm so grateful to be nowhere (Nowhere)
そー(ああ)ああ、 ほしい の なんでも わたして くれる、
ほしい の なんでも わたされる けど ただ じゃない
むかつく
はらう し、ありがたい し。いなく なれて (なく なれて)

Yea わ、 Yes(はい) の いみ である ので、 「そー」と やくした。そーー と のばしやすい と おもう。
2ばん の さび の さいご の ところ で (Nowhere) と はいっている と おもう ので(https://www.tekstowo.pl/piosenka,the_clash,hateful.html が ”(Nowhere)” と かいている)、 そこ わ、 「なく なれて」 と やくした。 to be nowhere お 「いなく なれて」 と やくしていた ので、 「い」お なくした という こと に なる。 これ で to be nowhere と nowhere の ちがい お だしつつ、 うた の さいご の ぶぶん お あわせる こと が できた。

さび3

3ばん の さび

(Yeeeeeeah…)Oh, anythin' I want, he gives it to me
Anythin' I want, he gives it, but not for free
Hateful
Yep, and it's paid for and I'm so grateful to be nowhere
(おお)ああ、 ほしい の なんでも わたして くれる、
ほしい の なんでも わたされる けど ただ じゃない
むかつく
そう!はらう し、ありがたい し。いなく なれて

こーらす の (Yeeeeeeah…) も Yes(はい) という いみ である。 だが、 のばす と よろこび の いみ も はいりそう だ と おもった ので、 「おお」 と やくした。 しかし、「のばす と よろこび の いみ も はいりそう」 という の わ、 こんきょ が ない。 どんな かんじ に きこえる か わ、 えいご が わかる ひと に まかせる。しっていたら おしえてほしい。
Yep も Yes(はい) の いみ である。ここ で わ、 みじかく きる の で、 「そう!」 と やくした。

さび4

4ばん の さび

(Oh) Oh, anythin' I want, he gives it to me
Anythin' I want, he gives it, but not for free
)hateful ... .... .... ... Anythin' I want
(Anythin' I want, he gives it to me)
)Anythin' I want, me, anythin' I want
(Anythin' I want, ... he gives it, but not for free)
)... ... .... ... ... ... ... . Me
(Anythin' I want)
(Anythin' I want)
※ ぎょう の はじめ の かっこ とじる”)” わ した の まるかっこ(()) と どうじ に うたっている ところ お あらわす。 この とき めいんぼーかる と、 まるかっこ で くくった こーらす わ おなじ くらい の おおきさ で うたっている と おもう。
(ああ)ああ、 ほしい の なんでも わたして くれる、
ほしい の なんでも わたされる けど ただ じゃない
・むかつく… .... .... ... ... ほしい の なんでも
(ほしい の なんでも わたして くれる)
・ほしい の なんでも くれる、 ほしい の なんでも
(ほしい の なんでも、… .... わたされる けど ただ じゃない)
・... ... .... ... ... ... ... ... ... くれる
(ほしい の なんでも)
・… … …
(ほしい の なんでも)
※ なかぐろ(・) わ した の まるかっこ(()) と どうじ に うたっている ところ お あらわす。 この とき めいんぼーかる と、 まるかっこ で くくった こーらす わ おなじ くらい の おおきさ で うたっている と おもう。

1ばん から 3ばん まで の Hateful から and it's paid for and I'm so grateful to be nowhere が なくなっている。 その かわり に こーらす わ "(Anythin' I want, he gives it to me)" " (Anythin' I want, ... he gives it, but not for free)"(ほしい の なんでも わたして くれる、ほしい の なんでも わたされる けど ただ じゃない) という めいんぼーかる の さび の ぜんはん お くりかえす。 めいんぼーかる わ、"Anythin' I want " "Anythin' I want, me, anythin' I want" "... ... .... Me" と Anythin' I want(ほしい の なんでも) と いちにんしょう の me(くれる) お くりかえす こと に なる。 めいんぼーかる の me(くれる) という ことば わ こーらす の Anythin' I want(ほしい の なんでも) の あと に でてきて めだつ が、 めいんぼーかる の Anythin' I want(ほしい の なんでも) わ こーらす の he gives it to me (わたして くれる)や he gives it, but not for free(わたされる けど ただじゃない) と かぶさって めだたなくなる。 さいご わ こーらす の Anythin' I want(ほしい の なんでも) で おわる。 この かきかた わ、 https://www.tekstowo.pl/piosenka,the_clash,hateful.html お さんこう に して じぶん が つくった。 おも に、 まるかっこ”()”お はんたい に して めいんぼーかる が まる かっこ なし、 こーらす が まる かっこ あり に した。また、 めいんぼーかる と こーらす が どうじ に うたう とき わ、 めいんぼーかる の ぎょう の あたま に まるかっことじる ”)” お いれた。 そして、 だいたい どこ が おなじ とき に うたわれている か わかる よう に ぴりおど”… ”お いれて はば お そろえた。ただし、 ぱそこん で みる と はば が あう よー に した ので、 すまーとふぉん など で みている ひと わ ずれている かもしれない。 すみません。

me わ この うた で わ ずっと 「くれる」 という よー に やくして きた ので、 「くれる」 と やくした。 いちにんしょー お つかいたい ひと わ、 それ に あわせて ほか も やく お かえる と いい と おもう。

さび の やく わ おわり。

2ばん

つぎ わ 2ばん の うた の やく に もどる。

2-1

This year I've lost some friends (Some friends?)
ことし、 なくしちゃって、 ともだち、ちょっと (ともだち、 ちょっと?)

こーらす の "(Some friends?)" わ ひだり から きこえる。また、 はてな”?” お つける さいと も ある(https://www.lyriczz.com/lyrics/clash/147133-hateful/https://www.azlyrics.com/lyrics/clash/hateful.html) し、つけない さいと も ある(https://www.tekstowo.pl/piosenka,the_clash,hateful.html)。たしか に、 ぎもん である と も かんがえられる し、 ぎもん で わ ない と も かんがえられる。 ぎもん である と かんがえる とき わ、 この I と はなしている だれか の ぎもん と かんがえる こと に なる。 2ばん で はなしている あいて が 1ばん で はなしている あいて なのか、 べつ の ひと なのか わ わからない。 そして、 Some friends? (ともだち、 ちょっと?) という せりふ と あと の What friends ?(どーゆー ともだち?) という せりふ が おなじ ひと の せりふ である か わ わからない。どのみち、 「どもだち、 ちょっと って どーゆー いみ?」 という ぐらい の いみ だ と おもう。 おなじ ひと の せりふ と かんがえて も よい し、 かんがえなくて も よい と おもう。 つぎ に、Some friends(ともだち ちょっと) が ぎもん で ない ばあい わ、 What friends?(どーゆー ともだち?) という せりふ お いう ひと が いっている と も かんがえられる。 つまり、「ともだち ちょっと、 ね。 どーゆー ともだち?」 とゆー ふんいき の ことば と かんがえられる。 また、 より せつめい する よー に かきかえる と、 「あなた わ 「ともだち ちょっと」 と いった が、 どーゆー ともだち?」 とゆー いみ だ と かんがえられる。 しかし、 また Some friends(ともだち ちょっと) が ぎもん で ない ばあい わ、 めいんぼーかる の ことば お くりかえして、 えこー している よー に きこえる よー に している だけ かもしれない。 どのみち、 「ともだち ちょっと」 という ことば で あらわせる。 はてな お つけて かいた の わ、 じぶん の にじそうさく(二次創作) として、 ぎもん の ほー が つごー が よかった から である。つまり、 1ばん わ かいわ の あいて が ひとり か それ いじょー いて、 よく ある かいわ の やりとり の るーる が ある じょうたい で、 2ばん わ かいわ の あいて が ひとり いる か くーそー の ひと で、いなくて、 いた として も やまびこ みたい に じぶん の いった ことば しか かえしてこない あいて と はなしている じょうたい で、 3ばん わ だれ と も はなさず、 4ばん わ ひとりごと お はなしている という じょーたい である とゆー かんがえ である。くわしく わ、あと(「むかつく」 という にじそーさく に おける こーらす) に かく。 あと、 こーらす の Some friends の いんとねーしょん が あがりちょうし だから で も ある。

さいしょ わ 「ことし、 なくしちゃって、 ともだち、なんにんか (ともだち、 なんにんか?)」 という やく お かいていた が、 「なんにんか」 が ながすぎる こと で、 「ちょっと」 と かえた。 しかし、 「ちょっと」 とゆー ことば わ ともだち お なくした こと お そこ まで たいした こと で わ ない と ひかえめ に いおー と する ひょうげん に も かんがえられる ので、 ざんねん だ。 しかし、 ここ わ なくした ともだち が ふたり いじょう であり、 some(いくらか) と あいまい な かず である こと お あらわす ため に、 「ことし なくしちゃって、 ともだち(ともだち?)」 で わ だめ だ と おもった。 ふたり いじょう である こと おらわしたい りゆう わ、 1ばん の さいしょ の ぶぶん(1-1) と くらべる ため だった。 じぶん が うえ に かいた ぶん お いんよう する。

Well, I got a friend who's a man (who’s a man?)
あー、ともだち が できて、 そーゆー ひと。 (そーゆー ひと?)

(りゃく)
さらに、 「そーゆー ひと」 と やく した こと で、 その ともだち が ひとり で ある こと が あらわせた。 えいご で わ、 ひとつ や ひとり なのか ふたつ いじょー や ふたり いじょー なのか お はっきり させない と いけない。 ところが にほんご で わ その ちがい わ はっきり させない こと が おおい。 はっきり させている から に わ、 なにか りゆう が ある ばあい が ある と おもわれてしまう。 つまり、 ここ で I got a friend who's a man お、 「ひとり の ひと である ひとり の ともだち が できた」 と やくしてしまう と、 きいている ひと お びっくり させてしまう。 びっくりした ひと わ「なんで そんなに「ひとり」 と ゆー の?」 と ぎもん に おもう かもしれない。ちなみ に、 a(ある…) は one(ひとつ の …) で は ない ため、 そーゆー いみ で も この やく(「ひとり の ひと である ひとり の ともだち が できた」) わ よくない。 ともかく、 にほんご の やく で わ ひとり なのか ふたり いじょう いる の か お かんたん に わ はっきり させられない。 しかし、 この Hateful(むかつく)という うた に わ、 ひとり なのか ふたり いじょう なのか が もんだい に なる ところ が ある。 それ は、 この 1ばん の はじめ と、 2ばん の はじめ の ちがい である。2ばん の はじめ わ、 ”This year I've lost some friends”(ことし、 なくしちゃって、 ともだち、 ちょっと ) である。 1ばん の はじめ が I got a friend(ともだち お ひとり えた) のに たいして、 2ばん の はじめ が I've lost some friends(ともだち お なんにんか なくした) と なっていて くらべられている。 つまり、 get(える) と lose (なくす) わ はんたい の ことば であり、 a friend(ひとり の ともだち)と some friends(なんにん か の ともだち) が くらべられている。 だから、 ひとり なのか どうか が もんだい に なる の だった。
ちなみに、 この ふたつ わ got とゆー かこけい(過去形) と have lost とゆー かこかんりょうけい(過去完了形) で くらべられている の かもしれない が、 そこ わ わからない。かこけい わ、 かこ に おこった こと に ついて いう ほーほー で、 かこかんりょうかい わ かこ に おこった こと が いま に も えいきょうしている こと お いう ほーほー である。 だから、 かこかんりょうけい で いわれた I've lost some friends (ともだち お なんにんか なくしちゃた) わ、 「いま も その ともだち わ いない まま」や 「いま も しょっく お うけている」 など の いみ が かんじられる。 それ に たいして、I got a friend(ともだち が できた) わ たん に まえ に そーゆー こと が おこった こと お いっていて、 その ともだち わ もう いない かも しれない し、 その ともだち わ いる かも しれない。

lost わ どうし lose の かこぶんし(過去分詞) である。lose わ うしなう という いみ で、 lose ... で ... と しにわかれる、 つまり … が しんでしまった という いみ も ある し、 lose a friend など で ともだち お うしなう、 つまり ともだち で なくなる という いみ に も なる(新和英大辞典第5版、研究社、2008ねん、「失う」)。どちら の いみ に も なる 「なくしちゃって」 という やく お えらんだ。
「なくして」 で なく 「なくしちゃって」 と かいた の わ、 かこかんりょうけい(過去完了形) お すこし で も まね したかった から だ*29
「ともだち お ちょっと、 ことし、 なくしちゃった」 という じゅんばん に しなかった の わ、 えいご の たんご の じゅんばん お まね する ため、 あと の こーらす と の かんけい で、 ともだち という ことば お さいご に もってくる ため、 じぶん わ こーゆー はなしかた も かいわ なら する と おもう ため である。

2-2

What friends?
どーゆー ともだち?

さいしょ わ 「どんな ともだち?」 と かいていた が、 1ばん の ”What man?” お どーゆー ひと? と やくした の だから、 「どーゆー ともだち?」 と あわせて かく の が よい と かんがえた。 ただ、 えいご わ some friends (some friends) what friends と けいようし に つづいて めいし とゆー じゅんばん が 3こ つづく の に たいして、 にほんご で わ 「ともだち ちょっと(ともだち ちょっと) どーゆー ともだち」 と ちゃんと くれべられていない の が ざんねん だ。 どもだち という ことば お くりかえした こと で まんぞく した。まえ の ところ お 「ちょっと ともだち (ちょっと ともだち)」 と すれ ば ならべられる と おもう かも しれない。 しかし、 そー する と、 「ちょっと」 が より 「なくしちゃって」 に かんけいする ことば と かんがえられてしまう。つまり、 なくしちゃった こと お ちょっとした できごと だった と いっている か の よー に なってしまう。 「ともだち」 に 「ちょっと」 お かんけい づける ため に わ、 「ともだち ちょっと」 という じゅんばん に しない と いけなかった。
ここ で の what わ、 ぎもんけいようし(疑問形容詞) で、 ともだち わ どーゆー ひと だった の か という けいようし お きく ことば である。What に わ、 おどろき お あらわす かんたんぶん(感嘆文) に も つかえる。 その ばあい、 なんて ともだち だ! と ゆー よー な いみ か、 なんて おおく の ともだち だ! と ゆー いみ に なる だろー が、 この 「むかつく」 とゆー うた の まね の ながれ と あっていない よー に かんじる ので、 つかわない。

2-3

I dunno, I ain't even noticed
わかんない。 きづいても なかったし。

さいしょ わ 「わからない」 と かいていた が、 I dunno (あいどぅの)わ I don't know(あい どんと のー) お みじかく した もの なので、 「わかんない」 の ほー が いい と かんがえた。
ain't わ be not か has not お みじかくした もの で、 ここ で わ I have not even noticed(じぶん わ きがついて さえ なかった)と なる。
even わ きょくたん(極端) な こと お いみする ふくし で、 ここ で わ、 きがつく という いちばん きょくたん(極端) な こと も しなかった という いみ で つかわれいてる ので、 「きづいても なかった」 と 「も」 という ことば で やくした。
notice わ きがつく という いみ である。 ain't が かこかんりょう(過去完了) の みじかい かたち なので、 「きがついて も なかった」 で わ なく、 「きづいても なかった し」 と 「が」 お ぬく こと で みじかく し、 「し」 と さいご に つける こと で、 かいわ の よう に した。 なに に きがついて いなかった の か と いえば、 ともだち お うしなった こと だろう。まとめる と、 うしなった とき に わ きがつかなった が、 いま わ "This year I've lost some friends" 「ことし、 なくしちゃって、 ともだち、ちょっと 」 と いえる ぐらい に わ きがついている けど、 その ともだち が どーゆー ひと か わ わからない という じょうきょう だ。 ともだち が なくなっちゃった こと わ わかる けれど、 どの ひと か わからない とゆー じょうきょう なのか、 むしろ ともだち で あった こと も きがついて なかった という こと だろう か。 この よー な あいまい さ わ にほんご の まね で も あらわせた と おもう。
しかし、 じつ わ、 ain't と いう ことば わ つかわない ほー が いい と かんがえられている けど、 つかいかた に よって わ よく つかわれる という はなし が かいてある ので(たとえば、 ジーニアス英和大辞典、大修館書店、2001-2010ねん)、 「わかんねー、きづいて ねー もん」 みたい な やく が いい の かもしれない。 じぶん の にじそうさく(二次創作) で わ つかえなかった。かなしい きおく。

2-4

You see, I gotta go out again (Again?)
あの、 でて いかなきゃ また。(また?)

"go out” と かく さいと も ある(https://www.lyriczz.com/lyrics/clash/147133-hateful/https://www.azlyrics.com/lyrics/clash/hateful.html) し、"get out" と かく さいと も ある(https://www.tekstowo.pl/piosenka,the_clash,hateful.html)。 にほんご やく に わ あまり かんけい ない。
こーらす の "(Again?)" わ みぎ から きこえる。 この Again も (Some friends?) (ともだち、ちょっと ?) と おなじく、

はてな”?” お つける さいと も ある(https://www.lyriczz.com/lyrics/clash/147133-hateful/https://www.azlyrics.com/lyrics/clash/hateful.html) し、つけない さいと も ある(https://www.tekstowo.pl/piosenka,the_clash,hateful.html)。たしか に、 ぎもん である と も かんがえられる し、 ぎもん で わ ない と も かんがえられる。

しかし、 (Some friends?) (ともだち、ちょっと?)の つぎ わ、 "What friends?" (どーゆー ともだち?) と つづく の と わ ちがい、 (Again?)(また?) の つぎ わ、 "My friend" と つづく。この ぶぶん に ついて わ、 つぎ の ところ の ほんやく(2-5) の ところ で かく。 ただし、 この ぶぶん の ことば の かたち わ (Again?)(あげえん)と "My friend"(まい ふれんど) の 「えん/れん」 で にた おと に している の かもしれない。

”You see”(あの) わ、 ちょくやく する と、 「あなた わ みえる」 である が、 みえる とゆー こと から わかる という いみ に も なり、 「あなた わ わかる」 という いみ に なる。 そして、「わかる よう に」 とゆー ふんいき の ことば として、 えいご の かいわ で よく つかわれる らしい。ジーニアス英和大辞典 大修館書店、2001-2010 から いんよう する。

you sée
≪やや略式≫知ってのとおり、おわかりでしょうが≪♦You know にくらべ断定的・結論的;あとに続く陳述をやわらげる≫;[注意を促して]ほら、(あの)ねえ、;[説明して]何しろ

さらに、you know と you see の違い @ ArtSaltのサイドストーリーhttp://art2006salt.blog60.fc2.com/blog-entry-1358.html) に も かいて ある よう に、you see わ あいて が しっている だろう と おもう こと お いう まえ に も、 あいて が しらない だろう と おもう こと お いう まえ に も つかう。 あいて が しっている だろう こと お いう まえ の you see わ、「≪やや略式≫知ってのとおり、おわかりでしょうが」 であり、あいて が しらない だろう と おもう こと お いう まえ の you see わ、 「[説明して]何しろ」 である。そして、 はなし はじめる とき など に いう you see が、 「[注意を促して]ほら、(あの)ねえ」 である。
いっぽう で、You see - English Grammar Today - Cambridge Dictionaryhttps://dictionary.cambridge.org/grammar/british-grammar/you-see) で わ、 つぎ の よう に せつめい する。

We commonly use you see in speaking when we want to share knowledge with our listener or listeners. When we use you see, we assume that the listener or listeners do not have the knowledge that we want them to have:
OK, we’ll try to be there but, you see, since my accident, I’m a bit nervous about driving on the motorway.
You see, I don’t think she likes folk music so I think she’ll say no.

やくす。

you see (あの/じつ わ) が ふつう かいわ で つかわれる の わ、 きいている ひと に ちしき お つたえたい とき である。 you see (じつ わ) お つかう とき、 きいている ひと に しってほしい ちしき お そのひと わ もっていない と かんがえている。
いい です よ、 いってみましょう。 です が、 あの/じつ わ(you see)、 じこ に あって から こーそくどーろ(高速道路) お うんてんする の わ ちょっと ふあん なんですよ。
あの/じつ わ(you see)、 あの ひと わ みんぞくおんがく(民俗音楽) すき じゃない と おもう ので、 ことわる と おもい ます。

ここ で わ you see わ 「あの」 や 「じつ わ」 という やく が あっている と おもった。 ここ で の you see わ、 「[説明して]何しろ」 である。
この よー に、 いろいろ な いみ が ある なか で も、 あいて が しらない こと お つたえる「[説明して]何しろ」 という いみ が この うた で の you see (あの) の いみ として いちばん ありえそう だ と おもった。 しかし、 ほか の ふたつ の いみ も ありえる ので、 「あの」 と まね した。 「あの」 とゆー ことば わ、 あいて が しらなかい こと お せつめい する まえ に も、 しっている こと お かくにん する ため に も、 よく きく よー に ちゅーい お ひく ため に も つかえる と おもう。 ただし、 「あのね」「あのさ」「あのよぉ」 など の ほー が より あいて が しらない こと お つたえる「[説明して]何しろ」 とゆー いみ に きこえる と おもう ので、 つかえる ひと わ つかう と いい と おもう。 じぶん の にじそうさく(二次創作) で わ、 「あのね」「あのさ」「あのよぉ」 とゆー ことば わ みなされる せいべつ や ほんにん の せいべつ や あいて と の かんけい に よって、 しゃかい から つかって も いい と される かのーせい が ちがってしまう ことば なので、 つかう こと お あきらめた。 つまり、 したしい あいだ で ない と つかえない ことば であり、 たとえば、 ちいさい おんなのこ と されている ひと が、 おとな に たいして 「あのよぉ」 と つかったら、 まわり の おとな わ その ことば の つかいかた お ゆるさない こと が おおい ところ も ある と おもう。 つまり、 「やめなさい」 と いったり、 びっくりして はんのう したり して、 おいつめていく の だ。 さいあく なのわ、 「おんなのこ わ そんな ことば お つかっちゃ だめ」 とゆー ことば だ。 だいきらい。

gotta(なくちゃ) わ、 have got to do の あめりか で よく おこる りゃく で、 have got to→'ve got to→got to→ gotta という よー に なった らしい(ジーニアス英和大辞典、大修館書店、2001-2010、have)。いみ わ have to と おなじ である(ジーニアス英和大辞典、大修館書店、2001-2010、have)。 つまり、 しかたない けど じょーきょー から みて しなくちゃ だめ という いみ だ と かんがえて いい だろー。 れいぶん に、 "Come on, we've got to get out of here." 「さあさあ、ここらか出なくてはなりません」 という もの が あった(ジーニアス英和大辞典、大修館書店、2001-2010、have) 。なぎ さん も、 I Can't Turn You Loose もしくはブルースブラザーズ特集#6 (1965. Otis Redding) - 華氏65度の冬http://nagi1995.hatenablog.com/entry/2017/07/26/231950) で、 gotta お「なくちゃ」 と やくしていた。

go out(でていく) も get out(でていく) も ある ばしょ から でていく という いみ である。 ちがい として わ、 でていく の に どりょく が ひつよー な とき や、 でていけ なかった とき わ get の ほー がよく つかわれる(ジーニアス英和大辞典、大修館書店、2001-2010、get in 語法)。この うた(Hateful (むかつく)) で わ、 go か get か で くらべている ところ も ない し、 ここ で go out(でていく) と get out (でていく) お にほんご で わけて やく お する こと わ むずかしい だけ で なく ひつよー ない ので、 とりあえず go out お えいご の うた として かいて、 「でていかなくちゃ」 と やくした。

again (また) わ ふたたび、 もう いちど という いみ。 「また」 という ことば わ みじかくて うたいやすい。 さらに、 こーらす で の 「また」 の とき に、 「また?」 と ぎもん で きくとき に も つかう し、 「また (か)」 と あきれながら の かくにん に も つかう し、 「また (か よ)」 と ふあん お あらわす ため に も つかえて よい と おもった。

2-5

My friend, I gotta see that main man
ねえ、 あい に いかなきゃ、あの だいじ な ひと。
「ねえ」 わ、 「ともだち」 と やく お かえる まえ の やく である。 どうして かえた か に ついて わ、 あと で かく。

まず こーはん の ”I gotta see that main man” から かんがえる。 gotta わ うえ に も かいた とーり、 「なくちゃ」 という いみ。 see わ みる という いみ から だれか と あう とゆー いみ に なる。 ここ で まえ の ”you see” と くらべている こと わ、 にほんご で まね できなかった ので むし(無視)した。that(あの) わ main man が まえ に はなした ほしい もの わ なんでも くれる ひと の こと である という こと お あらわしている。 main man わ、 main manの意味・使い方|英辞郎 on the WEB:アルクhttps://eow.alc.co.jp/search?q=main+man)に よる と、 「〈米俗〉親友」「〈米俗〉上司、ボス」「〈米俗〉ボーイフレンド、夫」 という いみ に なる。 この うた(Hateful(むかつく)) で でてきた、 ほしい もの わ なんでも くれる ひと の こと だ と かんがえられる ので、 ここ で わ、 「しんゆう」 か、「ぼーいふれんど」(こいびと である おとこ の ひと の こと) の どちら か だろう*30。しかし、 あめりか の つかいかた なので、 いぎりす で わ ちがう つかいかた お している かのーせい わ たかい。 つまり、 「どらっく お うってくれる ひと」 とゆー いみ かもしれない。
ともかく、 ここ で man という ことば が つかわれており、1ばん で わ、 「ひと」 という やく で まね していた ことば なので、 ここ で も 「ひと」 という ことば お つかう こと に した。 すると、 ナギ さん が つかっていた「大事なやつ」 という やく お まね して、 「だいじ な ひと」 と やくした。しんゆー も こいびと も だいたい が だいじ な ひと と いう だろー。 もちろん、 いわない ひと も いる だろー し、 こいびと かんけい や ゆうじょー かんけい という の わ、 ぼーりょく(暴力) や さくしゅ(搾取) が みのがされやすい ところ なので、 じっさい に 「だいじ」 に している か わ わからない*31


そして、 この "My friend" わ、 とても こまる。ちょくやく すれば、 「じぶん の ともだち」 である が、 よびかけ と して も つかえる。よびかけ として の つかいかた お みる。 friendの意味・使い方・読み方 | Weblio英和辞書(https://ejje.weblio.jp/content/friend ) の 「Eゲイト英和辞典」の なか で の ていぎ 5 わ つぎ の とーり。

(my ~))あなた,君(顔は知っているが名前は知らない人などへの親しみを込めた呼びかけ)

おなじ さいと の、「研究社 新英和中辞典」 の なか の ていぎ 1b わ つぎ の とーり。

b[one's friend; 呼び掛けや引き合いに出す時に用いて] (わが)友.

friendの意味 - 英和辞典 - コトバンクhttps://kotobank.jp/ejword/friend) の プログレッシブ英和中辞典(第4版) の ていぎ 6 わ つぎ の とーり。

(呼びかけや引き合いに出すときに用いて))友, 人, 同行者, 連れ
my (good) friend
(ねえ)君

いっぽー で、 よびかけ で ない つかいかた お みる。
friendの意味・使い方・読み方 | Weblio英和辞書(https://ejje.weblio.jp/content/friend ) の 「研究社 新英和中辞典」 の ていぎ 1 に つぎ の せつめい が ある。

He's a friend of mine [my father('s)]. 彼は私[父]の友人です 《★【用法】 my [my father's] friend は特定の友人の場合で, この場合は同格に用いて my friend John Smith ともいう》.

また、 オーレックス英和辞典、旺文社、2008ねん、friend、「英語の真相」 に おいて わ、 つぎ の よー に かいてある。

my friendは特定の友人をさし、状況によっては「私の唯一の友人」の意味を帯びることがる。友人との会話などで第三者のことをmy friend と言うと、同じく友人であるはずの相手のことは友人でないと言っているように誤解されたり、myと限定することにより恋人など特別な相手と解釈される恐れがある

よって、 この うた(Hateful(むかつく)) に おいて わ、my friend わ、 that main man(だいじ な ひと)、 つまり ほしい もの なんでも くれる ともだち である he の こと お いみ している かもしれない。

いみ に ついて かんがえてきた が、 つぎ に おと に ついて かんがえる。
my friend という ことば の まえ に friend という ことば わ とく に 2ばん に おいて なんかい も つかわれている。 つまり、”This year I've lost some friends (Some friends) What friends?”(ことし、 なくしちゃって、 ともだち、ちょっと (ともだち、 ちょっと?)どーゆー ともだち?) と friend が ならべて くらべられていた の だ。 さら に、 1ばん の はじめ に でてくる ことば も、 ”Well, I got a friend, who's a man”(あー、ともだち が できて、 そーゆー ひと。)と friend に ついて の はなし に なっている。
さらに、 friend(ふれんど) という おと わ free(ふりー) という おと と にている。 つまり、fr(ふれ/ふり) という おと が おなじ である。 じつ わ、 これ わ ぐーぜん で わ なく、 ごげん の つながり が ある。えいご で かかれた えいご の ごげん の じしょ である Online Etymology Dictionary お みる。
friend の ごげん である むかし の えいご の ことば わ ”freond” である。 この ”freond” わ、 いんどよーろっぱそご(インドヨーロッパ祖語)*32で あいする とゆー いみ の ”pri” の げんざいぶんし(現在分詞) から きた と かんがえられる。 つまり、 あいする こと、 だれか お あいしている ひと という いみ から ”freond” という ことば が でてきた と かんがえられている。 この "freond" の いみ わ、 ”one attached to another by feelings of personal regard and preference”(https://www.etymonline.com/word/friend#etymonline_v_14179) (こじんてき な そんけい と このましい と おもう きもち に よって ほか の ひと と むすびついている ひと ) である。
・はんたい に、free の ごげん である むかし の えいご の ことば わ、 ”freo” である。 この ”freo” わ、'freond" と おなじく、 (インドヨーロッパ祖語) で あいする という いみ の ”pri” から きている。この ”freo” の いみ わ、 "exempt from; not in bondage, acting of one's own will"(なんらか の ぎむ お しなくていい、 だれか に しばられていない(隷属(れいぞく)していない)、 じぶん じしん の かんがえ で ふるまう) また わ、 "noble; joyful"(りっぱな、 たのしそうな) である(https://www.etymonline.com/word/friend#etymonline_v_14179))。 なぜ あいする という いみ の "pri" から じゆーな(自由な) という いみ が でてきた の か に ついて わ、 つぎ の よー に かいている。"The sense evolution from "to love" to "free" is perhaps from the terms "beloved" or "friend" being applied to the free members of one's clan (as opposed to slaves; compare Latin liberi, meaning both "free persons" and "children of a family")." (「あいする こと」 から 「じゆーな(free)」 え の いみ の うつり かわり わ、 たぶん 「いとしい(beloved, あいされる)」 か 「ともだち(friend)」 という ことば から、 なかま/いちぞく(一族)(clan) の なか の じゆう な めんばー に つかわれる よう に なった という もの だろう。 (どれい(slaves) と くらべて だが。 らてんご(ラテン語) の ”liberi” が 「じゆう な ひとびと"free persons"」 と 「ある かぞく の こども"children of a family"」 の ふたつ とも いみする こと と くらべる こと。 ) )(https://www.etymonline.com/word/friend#etymonline_v_14179
まとめる と、 ”pri- freond- friend” と ”pri- freo- free” と ごげん が おなじ だけ で なく、 friend から free という ことば が じゆー なという いみ が でてきた かも しれない の だ。
この うた(Hateful(むかつく)) に おいて、 not for free(ただじゃない) という の わ さび に でてくる だいじ な ぶぶん だ。 だから、 free と friend の つながり わ にほんご で も まねしたい。

しかし、 むり だった。 あきらめた。 かなしい。 あえて いえ ば、 「ただ」 の 「だ」 と 「ともだち」 の 「だ」 が おなじ という こと ぐらい しか ない。 しかし、 にほんご の ともだち とゆー ことば の ごげん わ おそらく、 「とも」 が 「ともだち」 とゆー いみ も あらわせば、 「いっしょ に」(とも に) とゆー いみ も あらわす という こと から きている だろう。 かんじ(漢字) が わかる ひと に とって わ、 「とも」 お 「友」 と も、 「共」 と も かける という こと から わかる。 ただし、 しらべていない から わからない。 ともかく、 いっしょ に いる こと と ただ で ある こと に ごげん の つながり も なさそう である。 ざんねん。

しかし、 あきらめきれない の が、 いま かんがえている、 ”My friend, I gotta see that main man ”(ねえ、 あい に いかなきゃ、あの だいじ な ひと。) の ”My friend” (ねえ) である。 ただじゃない と の かんけい わ はっきり させなくて いい けど、 ここ わ どーに か して 「ともだち」 という ことば お つかいたい。 もし、 この my friend が that main man (だいじなひと)の こと お いみ している の ならば、 「ともだち、あい に いかなきゃ、あの だいじ な ひと。」 と やく せば いい。 my が ある こと に よる とくべつ な ともだち である こと わ なくなってしまう けれど、 みじかさ も よい。 もし、 「じぶん の ともだち」「わたし の ともだち」「ぼく の ともだち」「おれ の ともだち」 「うち の ともだち」 など と する と ながく なって うたい にくい だけ で なく、 えいご に ある 「とくべつ な ともだち」 の いめーじ も つたえきれない かもしれない と おもって、 じぶん の にじそうさく(二次創作) で わ つかいたくない。 「しんゆう」(親友) という ことば も かんがえられる が、 いままで「ともだち」 と くりかえして いってきた おと お ここ で も くりかえしたい。 ちなみに この my friend が that main man (だいじなひと)の こと お いみ している と かんがえる ならば、 2ばん で かいわ している ひと わ ともだち で ない かもしれない と も かんがえられる。
しかし、 にほんご で よびかける とき に 「ともだち」 という ことば お つかっている ところ お じぶん わ みた こと が ない。 ありうる と しても、 「わがとも」(わが友) など ふざけて ふるめかしい いいかた に する こと ぐらい だ。それ に たいして、 えいご で わ よびかけ に friend という ことば お よく つかう みたい だ。 だから 「ねえ」 という よびかけ の ことば の やく お かいた。 さら に、1ばん で の さび の まえ の さいご の めいんぼーかる の うた、 つまり おなじ めろでぃー で うたう うた わ ”What you got? I need it all so badly” (もらった もの ?ひつよう で、あれ ぜんぶ) と なっていて、 My friend と くらべられる ところ の What you got? わ あきらか に、 I と はなしている ひと の せりふ なのである*33。 だから、 My friend わ こーらす で Again? と きいている ひと の つぎ の せりふ と も かんがえられる。 つまり、 「また? ねえ」 という せりふ、 また わ 「また か、 きみ」 みたいな せりふ と かんがえられる。 だから くるしみながら、 「ねえ」 と かいた。

しかし、 くやしい。 くやしすぎる。 もし I が that main man の いみ で My friend と いっていたら、 その My friend とゆー ことば わ かなり だいじ な ことば だった の で わ ない か? むかつく けど ただ じゃない けど、 それ でも ほしい もの お なんでも くれる あいて え の すっきり しない きもち が ある あいて お、 それ でも 「ともだち」 と よんでいる に も かかわらず、 しかも たんなる ともだち で わ なく、 my friend と よんでいる に も かかわらず、 そー でない かもしれない という りゆー で、 その よびかた お まね しない で ふみにじって いい の か? と かんがえて、 「ねえ」 という やく お やめる こと お きめた。 これ わ、 じぶん の にじそうさく(二次創作) なのだ。 「ともだち」 と やく お かえる。 いみ の ただしさ わ、 とりあえず わからない の だから かんがえない よー に しよー。 もちろん、 よんでいる ひと から、 「えいご で その かいしゃく(解釈) わ むり」 とゆー こと お なっとく させられたら、 あきらめる。 そして、 そーゆー はなし わ かんげい(歓迎) する。 しかし、 とりあえず わ、 「ともだち」 という やく で かく。 つまり、 my friend とゆー の わ、 I の せりふ と かんがえる。 「また?」 と きかれた こと お 「また でていく の? どこ に いく の?」 と きかれた と かんがえて 「ともだち の ところ に いく 」 という いみ で、 My friend(ともだち) と こたえる こと わ ありえる と おもう。 また、 そもそも こーらす の again が かいわ に おける あいて の ぎもん なのか も わからない。 もしかしたら たん なる えこー かもしれない。ただし、you see(あの) と you(あなた) が いる よー に はなしている から、again が えこー である かのーせい(可能性) わ ひくい と おもう。

こーらす の かんけい 3

さて、じぶん の にじそーさく で わ いみ の ただしさ お とりあえず おいておいた が、かんがえられる かのーせい お かいておく。 こーらす の "Again" と めいんぼーかる の My friend の かんけい に ついて かんがえられる の わ、 つぎ の 9こ である。 again が ぎもん か えこー か くりかえし か の 3とーり、 My friend が よびかけ か that main man お あらわす か の 2とーり、 My friend が I の せりふ か はなしている you の せりふ か の 2とーり である。 ただし、 My friend が you の せりふ である とき わ よびかけ の いみ しか ない。
1. "Again? My friend." " I gotta see that main man" (ぎもん、よびかけ、you)
you「また か? わがとも よ。」I「だいじ な ひと に あい に いかなくて わ な。」
2. "Again?" "My friend, I gotta see that main man" (ぎもん、よびかけ、I)
you「また か?」 I「わがとも よ、だいじ な ひと に あい に いかなくて わ ならない の だ。」
3. "Again?" "My friend, I gotta see that main man" (ぎもん、that main man、I)
you「また か?」 I「わがとも に、だいじ な ひと に あい に いかなくて わ ならない の だ。」
4. "I gotta go out again (Again)" "My friend" "I gotta see that main man" (えこー、よびかけ、you)
I 「でていかなければ、 また (また)」you「わが とも…」 I「だいじ な ひと に あい に いかなくてわ」
5. "I gotta go out again (Again)" "My friend, I gotta see that main man"(えこー、よびかけ、I)
I 「でていかなければ、 また (また)」I「わが とも よ、われ わ だいじ な ひと に あい に いかなくて わ ならない の だ。」
6. "I gotta go out again (Again)" "My friend, I gotta see that main man" (えこー、that main man、I)
I 「でていかなければ、 また (また)」I「わが とも に、だいじ な ひと に あい に いかなくて わ ならない の だ。」
7. "I gotta go out again " "Again, My friend" "I gotta see that main man" (くりかえし、 よびかけ、you)
I 「でていかなければ、 また 」you「また いく と いう の だ な。わが とも よ」 I「だいじ な ひと に あい に いかなくて わ ならない の だ。」
8. "I gotta go out again " "Again" " My friend, I gotta see that main man" (くりかえし、 よびかけ、I)
I 「でていかなければ、 また 」you「また いく と いう の だ な。」 I「わが とも よ、 われ わ だいじ な ひと に あい に いかなくて わ ならない の だ。」
9. "I gotta go out again " "Again" " My friend, I gotta see that main man" (くりかえし、 that main man、I)
I 「でていかなければ、 また 」you「また いく と いう の だ な。」 I「わが とも に、 だいじ な ひと に あい に いかなくて わ ならない の だ。」

なぎさん の やく わ、

「あのさ。おれ、もっぺん行こうと思う」
「もっぺん?」
「そうだよ 大事なやつに会わなくちゃ」

である ので、 「2. "Again?" "My friend, I gotta see that main man" (ぎもん、よびかけ、I) you「また か?」 I「わがとも よ、だいじ な ひと に あい に いかなくて わ ならない の だ。」」 に あたる。 じぶん の やく 「あの、 でて いかなきゃ また。(また?)ともだち、 あい に いかなきゃ、あの だいじ な ひと。」 わ、 「3. "Again?" "My friend, I gotta see that main man" (ぎもん、that main man、I)you「また か?」 I「わがとも に、だいじ な ひと に あい に いかなくて わ ならない の だ。」」 である。 いちおー じぶん の やく わ、 (また?) の ? お とれば、 6 と 9 の いみ に も ならなく わ ない。ただし、you が でてこない 6 わ ”You see” という せりふ と むじゅん する かのうせい が ある。 ただし、 you の せりふ わ うた に でてこなかった だけ という かのうせい も ある。

3ばん

2ばん の さび わ、 まえ に ほんやくした ので つぎ に 3ばん お やくす。

Oh
Oh
あーー
(かんそう(間奏))
あーー

いっかいめ の Oh(あーー) わ 2ばん の さび の すぐ あと、 にかいめ の Oh(あーー) わ 1ばん の うた で の the only(ただ ひとり) と うたう ばしょ と くらべられる ところ で うたわれる。 そこ わ、2ばん の かし で わ、 むごん である。4ばん の かし で わ、 an' already(もう とっくに) である。また、 いっかいめ の Oh(あーー) わ 2ばん の さび の すぐ あと と わ、 こーらす の nowhere(なくなれて) という ことば お うちけす よー に うたわれる。

まず、これ お 3ばん と いって いい の か とゆー もんだい が ある。ざんねん ながら めろでぃー が ききとれない ので、 めろでぃー が いっしょ か どーか わ わからない。 じぶん の おんがく の ぎじゅつ(技術) の なさ と みみ が かなしい。 かわり に、 それぞれ の ぶぶん の じかん お はかった。 はかった どーが わ、 https://www.youtube.com/watch?v=BQjoayRUvTs である。まるかっこ の なか わ その ぶぶん の びょーすー である。
0:00~0:17(17)、 ぜんぞう(前奏)
0:17~0:33(16)、 1ばん の さび に はいる まえ の ぶぶん (0:25 the only)
0:33~0:52(19)、 1ばん の さび
0:52~1:08(16)、 2ばん の さび に はいる まえ の ぶぶん (1:00 むごん)
1:09~1:29(20)、 2ばん の さび
1:29~1:45(16)、 3ばん の さび に はいる まえ の ぶぶん(1:29 Oh、1:37 Oh )
1:45~2:04(19)、 3ばん の さび
2:04~2:20(16)、 4ばん の さび に はいる まえ の ぶぶん(2:12 an' already )
2:21~2:43(22)、 4ばん の さび
いじょー の けっか から、 さび に はいる まえ の ぶぶん の ながさ わ だいたい 16びょー で 1ばん から 4ばん まで すべて おなじ である。 だから、 この ぶぶん お 3ばん と いって いい と かんがえる。 ちんもく(沈黙) と さけびごえ わ じゅーぶん うた の いちぶ である。うたごえ お ださない こと が うた に なる とき も ある。さら に うたごえ が なかった として も、 がっき わ おと お かなでている。 きょく わ 3ばん で も えんそう(演奏)されている の だ。もちろん、 ばんど なので、 がっき の えんそう(演奏) の すごさ お みせる ため の じかん なの かもしれない。 そこらへん の おんがく の こと わ わからない。 しかし、 だれか と はなしている 1ばん と 2ばん と くらべて、 そして、 ひとりごと お いっている と も かんがえられる 4ばん と くらべる と、 3ばん わ だれ と も じぶん と も はなしていない じょうきょう お うたっている と いえる と おもう。 1ばん で the only(ただ ひとり) と うたった ところ で、2ばん で むごん に なる ところ で、 そして 4ばん で an' already (もう とっくに) と うたった ところ で、つまり それぞれ の ぶぶん の はじまり から 8びょー ご に、3ばん で わ めいんぼーかる が さけんでいる。この よー な ながれ わ むいみ で わ ない と おもう。 たとえば、 1ばん で わ おおぜい の なか の ひとり だけど 「ひとり しか いない」 よー な ともだち が、2ばん で わ その ともだち いがい が いなくなっていて、 その ともだち しか かんがえられない すべて に なって 「だまり」、 3ばん で わ その ともだち に なにか が あって 「さけぶ」 しか なくなり、 4ばん で わ ひとりごと お つづけて、 「もう とっく に」 うまく いって なかった と きがつく とゆー よー な かいしゃく が できる。

4ばん

3ばん の さび わ、 まえ に ほんやくした ので つぎ に ほんやく が もっとも たいへん な 4ばん の やく お はじめる。
この ぶんしょー お かいている とき に わ まだ やく が おわっていない。 かきながら やく お きめたい と おもっている。 そのため、 4ばん ぜんたい の とりあえず の やく お まず かく。

I killed all my nerves (My nerves)
What swerves?
And I can't drive so steady an' already
I've lost my memory (My mind)
Behind! I can't see so clearly
だめ に しちゃった、 ぜんぶ、 しんけい (しんけい)
どーゆー まがり?
うごかけなくて、そんなに しっかり
もう とっくに。
なくしちゃって、 きおく(あたま)
うしろ!みえなくて、そんなに はっきり。
とりあえず の やく

いみ が わからない。 いちばん むずかしい の わ、 What swerves? と Behind! である。 ともかく、いま かんがえられる とりあえず の ながれ わ、 しんけい(神経) お だめ に した、 どらいぶ(drive) が できない、 きおく が ない、 みえない、 とゆー ながれ である。 つまり、 しんけい(神経) が だめ に なっている こと お せつめい している と も かんがえられる。 つまり、 うんどう しんけい(神経) が うまく はたらかない ので、 うんてん が できない。 あたま の しんけい(神経) が うまく はたらかない ので、 きおく が ない。 め の しんけい(神経) が うまく はたらかない ので、 みえない。 とゆー はなし かもしれいない。

4-1

それでわ、 はじめ から みていく。

I killed all my nerves (My nerves)
だめ に しちゃった、 ぜんぶ、 じぶん の しんけい (じぶん の しんけい?)
とりあえず の やく

まず、 こーらす の My nerves わ、 ひだり から きこえる。 しかし、 こーらす の もんだい わ あと(こーらす の かんけい 4) に かく。
つぎ に、 めいんぼーかる の I killed all my nerves に ついて かんがえる。 ちょくやく すれば、 「(じぶん わ、)じぶん の しんけい(神経) お すべて ころした」 と なる だろう。
しかし、 にほんご で 「しんけい お ころす」 と ゆー だろー か? しらべてみる と、 はいしゃさん(歯医者さん) わ は(歯) の しんけい お ころす もの お つかう らしい。 その とき に、 「しんけい お ころす」 という ことば わ つかわれる。 しかし、 この うた(Hateful(むかつく)) の なか で、 は(歯) に ついて わ なに も いわれていない し、 I が はいしゃさん(歯医者さん) である と かんがる ぐらい でない と にほんご で 「しんけい お ころす」 と わ かけない だろう。 じぶん の にじそうさく(二次創作) で わ、 I が はいしゃさん(歯医者さん) である かも しれない が、 そもそも えいご で わ もっと ひろく つかわれている ひょーげん みたい なので、 「しんけい お ころす」 という やく お えらばなかった。

kill と nerve の れいぶん その 1

いくつ か、 kill と nerve お つかった れいぶん お みていく。 やく わ じぶん(くしゅん) が かって に つけた。
まず わ、 とりにだーど(かりぶ かい に ある ところ) に すんでいる ひと の ぶろぐ (https://chookooloonks.typepad.com/chookooloonks/2005/04/the_post_in_whi.html) から。 むすめ が こーすい(香水) お こわしちゃった から へや が すごい におい に なっている。 あたらしい こーすい(香水) お かってきて ほしい と たのんだ あと の ぶん。

(By the way, you’ll be happy to know the smell is gone now, or my olfactory nerves have been killed dead. One or the other.)
(ところで、あなた が しって うれしい の わ、 におい わ いま わ きえている という こと か、 わたし の きゅうしんけい(嗅神経)/はな(鼻) の しんけい が ころされて しんでしまっている という こと の どちらか に なる でしょー。 どちらか ひとつ。)

ここ で の nerves わ しんけい という いみ であり、 におい など お かんじる こと が できる ため の からだ の いちぶぶん の いみ に なっている。 かんかく(感覚) という ことば が つかえる かも しれない。
ちなみに、これ わ、 こーすい お かって こなくて も いい と おもって ない でしょー ね? とゆー ゆーもあ あふれた ちゅーい に なっている の だろう か? だから、 ここ で わ、 におい が かんじられなくなっている こと お しんけい が ころされる とゆー ひょーげん で あらわしている の かもしれない。 しかし、 ゆーもあ に あふれた ぶんしょー である ため、 ここ も おおげさ な いいかた に なっている と おもう。

つぎ に、ある きょく が ほしい の だけど だれか ください と たのんでいる ひと の こめんと (http://cosmichearse.blogspot.com/2008/08/vomit-eat-shit-noise-music.html) から、

i'm literally kill all my nerves to got this one...
もじどーり/ほんとー に しんけい お ぜんぶ ころして この うた お てにいれよー と している。

I'm literally killing all my nerves to get this one という いみ で りかいした。 ここ から、 literally(もじどーり) と figuratively(ひゆてき に) お くらべている の か、 それとも literally わ ほんとー に という いみ なのか が わからない が、 ひっし に さがしている こと が つたわってくる。"kill oneself to study" で 「体をはった[こわすほど]研究する」 という れいぶん が ある(ジーニアス英和大辞典、大修館書店、2001-2010、kill) ので、それ に ちかい ひょーげん だ と おもう。 nerves(しんけい) という ことば お つかっている りゆう わ、 きこえなく なる まえ に てにいれたい という こと お あらわす ため だ と おもう。 いんよー した ところ の まえ に deaf(ろう) という ことば お つかっている から である。 ちなみに、 えいご お つかう ろうしゃ たち わ、 とく に あめりか がっしゅうこく で わ、 Deaf(でふ) と さいしょ の もじ お おおもじ に する こと で、 じぶん たち わ みみ が きこえない の で わ なく、 しゅわ という げんご や、 ろうぶんか お もっている ひとたち なのだ という こと お しめした れきし が ある。

https://twitter.com/DamonMorgenster/status/914521418485977095 で わ、 いんたーねっと で よみこみ が おそくなる(lag)こと が いらつく こと に ついて の ついーと に たいする りぷらい(へんしん(返信)) である。

I wish techology would just evolve a bit so that lagging wouldn't kill all my nerves.
ぎじゅつ(技術) が ちょっと だけ すすんで よみこみ が おそく なる こと で いらいら しなく なる (じぶん の しんけい の すべて が ころされない) よー に なったら いい なあ
technology お techology と うちまちがえている と おもう

この ついーと に たいして ”Nanomachines” (ナノマシン) つまり、 ちいさい きかい と いう りぷらい(へんしん(返信)) が ある 。 なのましん わ、 からだ に うめこめこむ こと が できる きかい として いめーじ される ことば である。 だから、 いんよー した ぶん わ、 じょーだん だ と わかる。 つまり、 「ぎじゅつ が ちょっと だけ すすんで」 と よんで、ひとびと が よそー する の わ、 「よみこみ が おそくならなく なる と いい」 である。 しかし、 「よみおこみ が おそくなる こと で (なのましん など で からだ お かえてしまって ) いらいら しなくしたい」 と ゆー こと で よそー と ちがう こと お いって、 わらわせよー と している の である。 だから、 ここ で わ、 nerves わ いらいら する きもち の こと お いっている。


また、ごーとう(強盗) に あって、 さいばん で はなさない と いけない けど どーすれば いい か きいた ひと の しつもん(https://gtaforums.com/topic/302990-going-to-court-tomorrow/) から。 ただし、 しつもん している ひと わ じんしゅさべつしゅぎしゃ(人種差別主義者)、れいしすと(racist)なので ちゅーい。 じんしゅ さべつ に はんたい ! ながれ として わ、 ある ひと が、 「きんちょう(nervous) しないで!」 と いった のに たいして、 しつもん した ひと が 「しぜん に きんちょう してしまう に きまっている (nerves will come naturally) の だけど、きんちょー お しずめる いい ほーほー(how to calm nerves) おしえて」 と きいた。 それ に たいして ある ひと が 「じぶん わ れいぞーこ に 30ふん おく よ(I put mine in the refrigerator for 30 minutes.)」 と じょーだん お いった。 それ に たいして、 しつもん した ひと が かいた の が、 つぎ の ぶん である。

Maybe remembering that post will kill all my nerves tomorrow
たぶん その かきこみ おもいだしたら、 あした きんちょー お ぜんぶ なくせそう。(じぶん の すべて の しんけい ころす こと に なりそう)

ここ で わ、nerves わ あきらか に 「しんけい」 で わ なく、 きんちょー という いみ である。

つぎ に、ベン・フォールズ・ファイヴBen Folds Five) という ばんど の ふぁん こみゅにてぃー の めーりんぐりすと で の ぶんしょう から(http://bff.magicalarmchair.com/list/9801/bffdig.756.html)。 この ひと わ Naked Baby Photos (りゃくして NBP) という きょく お かう ため に いろいろ な おみせ に いった けど、 なくて こまった。

What's up with this? Are we trying to kill all my nerves here? Someone help me out.
これ わ どーいう こと? みなさん、 この めーりんぐりすと で いらいら お なくそー と してくれます? (じぶん の すべて の しんけい お ころそー と しています か?)だれか たすけて。

ここ で わ、 nerves わ どーしよーもない こと に たいする いらいら お あらわす と かんがえられる。

nerves

この よー に いくつか の ぐたいれい お みる と、 nerves が からだ の いちぶ の しんけい という より、 かんじょー の たかまり(きんちょー、いらだち) お あらわしている こと が わかる。 ここ で じしょ(https://www.ldoceonline.com/jp/dictionary/nerves) お かくにん する と、nerves と ふくすーけい で、 "the feeling of being worried or a little frightened"(しんぱい や ちょっと おそれている きもち) と でてくる。 また、 ”calm/steady your nerves (=stop yourself feeling worried or frightened)” (calm/steady your nerves(じぶん の しんけい お しずめる/おちつかせる) (=しんぱい したり おそれたり しない よー に する。)) とゆー ひょーげん も かかれている。 ”steady” わ ここ で わ どーし だが、 この うた(Hateful(むかつく)) の なか で わ、 ”And I can't drive so steady ”(うんてん できない し、 そんな に しっかり) と ふくし(副詞) として つかわれる。 さて、 ジーニアス英和大辞典、大修館書店、2001-2010ねん の nerve の せつめい から、 にほんご の やく の こーほ お いんよー する。「神経過敏[異常]、臆(おく)病、いらだち; 不安、緊張、興奮」 と ある。nerves の やく わ、 swerves(きゅーかーぶ) と とも に きめる ひつよー が ある ので、 とりあえず、 ここ で わ きめない。 なぜ nerves(しんけい) の やく わ、 swerves(きゅーかーぶ) と とも に きめる ひつよー が ある か と いえば、 nerves(なーばす) と swerves(すわーばす) で ”erves”(あーばす) の ところ で おと が おなじ だから である。 つまり、 nerves(なーばす) と swerves(すわーばす) わ くらべられている こと お にほんご で も まねしたい から である。

kill

さて、 ここ で kill(ころす) の いみ も かくにん する。 kill(きる) わ おおく の ばあい、 ころす という いみ である。 しかし、 にほんご の 「ころす」 に わ ない つかいかた が kill に わ ある。 それ わ、「(味・痛み・音など)を消す」「(愛情・興味・食欲など)をなくす」 という いみ である(ジーニアス英和大辞典、大修館書店、2001-2010ねん、kill, 2a )。たとえば、 ”This drug kills the pain to some extent”「この薬で痛みがある程度和らぐ」(ジーニアス英和大辞典、大修館書店、2001-2010ねん、kill, 2a ) という れいぶん が ある。えいご の じしょhttps://www.ldoceonline.com/jp/dictionary/kill) で かくにん する と、"to make something stop operating or fail" (なにか が ちゃんと うごく の とめたり、 うまく いかなく させる) という せつめい が ある。にほんご で 「ころす」 と いう と、 「いき お ころす」(しずか に する) や 「いきおい お ころす」(ゆっくり に させる) など の つかいかた いがい だ と、 いたみ お あたえて いのち お うばう という わるい いんしょー(印象)が kill より つよい と かんじる。

kill と nerve の れいぶん その 2

たとえば、 https://www.instagram.com/p/BT0OoFWDK-K/ に わ、

People ask me how I kill my nerves and butterflies
どーやって きんちょー や おじけづく きもち お どーやって くじかせている か きかれる

という ひょーげん が ある(buterflies(ちょうちょ) わ ふくすうけい で きんちょー から くる おちつかない きもち お いみする)。
また、 ある うた(http://testicanzoni.mtv.it/testi-In-Her-Own-Words_24815780/testo-Alone-with-You-92846358) で わ、

Fix me
Something strong to kill my nerves
ふあん お なくしてくれる つよい なにか お よーいして

と ある。 これ わ ”Fix me /Something strong to dull my nerves” (ふあん お にぶくしてくれる つよい なにか お よーいして) と くらべられている。つまり、 kill(ころす) と dull(にぶくする) わ にている ことば として でてきている。
しかし、 https://www.2-spyware.com/ask/lcoupon-ads-are-going-to-kill-my-nerves-every-single-one-of-them で わ

Lcoupon ads are going to kill my nerves.
らぷこーん の こーこく が いらいら させてくる(わたし の しんけい お ころそー と してくる)

とゆー よー に いらいら お しずめる という いみ で ない れい も ある。

つぎ に、 Mission Saddam という ほん の なか に ある れい お いんよー する (https://books.google.co.jp/books?id=PnVVCAAAQBAJ&pg=PT125&dq=%22kill+my+nerves%22&hl=ja&sa=X&ved=0ahUKEwivuID12PHlAhXR62EKHZyeBq8Q6AEIKTAA#v=onepage&q=%22kill%20my%20nerves%22&f=false、)。

I asked him for a cigarette, at first he said "No" because I was always complaining about the smell.
I was persistent because I wanted to numb my nerves, in better words kill the pain that surrounded my soul. Since cigarettes are about fifty different harmful chemicals in one small rolled up paper it would probably kill my nerves so that I could not feel them and possibly me!
たばこ お くれる よー たのんだ。 さいしょ わ 「だめ だ」 と いわれた。 なぜなら いつも におい に ついて もんく お いっていた から だ。
しつこかく せまった の わ、 ふあん(しんけい) お まひ(numb my nerves) させたかった から、 もっと あっている ことば で いえば、 こころ お とりまく くるしみ お やわらげたかった(kill the pain) から だった。 しって の とーり、 たばこ わ いちまい の ちいさな まるめられた かみ にい つつまれた、 だいたい 50 の ことなる ゆーがい(有害) な かがくぶっしつ(化学物質)である から、たばこ わ おそらく ふあん お やわらげる(わたし の しんけい お ころす)(kill my nerves) だろう。 そーして たばこ も かんじなくなれて、 もしかしたら じぶん の こと も かんじられなくなれる!

この あと に わ、 たばこ いがい の やくぶつ(薬物) の はなし も している。 ここ で わ、
・ふあん(しんけい) お まひさせる(numb my nerves)
・くるしみ お やわらげる(kill the pain)
・ふあん お やわらげる(わたし の しんけい お ころす)(kill my nerves)
と いいかえ が おこなわれている こと に ちゅーもく できる。 また、 たばこ*34 など の やくぶつ の はなし で ”kill my nerves” とゆー ひょーげん が いっしょ に つかわれる こと も わかる。 そして、 ここ で の nerves わ pain(いたみ) や feel(かんじる) こと に かかわる もの である こと が わかる。 にほんご の 「しんけい」 とゆー ことば と の ちかさ も ある と わかる。 しかし、 にほんご で わ いたみ や かんかく に ついて やわらげたい とき に、 「しんけい」 とゆー ことば お あまり つかわない きがする。すくなくとも じぶん わ おもいつかなっかた。 かなしい。

4-2

さて、 つぎ の ぶぶん に うつる。

What swerves?
どーゆー まがり?

この ことば の せい で、 ほんやく とゆー まね が とても たいへん に なった。
1. まず この ことば の なりたち、つまり ぶんぽうこうぞう(文法構造) に ついて かく。 ふたつ の かのーせい(可能性) が ある。
ひとつ め の かのーせい わ、What(なに) が ぎもんだいめいし(疑問代名詞) の しゅご であり、swerves わ どうし(動詞) swerve(まがる) の げんざいけい である とゆー かんがえかた である。 いみ わ 「なに が まがった の か?」 である。 つまり、 くるま が まがっている(the car swerves) の か、 みち が まがっている(the road swerves) の か、 とゆー こと お きいている の である。
もー ひとつ め の かのーせい わ、 What(どーゆー) が ぎもんけいよーし(疑問形容詞) であり、 swerves わ めいし(名詞) swerve(まがる こと)の ふくすうけい である とゆー かんがえかた である。いみ わ 「どーゆー まがる こと ?」 である。 つまり、きゅう に なんかい か まがる こと (sharp swerves) なのか、 いきなり なんかい か まがる こと(sudden swerves) なのか、 とゆー こと お きいている の である。

swerve の いみ

ここ で、ひとまず、 どうし の swerve と めいし の swerve の いみ お かくにん する。
まず にほんご の じしょ から いんよー する。英語「swerve」の意味・使い方・読み方 | Weblio英和辞書https://ejje.weblio.jp/content/swerve) の 「研究社 新英和中辞典での「swerve」の意味」 から いんよー する。

動詞 自動詞
1(まっすぐな進路から急に)それる,はずれる,急に向きを変える.
He [His car] swerved to miss the dog. その犬を避けようと彼はとっさに車の進路を変えた.
2[通例否定文で] 〔…から〕はずれたことをする 〔from〕.
Nothing will make him swerve from his determination. どんなことをしても彼の決意をくつがえすことはできないだろう.

名詞 可算名詞
それ,はずれ; 曲がり,ゆがみ.
The car made a swerve to one side. その車は急に片方にそれた.

たどうし(他動詞) の せつめい わ、 たどうし の かのーせい が かんがえにくい ので、 いんよー しなかった。
また、ジーニアス英和大辞典、大修館書店、2001-2010 の swerve の どーし(動詞) の せつめい に、 「〈車・人が〉(急に)(…から/…へ)それる(deviate)(from/to); (人が)車のハンドルを(急に)きる」 と ある。 そして おなじく、 めいし(名詞) の せつめい に、 「それる[曲がる、カーブする]こと」「曲球」 と かいてある。また、 ランダムハウス英和大辞典第2版、小学館、1994ねん の めいし の swerve の せつめい に わ、「正道を踏み外すこと、脱線」 という ことば が ある。
ちゅーもく する べき こと わ、 「くるま」 の はなし に つかわれる こと が おおい よー だ という こと である。 だから うた の つぎ の ぶぶん の I can't drive so steady ( そんな に しっかり うんてん(運転) できない) の drive わ、 うんてんする とゆー いみ だ と おもう。 この はなし わ、 また あと(4-3) で かく。
つぎ に、えいご の じしょ お かくにん する。 にほんご に じぶん(くしゅん) が やくした。
Oxford Learner's Dictionaries(https://www.oxfordlearnersdictionaries.com/definition/english/swerve_2) から どーし の swerve の せつめい お いんよー する。

(especially of a vehicle) to change direction suddenly, especially in order to avoid hitting somebody/something
She swerved sharply to avoid a cyclist.
The bus suddenly swerved into his path.
The ball swerved into the net.
(とく に のりもの に ついて) とつぜん、ほーこー お かえる こと。 とく に ひと/もの に あたる の お さける ため に。
じてんしゃ お さける ため に きゅー に それた。
ばす わ とつぜん まがって その ひと の すすむ ほー に はいってきた。
ぼーる わ まがって あみ/ねっと に はいっていった。

つぎ に、 Oxford Learner's Dictionaries(https://www.oxfordlearnersdictionaries.com/definition/english/swerve_1) から めいし の swerve の せつめい お いんよー する。

a sudden change of direction by a vehicle, especially in order to avoid hitting somebody/something
The bus made a sudden swerve to the left.
のりもの が とつぜん ほーこー お かえる こと、 とく に ひと/もの に あたる こと お さける ため に。
ばす わ とつぜん ひだり に それた。

つづいて、Merriam-Websterhttps://www.merriam-webster.com/dictionary/swerve) の どーし の swerve の せつめい お いんよー する。

to turn aside abruptly from a straight line or course
DEVIATE

まっすぐ の せん や こーす から とつぜん わき に まがる こと:DEVIATE(それる)

SWERVE may suggest a physical, mental, or moral turning away from a given course, often with abruptness.
SWERVE(それる) わ、おおく の ばあい わ きゅー に、 ある みちすじ から はなれて もの として まがる こと、 こころ がわり お する こと、どーとく てき に よくない ほー に いく こと お それとなく つたえる こと も ある。

さらに、 ぼらんてぃあ が つくっていて、 だれ が かいた か わからない じしょ である wiktionaryhttps://en.wiktionary.org/wiki/swerve) から めいし の swerve に ついて の せつめい の ひとつ お いんよー する。

A deviation from duty or custom.
1874, William Edwin Boardman, Faith-work, Or the Labours of Dr. Cullis, in Boston (page 56)
[…] indubitable evidence of a swerve from the principle of the work.
ぎむ や しゅーかん(習慣) から の いつだつ(逸脱)(ぎむ や ならわし お まもらない こと)
1874ねん、うぃりあむ えどうぃん ぼーどまん、 「しんじること――しごと、 また わ かりす はかせ の たいへんな しごと」、 ぼすとん、 (56ぺーじ)、[…]しごと の るーる から の いつだつ(逸脱) の あきらかな しょーこ(証拠)

つづけて、Lexicohttps://www.lexico.com/en/definition/swerve) とゆー じしょ で わ、 めいし の swerve の せつめい で

1.1mass noun Divergence from a straight course imparted to a ball or other object, especially in soccer, cricket, or snooker.
1.1、 質量名詞(しつりょーめいし)。ぼーる や ほか の もの に そなわっていた まっすぐ の すじみち から それる こと、 とく に さっかー、 くりけっと、 びりやーど の すぬーかー に ついて つかう。

と かいている。しつりょーめいし と わ、 かぞえられない もの の なまえ である。 この うた で わ、 swerves と ふくすーけい に なっている ので、 かんけい ない と わかる。
vocabulary.comhttps://www.vocabulary.com/dictionary/swerve
https://www.vocabulary.com/dictionary/swerve でわ、

The noun swerve means a sudden turn off your path. As a verb, it means to move off your original route, possibly to avoid a collision. You can swerve either toward something or away from it.
めいし の swerve わ じぶん の とーりみち から とつぜん わきみち に はいる こと お いみする。 どーし として わ、 じぶん の もともと の いきかた から はずれて うごくこと、 おそらく ぶつかる こと お さける ため に、 という こと お いみする。 なにか に むかって も、 なにか から はなれても swerve(それる) こと が ありうる。

と かいてある。
まとめる と、 にほんご の じしょ と おなじ よー に、 くるま など の のりもの が まがる こと お いみする こと が ちゅーしん だが、 ほか の いみ で それたり する こと も いみする。 とく に、 なにか と あたる こと お さける という こと が ふくまれる こと が おおい。 Merriam-Webster の 「まっすぐ の せん や こーす から とつぜん わき に まがる」 より も、 vocabulary .com の 「じぶん の とーりみち から とつぜん わきみち に はいる」 の ほー が ひろく いみ できる せつめい だ と おもう。 つまり、Merriam-Webster の せつめい わ、 じぶん の とーりみち が まっすぐ である ばあい の こと お いう と かんがえられる。 つまり、swerve とゆー ことば わ、 じょーきょー お ただ あらわす ことば で わ なく、ほんとー わ とーる はず だった いきかた と ほんとー に とった いきかた お くらべている ことば だ と かんがえられる。 それ に たいして、 curve わ まっすぐ で わ ない という じょーきょー お あらわす とゆー いみ で ちがう と おもう。curve に ついて の しょーこ(証拠) わ あつめていない ので、 まちがっている かもしれいない。

swerve の れいぶん

swerve が どーし で つかわれた とき、 しゅご に nerves お つかえる の だろー か? つまり、 what swerves? わ What part of the nerves swerves?(しんけい の どの いちぶ が swerves している の か?) お ぜんてい に した ことば なのだろー か? れいぶん お 2こ みつけた。 まず、 http://www.daniellaberge.net/grooming/foldtheory1.htm

The blood vessels have to swerve around the folds to continue their course.
けっかん(血管) わ、 とーる ため に わ、 ひだ お まわりこむ しか ない の です。

この ばあい、 swerve わ びょーき など で けっかん に ひだ が できた とき に その ひだ お さけない と いけない こと お いう。
また、 http://maniacmuslim.ipbhost.com/topic/28881-nervous-system-poem/ で わ

The peripheral nervous system is made of cranial and spinal nerves
All over our body they swerve
まっしょう しんけい けい(末梢神経系) わ あたま の しんけい と せきずい の しんけい で できている
わたしたち の からだ ぜんぶ お それら が まがりくねっている。

とゆー ぽえむ がある。 ここ で わ、 swerve わ かたち だけ お いっていて、 なにか へんけい が おこった とゆー はなし お していない と おもわれる。しかし、 ぽえむ で ある こと から、 だじゃれ お きにして、 いみ お きにしていない かもしれない。

とゆー こと で、 What part of the nerves swerves? が (しんけい の どの いちぶ が まがりくねっている の か?)、 つまり、 しんけい お しずめた と いう が、 どこ が へんけい(変形) して かわって しまった の か? とゆー いみ で も ありうる と おもう。 もー よく わかんない。

swerves の おと

2. つぎ に、 おと に ついて かく。
この うた(Hateful(むかつく)) で わ、 たんご の おおく が にちじょーせいかつ で つかわれる ことば である。 しかし、 swerves とゆー たんご わ、この うた(Hateful(むかつく)) の なか でも ほか の たんご より、 あまり つかわれない たんご である。 なぜ swerves(すわーぶす) とゆー ことば が つかわれている の だろう か?その りゆう わ、まえ の ぶぶん の nerves(なーぶす)とゆー おと と swerves(すわーぶす) とゆー おと が にている から である。 つまり、 ”erves”(あーばす) の ところ で おと が おなじ である。 じっさい、 nerve と swerve お つかっている うた わ おおく みつかった。
さらに、いん(韻) と わ、 うた や ぽえむ など で おなじ おと お くらべて ならべる こと である が、えいご の いん(韻、rhyme) の じしょhttp://rhymes.merriam.com/r/nerve) で も 、 swerve と nerve で おなじ おと が さいご に ある と かいてある。ちなみ に、 ”curve” という ことば も か nerve と いん(韻) お ふむ(つまり、 おなじ おと が ある) と かいてある。だから、 なぜ what curves? で わ だめ だった の か? とゆー もんだい が でてくる。 swerves とゆー たんご が つかわれた の わ、 とつぜん かわる こと や くるま の ことば に うつる ため である と かんがえられる。 つまり、 curve で わ、 つぎ に drive という ことば が でてくる と わ かぎらない の である。 swerve なら drive という はなし が でてくる こと に ひつぜんせい(必然性) が ある。

ちなみに、 Swerve と nerve の おと が にている こと お つかった ぽえむ という もの わ いろいろ ある。 たとえば、えみりー・でぃきんそん(Emily Dickinson) さん という ひと の ぽえむ に(https://genius.com/Emily-dickinson-if-your-nerve-deny-you-292-annotated)、

If your Nerve, deny you—
Go above your Nerve—
He can lean against the Grave,
If he fear to swerve—
もし あなた の しんけい、 が ひてい する の ならば あなた お――
こえて いきなさい あなた の しんけい お――
その ひと が よりかかる こと が できる はかいし
もし その ひと が おそれる ならば それる こと お――

とゆー もの が ある。
ここ で わ、Nerve、 Grave、swerve が おと として ならべられている。えみりー・でぃきんそん さん の ぽえむ わ、 はいふん と よばれる ぼー(――) と おおもじ が たくさん つかわれる らしい ので、 きにしない で やくした*35

こーらす の かんけい 4

3. そして、 うた の 1ばん と 2ばん と の かんけい に ついて かく。
この 4ばん の ぶぶん お まえ の ぶぶん から あわせる と、”my nerves (My nerves) What swerves?” と なる。 1ばん の おなじ ぶぶん わ、 ”who's a man (who’s a man?) What man?”(そーゆー ひと(そーゆー ひと?)どーゆー ひと?) と なる。 2ばん の おなじ ぶぶん わ、 ”some friends (Some friends?) What friends?”(ともだち ちょっと(ともだち ちょっと?)どーゆー ともだち?) と なる。 この よー に くらべる と、”What swerves?” の やく わ、 「どーゆー」 という ことば お つかって まね したくなる と おもう。 また、 4ばん の "What swerves" が 「どーゆー まがる こと ?」 という いみ の ほー の ことば の かたち である こと の ひとつ の しょーこ(証拠) に なる と おもう。
しかし、 4ばん の この ぶぶん に わ 1ばん と 2ばん と わ ちがう ところ が ある。 つまり、 1ばん で わ man が さんかい くりかえされて、 2ばん で わ friends が さんかい くりかえされている のに、 4ばん で わ、 nerves が にかい くりかえされる だけ で ある という ちがい が ある。 4ばん で わ、 1ばん と 2ばん と おなじ よー に くりかえされていたら さんばんめ の nerves に なっていた ところ で、 swerves という ちがう ことば が つかわれている。 What swerves? の かわり に What nerves? (どーゆー しんけい?) という せりふ で も よかった かもしれない。 もし、 What nerves? (どーゆー しんけい?) という せりふ が あれば、 1ばん、2ばん、4ばん と すべて おなじ かたち の くりかえし に なっていた だろう。 しかし、 じっさい わ ”What swerves?” である。 この 1ばん、2ばん に たいする 4ばん の ちがい お せつめいする こと が ひつよー だ と おもう。これ に ついて わ、 4ばん の うた の さいご(ほんやく その2) に かく。
じぶん わ、1ばん と 2ばん の こーらす が I と わ べつ の ひと である のに たいして、 4ばん で わ こーらす の ことば わ I の ことば に なっていて、 ひとりごと に なっている と かんがえる。だから、 ここ で わ じぶん に たいして、I の ひとりごと で、 ことば あそび お していた と かんがえる。にほんご で にている こと お する ならば、 「この まえ みた ん だけど、 とら。 とら だよ。 どーゆー とらっぷ か? なんて ね」*36 みたいな ふんいき の こと お している。 この とき わ、 いみ に ついて かんがえている の で わ なく、 おと、 ことば の かたち に ついて ちゅーい している。 にた おと の ことば お いう こと で たのしんでいる の だ、 と かんがえた。

そのた

4. また、 「どーゆー」 という やく お えらんで いい と かんがえる しょーこ(証拠) が ある。ふらんすご で の ほんやく(https://www.lacoccinelle.net/262852.html) お みる と、

My nerves ? what swerves ?
Mes nerfs ? quels écarts ?

と かいてある。 ”quels” わ ふらんすご で、 「どーゆー」 という いみ らしい(フランス語 文法 疑問形容詞quel:カードhttp://www.coelang.tufs.ac.jp/mt/fr/gmod/contents/card/016.html、「疑問形容詞quel」「意味は「どんな~、どの~、何、誰」で」)。ただし、 この ほんやく お しんじて いい の か わ わからない ので、 「「どーゆー」 という やく お えらぶ こと が まったく ふかのう」 で わ ない と わかった だけ に すぎない。 なぜなら、 たとえば どいつご で の ほんやく(https://www.golyr.de/the-clash/songtext-hateful-527020.html) で わ、 「Was hab ich rausgebrochen?」 と かいてあり、 Was わ どいつご で、 「なに お」 また わ「なに が」 という いみ である から である。 つまり、 どいつご で の 「どーゆー」 お いみ する 「welcher」「 welche」「welches」 「welche」(https://ja.wikibooks.org/wiki/%E3%83%89%E3%82%A4%E3%83%84%E8%AA%9E_%E5%88%9D%E7%B4%9A%E7%AC%AC9%E8%AA%B2#%E7%96%91%E5%95%8F%E5%BD%A2%E5%AE%B9%E8%A9%9E の 疑問形容詞(ぎもんけいようし))という たんご わ つかわれていない。 ただし、 どいつご も ふらんすご の はなし わ ひと に きいた はなし なので、 ただしい か どーか じぶん に わ わからない。

にほんご の まね お かんがえる

ともかく、 swerves と nerves で おなじ おと お もつ よー な にほんご お さがした。
あいであ1 「しずめた ぜんぶ の ナーバス、ナーバス?、どーゆー カーブさ?」
あいであ2 「しずめた ぜんぶ の どーてん、 どーてん?、 どーゆー かいてん?」
あいであ3 「しずめた ぜんぶ の ふあん、 ふあん? どーゆー すぴん?」
あおであ4 「しずめた ぜんぶ の かんかく、 かんかく? どーゆー せんかい?」
あいであ5 「しずめた ぜんぶ の しんけいしつ、 しんけいしつ?、 どーゆー きゅーかーぶ?」
swerves に ついて の ほか の あいであ「それかた」、 「はずれかた」、「ねじりかた」、「ずれかた」 など

しかし、 あきらめて あいであ2 お えらんだ。 どーてん(動転) と わ びっくり する こと だから、 いみ わ ちがう きがする けど、 むり です。だいたい、 かいてん(回転) と それる こと わ ちがう けど むり です。じぶん の ちから で わ、 おと お あわせて いみ も あわせる の わ できなかった。 こーふん した じょーたい お しずめる とゆー ところ わ おなじ であり、 しんけい お はたらかなくさせたら びっくり も しなくなる だろう とゆー こと で あきらめた。 にじそーさく(二次創作) として みて ください。 むり。 ちなみに、 drive お 「うんてん」(運転) と やくす こと で、 おと が にている ことば お つなげる こと が できた。

I killed all my nerves (My nerves)
What swerves?
しずめた ぜんぶ の どーてん (どーてん)
どーゆー かいてん?

と した。
「しずめる」 わ ひと に つかう と、 その ひと お みず に うめて ころす という いみ で も つかえる ので、 kill という たんご お まね する のに いい と おもった。 どーてん(動転) も しずめる こと で おちつく こと が できる ので いみ も あっている と おもう。 しんけい お しずめる という つかいかた も ある みたい だ。 ただし、 かんじ(漢字) で かく と、 「沈める」(しずめる) と 「鎮める」(しずめる) で ちがう の かもしれない。
「しずめた」 と かこ お あらわす かたち に して、 killed の かこけい お あらわした。
all my nerves の all わ おそらく きょーちょー の いみ で、 ぜんぶ という いみ わ あまり ない だろー が、 にほんご でも きょーちょー の いみ で 「ぜんぶ」 と いう こと が ある と おもう ので、 「ぜんぶ」 と つかった。 しかし、 じぶん が つかう ばあい わ、 「しずめた。 どーてん、 ぜんぶ」 とか 「しずめた、 どーてん まるごと ぜんぶ」 とか、 「どーてん」 とゆー ことば の あと に おきたい。 その ほー が しぜん な きがする。しかし、 こーらす が My nerves と くりかえす ため、 「ぜんぶ の どーてん」 と やくした。 ここ わ るーる2 (2. じぶん が いつも つかう よー な ことば で かく。 ) お やぶって、 るーる4(4. にほんご で うたえる よー に おと に ついて きにする。) お まもった かたち に なった。 ざんねん だ。
what わ いわゆる かんたんぶん(感嘆文)、 びっくり した とき に でる ことば として も つかえる から、 「どーゆー かいてん?」 でも、 かんたんぶん として も いみ お とれる よー に なっている。 げんじつ に かいてん している の お みて、 おどろいて、 どーゆー かいてん? と いい そー だ。

4-3

つぎ に いく。

And I can't drive so steady an' already
うんてん できない し、 そんな に しっかり、 もう とっくに

"an' already" と かいている さいと も ある(https://www.lyriczz.com/lyrics/clash/147133-hateful/https://www.azlyrics.com/lyrics/clash/hateful.html) し、”and oh really”と かいている さいと も ある(https://www.tekstowo.pl/piosenka,the_clash,hateful.html)。 and oh really なら、 「とっても」 と やく す と、 「しっかり」 と にている おと に なる。an' already わ 「もう とっくに」 と やくす こと で 「しっかり」 と にている おと に した。
steady が nerves と むすびついてる ことば である こと わ むし した。

swerves の ところ で、

ちゅーもく する べき こと わ、 「くるま」 の はなし に つかわれる こと が おおい よー だ という こと である。 だから うた の つぎ の ぶぶん の I can't drive so steady ( そんな に しっかり うんてん(運転) できない) の drive わ、 うんてんする とゆー いみ だ と おもう。

と かいた。 なので、 「うんてん」 と やくした。 また、 ぜんちし お ともなわない drive の じどうし で くるま の うんてん いがい の いみ に なる の か わ わからなかった。 そのよー な しょーこ(証拠) お みつけられなかった。

4-4

さて つぎ の ぶぶん お やくす。

I've lost my memory (My mind)
なくしちゃって、 きおく(あたま)

I've lost という の わ、 2ばん の ”I've lost some friends” と あわせている ので、 おなじく 「なくしちゃって」 と やくした。

mind も きおく という いみ で つかう とき が ある が、 lose my mind だ と 「ちまよう(血迷う)」「あたま が どうにかなる」 など やくされる よう に、 mind わ きはん(規範) に あわせて かんがる こと お いみする。lose my mind と わ つまり、 きはん(規範) に あう よー に うごいたり かんがえたり しない こと お ひょーげんする もの だ と かんがえられる。じっさい、 lose your mind | ロングマン現代英英辞典でのlose your mindの意味 | LDOCE で わ、 ”to become crazy” (くるう) と かいてある から、 とく に せいしんしょうがいしゃ(精神障害者)、 せいしんしっかん(精神疾患) と とも に いきる ひと たち、 はったつしょーがいしゃ(発達障害者)、 そして はったつしょーがい の ぐれーぞーん と される ところ に いる ひと たち、 ちてきしょうがいしゃ(知的障害者)、 その ぐれーぞーん で いきる ひとたち も ふくめて、 そのよーな ひとたち お ばくぜん と さべつ する ため の ことば である。そして さべつ として で なく と も くるしみ お かんじる もの たち お おいだし、 おいつめる ため に つかわれる ことば である。 もちろん、 それら の ことば わ より ひろく さまざま な いみ で つかわれる から、 じょーきょー わ より むずかしい。 しかし、 だれか お「くるっている」 お いう こと で、 その ひと に たいする おいだし が おきる つかわれかた が ひろく ある こと も じじつ である。 しかも その とき に 「くるっている」 という ことば わ、 その だれか に ちょくせつ いわれなくとも、 さべつ に よる おいだし が おこる。 という より も、 その だれか に きこえない よー に、 「あいつ わ くるっている」 と なかま の なか で いう こと が さべつ の よく ある ありかた なのだ。 その とき、 ふたつ の こと が おこる。 まず、 「あいつ」 と いわれた ひと わ なかま から おいだされる ので、 こーげき(攻撃) しても かまわない もの と なる。 そして せっきょくてき に こーげき(攻撃) する こと が より なかま の しるし と なり、 なかま から おいだされる しんぱい が なくなる ので、 こーげき(攻撃) する。 さらに、 「あいつ わ くるっている」 と はなしかける なかま と される ひと に たいして、 「おまえ わ くるっていない よ な?」 と かくにんしてくる。 そこ で、 「そーいう こと いう な」 と いえば、 そー いった ひと が こーげき される ため、 おおく の ばあい わ、 「ほんと に そー だね」 など と どーい する。 そして、 なかま と みなされた もの も 「くるってない」 こと と なって 「くるっている 」 ひと の そんざい わ けされていく。 そーいう とき に つかわれる ことば である。
でわ、 「じぶん わ くるっている」 とゆー よー な つかいかた わ どーなる だろー か? これ が 「ねた」 として かんがえられれば、 つまり 「ほんとー わ くるってない のに くるっている ふり お している」 と みなされれば、 さべつ お つよめる こと に なる。 「くるっている」 もの わ えんじる いがい で わ そんざい しない もの と される から だ。 また わ、 わらわれる ため の もの と される から だ。 また わ、 すごく なければ いて わ いけない もの と かんがえられる。 そして、 おいだされ、 とじこめられる。 また わ、 「くるってない」 よー に えんじさせられる。 なんとか かくさせられる。
ふざけるな。 くたばれ、 さべつ。もちろん、 くたばる の わ さべつ お つよめる ひと で わ なくて、 さべつ そのもの である。

やく わ、 「あたま」 に した。 あたま お なくす という ひょーげん わ、 にほんご で わ lose one's mind の いみ に わ ならない。 あたま が からだ と きりはなされて も しぬ こと が ない と される もの たち が、 あたま お なくす こと が できる。 たとえば、 あんぱんまん とゆー きゃらくたー や、 あんでっと の がいこつ など が その よー に えがかれる。 ここ で わ あたま が はなれて いきている の か しんでいる の か わからなく なる という いみ に して うばった。 もちろん にほんご やく として、 ただしくない。 だが、 じぶん の にじぞうさく(二次創作) で ある の だから、 さべつ に よく つかわれる ことば お つかいたくない。

4-5

つぎ に、 さいご の やく お する。

Behind! I can't see so clearly
おしり[うしろ/せなか]! みわけられなく て はっきり。

Behind わ うしろ という いみ だが、 めいし で せなか や おしり の こと も いみする(ただし、「(上衣などの)背中」と「(話)(婉曲的)尻」お のせている の わ(ランダムハウス英和大辞典 第2版、小学館、1994ねん)だけ で、 ほか の じしょ わ、 「(略式)[婉曲]尻(しり)(buttocks)」((ジーニアス英和大辞典、大修館書店、2001-2010ねん) と おしり の こと だけ かいている)。たとえば、Ellen Cole さん, Esther D Rothblum さん, Nancy C Davis さん たち の Faces of Women and Aging (じょせい の かお と とし お とる こと)https://books.google.co.jp/books?id=Dem4AwAAQBAJ&pg=PA6&lpg=PA6&dq=%22lost+my+behind%22&source=bl&ots=4dQlBV8eNM&sig=ACfU3U2NgD09QnZzzceR8KQXVnc8OgvRIA&hl=ja&sa=X&ved=2ahUKEwi-7eTGiIXmAhVbQd4KHYBiAX8Q6AEwAHoECAoQAQ#v=onepage&q=%22lost%20my%20behind%22&f=true)の 6ぺーじ め から いんよー する。こーねんき に はいった じょせい が たいじゅー が ふえて おなか まわり が ふとる こと に しょっく お うける こと が おおい という はなし の ながれ で、

As one woman exclaimed: "I looked in the mirror and I couldn't see my behind! I figured maybe it just moved and settled about my middle... and that I needed to mark this day down somewhere... the day I lost my behind. Then I began to laugh. I mean... you definitely need humor about all of this."
ある じょせい が さけぶ よー に いう 、 「かがみ の なか お みたら、 じぶん の おしり が みえなくて! たぶん おしり わ うごいちゃった だけ で おなか の あたり に いついちゃった と わかって…それで どこか に この ひ の こと お かきとめない と と おもって… おしり お うしなった ひ お。 そしたら わらいはじめちゃって。 つまりその…これ ぜんぶ に ついて あなた に わ おもしろさ が わかる こころ が ぜったい に ひつよー です よ。」

と かいている。
さて この よー な たいけん わ、 みため に よる さべつ と ねんれい お かさねる こと に ついて の さべつ が、 じょせい に たいして さべつてき に より おしつけられている という こと が はいけい に ある。 なぜ からだ が かわっていく こと に しょっく お うける の か? なぜなら、 わかい やせている じょせい が すばらしい と おおく の ひと に みなされている から だ。 こーこく お みても、 ものがたり お みても、 どこ お みても そんな かんじ だ。 だから こーねんき に はいり たいじゅー が ふえる こと わ しょっく に なる。 わかさ と やせている こと と、 うつくしさ と じょせいらしさ とゆー もの が むすびついて いい もの と される こと で、 そこ から はずれた ひと わ しょっく お うけさせられる。 さら に、 わるい こと に、 その こと に しょっく お うける こと じたい も ひてい される。 だから、 おもしろ おかしく じぶん の しょっく お ひょーげん する しか、 ゆるされなかった の だ。うつくしい、 みにくい など の みため に よる さべつ(るっきずむ と も ゆー)、としとった、 わかい など の ねんれい の よる さべつ(あいじずむ と も ゆー)、 そして みため に よる さべつ と ねんれい に よる さべつ が より じょせい、 また わ だんせい で わ ない と される ほー に おしつけられる とゆー せいさべつ(せくしずむ と も ゆー) に はんたいする。

さて、behind の はなし に もどる。 かがみ お みても、 "I couldn't see my behind"(おしり が みえない) ので、 "I've lost my behind"(おしり が なくなった) ひ の こと お かきとめない と いけない と おもった と かいてあります。 そして、 my behind わ、"it just moved and settled about my middle"(うごいちゃった だけ で おなか の あたり に いついちゃった) と いっています。 なので、 この behind わ せなか で わ なく おしり だ と かんがえられます。 かがみ お みて せなか が みえない こと に おどろく に わ ふりかえって せなか が みえない とき でしょー し、 まえ から みて せなか が みえる こと わ しゃかいてき に よい こと と みなされていません。 しかし、 まえ から みて みえる ぐらい おおきい おしり、 つまり おしり が おおきく こしまわり が ほそい という こと が よい こと と おもわれています。とく に せいよー ぶんか で わ しゃかいてき に よい こと と みなされています。 せいさべつ てき な みため に よる さべつ です。 だから、おなか の あたり に いついちゃった と おもって かきとめる ほど しょっく お うける の です。

さらに、 この ぶんしょー の いちだんらく まえ に わ、”the normal transformation of women's bodies at menopause brings about weight gain as well as shifts in body weight which result in thickening about the waist and increase of abdominal fat(Voda, Christy & Morgan, 1991) ”(こうねんき(更年期) の じょせい の からだ の ふつー の へんか(変化) に よって、 たいじゅー が ふえ も する。 からだ の おもさ が かわる こと に よって こし の まわり が ふとく なり、 おなか の しぼー(脂肪) が ふえる だけ で なく。) と かいてある。 だから、 おしり が おおきかった じょーたい から おなか が おおきく なった じょーたい え の うつりかわり に ついて いっている の だ と おもわれる。

もー ひとつ ぐたいれい お だす。 A Little Frog's Heart: The First Steps Towards Maturity (ちいさな かえる の こころ――おとな え の さいしょ の いっぽ)の ねこ の え が かいてある ぺーじ の 2ぺーじ まえ の ぺーじ から いんよー する。 (https://books.google.co.jp/books?id=lH6TDwAAQBAJ&pg=PT160&lpg=PT160&dq=%22lost+my+behind%22&source=bl&ots=517ZBvZ_qY&sig=ACfU3U2MJTOMCmdJCGugI4z8FVJpZ9GIEw&hl=ja&sa=X&ved=2ahUKEwi-7eTGiIXmAhVbQd4KHYBiAX8Q6AEwAXoECAsQAQ#v=onepage&q=%22lost%20my%20behind%22&f=false)。むし の のみ が どーぶつ の ねこ に たたかれた とき の はなし お かたっている ぶぶん である。 I が むし の のみ である。

I placed my hands quickly over my little bum to check if I hadn't lost it. And so, without realising, I let go of the hair I was holding. I wanted to feel myself, to see if I hadn't lost my behind, because I couldn't feel a thing. I was numb with pain. When I discovered everything was in its place, I started involuntarily to caress the painful place. My nerves had deserted me and I burst out crying,
りょーて お すぐ に ちいさな けつ に おいて、 なくなっちゃってない か どーか たしかめて。 そしたら、 きがつかない うち に、 つかんでいた け から はなれされていて。 いつも どーり に かんじたい と おもって、おしり が なくなっちゃて ない か みてみよー と して。なんにも かんじなられなかった から。 いたみ で にぶっちゃってて。 ぜんぶ が もと の まま だって きがついた の わ、おもわず いたい ところ お なで はじめていた とき で。 げんき が なくなっちゃって、なきだして。

realizing で わ なく realising と かいている から、 いぎりす えいご かもしれない。 my little bum(ちいさな けつ) お my behind(おしり) と いいかえている ので、 かくじつ に おしり という いみ だ と わかる("my little bum to check if I hadn't lost it"(ちいさな けつ に おいて、 なくなっちゃってない か どーか たしかめて) と ”to see if I hadn't lost my behind”(おしり が なくなっちゃて ない か みてみよー と して) が くらべられている)。

だから、 この うた(Hateful(むかつく)) の Behind! わ、 I've lost my memory, (Have I lost) my mind?, I've lost my) Behind! (きおく なくした、 あたま なくした? おしり なくした) の りゃく かもしれない。

mind(まいんど) と Behind(びはいんど) わ ind(いんど) が おなじ おと なので、 にほんご で まね お する とき わ、 にている ことば に したい。 しかし、おもいつかなかった。ぼいん が ぜんぶ 「あ」 である という いみ で、 いちばん にている の わ 「せなか」 なので、 せなか お えらぼー と おもった。 しかし、 「せなか」 だ と、 「うしろ」 の よー に 「うしろ から なにか が くる、 あぶない」 とゆー いみ わ でてこない。 さらに もんだい なのわ、 behind お せなか の いみ で つかっている ぐたいれい お みつけられない。 また、 「うしろ が みえない」 という いみ も 「せなか」で わ あらわせない。 しかし、 「うしろ」 と やく してしまう と、 からだ の ぶぶん お いっている とゆー こと お いみ できない と おもう。 「うしろ の ほー」など と いえば、 おしり や せなか お いみ できる だろー けれど、 それ だ と ながい ので うたえなくなってしまう。 かなしい。そこ で、 「おしり」 と やくして、 mind(あたま) と の おと の かんけい わ むし(無視) した。 おしり わ した に ある けど、 あたま わ うえ に ある から くらべる こと も できる だろー。
ちなみに、 なぜ せなか や おしり と さけぶ こと が ありえる か と いえば、 せきずい とゆー しんけい お いためた ばあい、 せなか や おしり が いたく なり、 め が みえにくくなる とゆー こと が ある から である。ししんけいせきずいえん(視神経脊髄炎) と ゆー*37。つまり、 つぎ の ぶぶん の I can't see so clearly と つながる こと に なる の だ。

つぎ に、I can't see の とき の see わ みえる こと と わかる こと の ふたつ お いみ できる と おもう ので、 「みわける」 という ことば お つかう こと で どちら に も かいしゃく(解釈)できる よー に した。
so clearly( はっきり) わ so steady an' already(そんな に しっかり、 もう とっくに) と にている おと に した。「はっきりとあらわれない」「はっきりとわみえない」「はっきりとわわからない」「はっきりとわみえてこない」 など も かんがえられた が、 「みわける」 が いちばん あいまい で よい と おもった。

ほんやく その2 ――めいんぼーかる と こーらす

ほんやく その1 わ すべて おわった。

こーらす が はなし あいて の ことば お あらわしている の か どーか に ついて、 つぎ の よー に かいた。

この 1ばん、2ばん に たいする 4ばん の ちがい お せつめいする こと が ひつよー だ と おもう。これ に ついて わ、 4ばん の うた の さいご(ほんやく その2) に かく。
じぶん わ、1ばん と 2ばん の こーらす が I と わ べつ の ひと である のに たいして、 4ばん で わ こーらす の ことば わ I の ことば に なっていて、 ひとりごと に なっている と かんがえる。

つぎ の かのーせい が かんがえられる。
1. じつ わ、 nerves と うたっている。 この かのーせい の ばあい、 なぜ みんな が そろって What swerves? と うたっている と かいている か が せつめい つかない ので、 じぶん わ うけいれない。
2. I killed all my nerves(すべて の じぶん の しんけい が はたらかない よー に した) と I が いった の に たいして、 はなし あいて が、 I killed all my swerves(すべて の じぶん の きゅーかーぶ お やめた ) と ききまちがえた。 だから、 「(あなた わ swerves と いう けど、 その swerves と わ) どーゆー swerves なの?」 と きいた。
3. はなし あいて が what nerves? (どーゆー しんけい?)と いった けど、 Iが ききまちがえて、 what swerves?(どーゆー きゅーかーぶ?) と きかれた と おもった。
4. I と はなし あいて が くるま に のっていて、 とつぜん I が きゅーかーぶ お した ので、 はなしあいて が what swerves?(どーゆー きゅーかーぶ?) と きいた。
5. はなしあいて が いなく、 I の ひとりごと で、 ことば あそび お していた。にほんご で にている こと お する ならば、 「この まえ みた ん だけど、 とら。 とら だよ。 どーゆー とらっぷ か? なんて ね」*38 みたいな ふんいき の こと お している。

めいんぼーかる と こーらす の かんけい お かんがえる

5 の ひとりごと で ことばあそび お している という かのーせい が この うた(Hateful(むかつく)) の じぶん の にじそうさく(二次創作)あっている と おもっている。 2 から 4 わ、 4ばん で も はなしあいて が いる と かんがえる ばあい の かんがえかた である。 はなしあいて が いる ばあい、 こーらす の My nerves? と My mind? お I の えこー と かんがえる か、 はなしあいて が I と you の おきかえ お しない ひと だ と かんがえる か の どちらか だ と おもう。 えこー だ と かんがえる ばあい わ、 1ばん の こーらす の What you need? が めいんぼーかる の what I need の つぎ に でてくる こと の せつめい お しない と いけない*39。 じぶん わ その せつめい が できない ので、 こーらす わ すべて えこー である という かんがえかた わ あきらめた。

つぎ に、 はなしあいて が I と you の おきかえ お しない ひと だ と かんがえる という の わ とても よい かんがえかた だ と おもう。その かんがえかた の ばあい、 つぎ の よー な ながれ お かんがえられる。
1ばん で わ えいご の ぶんぽー が ちゃんと わかっている ひと が はなし あいて である。 なぜなら、 かんけいだいめいし として つかわれた who お、 ぎもんだいめいし の who の いみ に かえながら、 あいて の ことば お くりかえしていて(who's a man)、 おなじ よー に めいしく(名詞句) お つくる what お、 ぎもんだいめいし の what の いみ に かえながら、 I と you お いれかえて、 ほか の ことば お くりかえしている(What you need?)から である。 I(じぶん) と you(あなた) お いれかえられる の わ、 じつ わ かんたん な こと で わ ない。げんご お つかい はじめる ころ の こども わ、 じぶん の こと お いみ して you(あなた) とゆー ことば お つかう こと が ある*40。なぜなら、 こども じしん の こと お まわり の ひと わ いつも you(あなた) と いう の だから、 you(あなた) と わ こども じしん が いって も こども じしん の こと お いみする と かんがえる から だろう。また、 ことば お つかう こと が むずかしくなる しつごしょう(失語症) の なか の いちぶ の ひとびと わ、 にんしょーだいめいし お つかい にくくなる と いわれている*41
はなし お もどす。 2ばん で わ、 こーらす が うたう Some friends? と Again? わ I の ことば の くりかえし である。 ただし、 ぎもんぶん に している と も かんがえられる。 だから 1ばん に くらべて 2ばん の こーらす わ かんたん な ことば の つかいかた である と いえる かもしれない。 しかし、 なに が かんたん で なに が むずかしい か わ、 ひと に よって ちがう。たとえば、 しつごしょう(失語症) の いちぶ の ひとびと わ、 あいて が いった ことば お くりかえす こと わ とても むずかしい が、 じぶん から はなす こと わ できる とゆー こと が ある*42。だから、 あいて の いっている ことば お くりかえす こと が すべて の ひと に とって かんたん という わけ で わ ない。 つまり、 たしか に 1ばん の こーらす と 2ばん の こーらす わ ちがう の だけど、 ちがい わ どちら が かんたん か という はなし で わ ない。 ちがい わ、 はなしかた の ちがい である。 1ばん わ にんしょうだいめいし お いれかえ、 かんけいし お ぎもんし に する くりかえし お する のに たいして、 2ばん わ ことば お そのまま で ぎもん に かえる くりかえし と いえる。 この はなしかた の ちがい に どのよーな ものがたり お かんがえる か わ、4ばん の こーらす と あわせて あと(「むかつく」 という にじそーさく に おける こーらす )で かんがえる。
3ばん で わ こーらす わ ない ので、 4ばん の こーらす お かんがえる。 4ばん の こーらす わ My nerves? と My mind? である。 My nerves? わ 2ばん と おなじ よー に ぎもん に かえる くりかえし である。 つまり、 my nerves と めいんぼーかる が いった こと お くりかえして、 My nerves? と いっている。しかし、 2ばん と ちがって にんしょうだいめいし が つかわれている。 なので 2ばん と わ はなし が かわってくる。つまり、 1ばん と ちがい、だいめいし お いれかえて ない の である。もし こーらす が I と わ ちがう ひと の せりふ お うたっている と したら、 your nerves? と いう と おもう。 ナギ さんhttp://nagi1995.hatenablog.com/?page=1494555605)が この もんだい に ついて かいた ぶんしょー お いんよう する。

しかし3番では、ジョーが "I've lost my memory"(記憶をなくしちゃった)と言っているのに対し、ミックは"my mind?"(直訳するなら「私の心」)という言葉を返している。ここでどうして"my mind"という言葉が出てくるのか、本当に分からない。"your mind"ならまだ分かる。ジョーが記憶をなくしたのは、心の問題だから。それがどうして"my" mindになるのだろう。誰か説明できる人がいたら、教えてもらいたいと思う。

つまり、your mind(また わ your nerves) で なく、 my mind(また わ my nerves) である りゆー が もんだい に なる。さらに、 memory お mind に かえて くりかえす という こと お 4ばん の こーらす わ やっている。 mind(まいんど) の いみ わ、 あたま、 ちせい(知性)、 きおく など お いみする。 memory(めもりー)の いみ わ、 きおく、 おもいで お いみ する。 なので、 mind(まいんど) とゆー たんご と memory(めもりー) という たんご の いみ わ むすびついている。 しかし、 おと わ さいしょ の m いがい わ にていない。 つまり、 えいご お しらない ひと が いう に わ むずかしい いいかえ である とゆー こと である。

こーらす の とくちょー

さて、1ばん、2ばん、 4ばん の こーらす の とくちょー お まとめる。
1ばん(Who's a man?, What you need?):にんしょうだいめいし お いれかえ、 かんけいし お ぎもんし に して くりかえす。
2ばん(Some friends?, Again?):たんご お かえず、 ぎもん に かえて くりかえす。
4ばん(My nerves?, My mind?):にんしょうだいめいし お いれかえず、 いみ で むすびついてる べつ の たんご に いれかえて、 ぎもん に かえて くりかえす。
この うつりかわり お どのよーな ものがたり に かんがえる の が いい だろう か? すくなとも、 1ばん から 4ばん に かけて ことば が つかえなくなっている とゆー かんがえかた わ むり が ある と おもう。 My mind が せつめい できない。 もし はなしあいて が 4ばん に おいて も いる と かんがえる の ならば、 1ばん から 4ばん に かけて の はなしあいて わ、 にちじょーかいわ お する あいて で わ ない と かんがえる こと が できる かもしれない。 たとえば、 ともだち や かぞく や こいびと や しごとなかま や しょくじ の なかま で わ ない とゆー こと だ。 じぶん が おもいつく の わ、 せいしんぶんせき(精神分析) という ほーほー だ。

こころ の びょーき お なおす ほーほー の ひとつ に、 せいしんぶんせき(精神分析) とゆー もの が ある。 せいしんぶんせき(精神分析) で わ、 しんけいしょー の ひと と はなす こと で びょーき お なおそー とゆー もの である。 しかし、 にちじょー かいわ(日常会話) と おなじ よー に はなして も、 びょーき が なおる わけ で わ ない。 とくべつ な はなしかた が ある の だ。 せいしんぶんせき(精神分析) お している ふぃんく(Fink) という ひと わ、 その はなしかた の うち の ひとつ として、 あいて の ことば お そのまま くりかえす とゆー ほーほー が ある と かいている*43。この はなしかた お していたら ともだち お なくす から ともだち に たいして わ やめなさい など と かいている ぐらい だ。 さらに、 ふぃんく わ いっている いみ で わ なく、 いっている おと が だいじ である と も かいている。 くるしく なくなる ため の きっかけ わ、 おと の つながり から でてくる らしい の だ*44
I が はなしあいて と せいしんぶんせき お やっている と かんがえれば、はなしあいて が ぶんぽー や いみ より も、 おと が だいじ な こと が ある と おもって この うた (Hateful(むかつく)) の こーらす の せりふ お いう かもしれない。 2ばん の よー に ただ I が いった こと お くりかえす だけ の とき も ある かもしれない。 4ばん で My nerves や My mind と いった の わ、 I に とって My (まい) という おと が なにか だいじ である と はなし あいて が かんがえた から かもしれない。 たとえば、まいあみ とゆー ばじょ で ふらんす じん の ともだち と けんか した など。 ふらんすご で ともだち わ 「あみ」 と いう から、 まい(My) あみ(ami/amie) と いう おと が だいじ である と はなしあいて が おもっていた かも しれない。 もしかしたら にほんご お つかう ひと で、 ゆめ に かたつむり が よく でてきて、 かたつむり の べつ の よびかた である「まいまい」 とゆー ことば が I に とって だいじ だった の かも しれない。 だから、 My mind(まい まいんど) と いった の かもしれない。すると、 3ばん わ なにか が あって せいしんぶんせき お うけ に I が これなかった とき の こと お あらわしている の かもしれない。

「むかつく」 という にじそーさく に おける こーらす

しかし、 この かんがえかた わ、 ちょっと じぶん の にじそうさく(二次創作) に つかう に わ すっきりしない。この かんがえかた より も、 じぶん に とって よい と おもえる かんがえかた が ある から だ。 つまり、

5. はなしあいて が いなく、 I の ひとりごと で、 ことば あそび お していた。にほんご で にている こと お する ならば、 「この まえ みた ん だけど、 とら。 とら だよ。 どーゆー とらっぷ か? なんて ね」*45 みたいな ふんいき の こと お している。

とゆー かんがえかた の ほー が しっくり くる。 このよー かんがえる と、 1ばん の こーらす に ついて かいた つぎ の ぶんしょう に も こたえ が だせる。

こーらす の かんけい 2

ここ で、 また かいしゃく(解釈) の もんだい が おこる。 だれ が なんにん いて はなしている の だろう か? つまり、 こーらす で「そーゆーひと?」 と いっている ひと と、 めいんぼーかる が 「どーゆーひと?」 と いっている ひと わ ちがう ひと だろー か? こーらす が いう who's a man (ある ひと わ だれ) わ なまえ や たちば お きいている の で あって、 めいんぼーかる が いう What man は どんな ひと か きいている の である。 この あと、 めいんぼーかる わ the only(さいこー(な ひと)) こたえて いる から、 こーらす が いう who's a man に わ こたえていない わけ だ。 ここ で かんがえられる の わ 3こ ある。
1、おなじ ひと が ふたつ しつもんしている。 つまり かいわ の あいて わ ひとり。 しかし よく ある よう に いっき に たくさん しつもん しても、 あいて が その しつもん すべて に こたえてくれる わけ で わ ない という こと が おきている。 ただし こーらす と めいんぼーかる で おなじ ひと の せりふ お わける の だろう か?
2、ちがう ひと が それぞれ しつもん している。 つまり かいわ の あいて わ ふたり いじょー。 こーらす の せりふ わ はなしている ぐるーぷ の だれか が いった ことば だが、 しつもん として りかい されなかったり、 I が はなしたい こと と ちがったり、 しつもん した ひと の けんりょく(権力) が ない から こたえなくても いい と おもわれたり した か など が おきた こと お あらわしている。
3、 そもそも こーらす わ しつもん で わ なくて、 めいんぼーかる の おいかけ として うたっていて、 えこー の ような こうか(効果) お だそう と している。 つまり、 じつ わ こーらす わ ぎもんぶん で わ ない。
など など いろいろ な こと が かんがえられる。 ともかく ここ で の にほんご の やく に わ かんけい ない と おもう。

さらに、2ばん の ほんやく で かいた つぎ の ぶんしょー の、「くわしく わ、 あと に かく」 と かいた こと お かく とき が きた。

ぎもん である と かんがえる とき わ、 この I と はなしている だれか の ぎもん と かんがえる こと に なる。 2ばん で はなしている あいて が 1ばん で はなしている あいて なのか、 べつ の ひと なのか わ わからない。 そして、 Some friends? (ともだち、 ちょっと?) という せりふ と あと の What friends ?(どーゆー ともだち?) という せりふ が おなじ ひと の せりふ である か わ わからない。どのみち、 「どもだち、 ちょっと って どーゆー いみ?」 という ぐらい の いみ だ と おもう。 おなじ ひと の せりふ と かんがえて も よい し、 かんがえなくて も よい と おもう。 つぎ に、Some friends(ともだち ちょっと) が ぎもん で ない ばあい わ、 What friends?(どーゆー ともだち?) という せりふ お いう ひと が いっている と も かんがえられる。 つまり、「ともだち ちょっと、 ね。 どーゆー ともだち?」 とゆー ふんいき の ことば と かんがえられる。 また、 より せつめい する よー に かきかえる と、 「あなた わ 「ともだち ちょっと」 と いった が、 どーゆー ともだち?」 とゆー いみ だ と かんがえられる。 しかし、 また Some friends(ともだち ちょっと) が ぎもん で ない ばあい わ、 めいんぼーかる の ことば お くりかえして、 えこー している よー に きこえる よー に している だけ かもしれない。 どのみち、 「ともだち ちょっと」 という ことば で あらわせる。 はてな お つけて かいた の わ、 じぶん の にじそうさく(二次創作) として、 ぎもん の ほー が つごー が よかった から である。つまり、 1ばん わ かいわ の あいて が ひとり か それ いじょー いて、 よく ある かいわ の やりとり の るーる が ある じょうたい で、 2ばん わ かいわ の あいて が ひとり いる か くーそー の ひと で、いなくて、 いた として も やまびこ みたい に じぶん の いった ことば しか かえしてこない あいて と はなしている じょうたい で、 3ばん わ だれ と も はなさず、 4ばん わ ひとりごと お はなしている という じょーたい である とゆー かんがえ である。くわしく わ、あと(「むかつく」 という にじそーさく に おける こーらす) に かく。

1ばん から 4ばん で はなしている ひと の かず お くらべる と、 つぎ の よー に なる。
1ばん:さん にん
2ばん:ふたり
3ばん:ぜろ にん
4ばん:ひとり
ぜろ にん と わ かいわ に ならず、 さけぶ しか ない じょーきょー の こと お いみ する。 ひとり で はなす という の わ ひとりごと という いみ である。この よー に かんがえる と、 さいしょ(1ばん) わ ともだち(he) に ついて はなせる ひと が たくさん いた が、 その ともだち と ばかり なかよく していた ので(さび)、 つぎ に わ(2ばん) ともだち お うしなって、ともだち の こと お はなせる あいて わ ひとり しか いない 。そして(3ばん) その はなせる あいて も うしなって ただ さけぶ しか なく、 さらに(4ばん) わ ひとりごと お はなしている。 と かんがえられる。

さいご の さび で わ (Hateful)むかつく と めいんぼーかる が うたおー と する と、 こーらす が Anythin' I want, he gives it to me(ほしい の なんでも わたされる) から はじまる さび の ぜんはん お くりかえし はじめる。 する と、 めいんぼーかる わ Anythin' I want (ほしい の なんでも) と Me(くれる) しか くれかえせなく なる。こーらす わ さび の ぜんはん が おわる と、 Anythin' I want(ほしい の なんでも) と いう しか なくなる。 さいご わ こーらす の Anythin' I want(ほしい の なんでも) で おわる。 さいご わ こーらす と めいんぼーかる が とけあう よー に かさなって おなじ ことば お いいはじめる。 こーらす に Hateful(むかつく) とゆー ことば お けされてしまった めいんぼーかる わ、 じぶん の こと しか はなせなくなる。 いままで ともだち に たいする 「むかつく」(hateful) と 「ありがたい」(grateful) とゆー すっきり しない きもち が ひとりごと の とき に わ いいだせなくなってくる。 もはや ひとり の なか で わ、 きもち とゆー もの が いいだせない。 そーゆー うた として にじそーさく(二次創作) したい。
ただし、3ばん で わ はなす あいて が いない のに、 「むかつく」 と 「ありがたい」 と いえている ので、 3ばん の さび の とき わ まだ はなしていた あいて が じっさい に わ いない が、 いる と I が かんがえている と かんがえられる。 はなし あいて が いなくなった すぐ あと に わ、 はなし あいて お そーぞー(想像) の なか で よびだし ながら、 ともだち え の きもち お いう こと が できる。 しかし、1ばん と 2ばん と ちがい、 3ばん で わ はなし あいて が いない ので、 3ばん で わ Yeeeeeeah(おお) だったり、Yep,(そう) と じぶん で かけごえ お いれない と はなせない の だ。そーいう うた として にじそーさく(二次創作) したい。
しかし、 この かんがえかた お うた の ほんやく とゆー にじそーさく(二次創作) で まね する こと わ できなかった。いろいろ な かんがえかた が できる よー に した と いって も いい。 しかし、 my nerves に たいして My nerves を かえす こと に ついて お にほんご で まね する ほーほー が おもいつかなかった と も いえる。 さら に いえば、 my という にんしょうだいめいし の ことば お にほんご で まね する の わ むずかしかった と も いえる。 さらに、 にんしょうだいめいし お いいたくない という はなし で も ある。 さらに、 my という おと の みじかさ に たいして、 それ お ほんやくする にほんご の たんご わ ながく なってしまう。 する と、 うた として うたう という こと に も あわなかった と も いう。なので、 どーゆー ばめん お かんがえている か、 かく。 ほんやく その2 である。

ただし、 この よー に かんがえる こと が できる の わ、 えいご お いつも つかわない から かもしれない。 なぜなら、 えいご の うた お よく きく ひと に とって、 くりかえし の こーらす という の わ よく ある もの で、 たんなる くりかえし に しか きこえない と おもう だろー と じぶん わ おもう から である。 さら に えいご お よく つかう ひと わ、 いちいち おと が にている か どーか お きにしない ので、 この ぶんしょー わ きにしすぎ である かのーせい が たかい。 かなしい。

ほんやく その2

むかつく
(ほんやく その2)

1
I「あー、ともだち が できて、 そーゆー ひと。」
A「そーゆー ひと?」
B「どーゆー ひと?」
I「おかげ で ひとり でなくなる、 ただ ひとり の ひと。 わたして くれて。 ひつよう な もの。」
A「なに が ひつよー なの?」
B「なに お もらった の?」
I「ひつよー で あれ ぜんぶ、 とっても」
A「とっても?」
B「ああ」

I「(ああ)ああ、 ほしい もの なんでも わたして くれる。ほしい もの なんでも わたされる けど ただ じゃない。むかつく。はらう し、ありがたい し。いなく なれて。」

2
I「ことし、 なくしちゃって、 ともだち、ちょっと」
C「ともだち、ちょっと? どーゆー ともだち?」
I「わかんない。きづいても なかったし。あの、 でて いかなきゃ また。」
C「また?」
I「ともだち、 あい に いかなきゃ、あの だいじ な ひと。そー」
C「あ」
I「ああ、 ほしい の なんでも わたして くれる。ほしい の なんでも わたされる けど ただ じゃない。むかつく。はらう し、ありがたい し。いなく なれて 」
C「なくなれて」
3
I「あーー」
(かんそう(間奏))
I「あーー」
I「おお、(ああ)ああ、 ほしい の なんでも わたして くれる。ほしい の なんでも わたされる けど ただ じゃない。むかつく。そう!はらう し、ありがたい し。いなく なれて。」

4
I「しずめた、 ぜんぶ の どーてん、 どーてん? どーゆー かいてん? うんてん できなくて しっかり、 もう とっくに、 なくしちゃって きおく、 あたま?、おしり! みわけられなくて、はっきり、 I「ああ」、ああ、ほしい の なんでも わたして くれる、ほしい の なんでも わたされる けど ただ じゃない I「ほしい の なんでも わたして くれる」 ほしい の なんでも。I「ほしい のなんでも」 くれる、 I「わたされる けど ただ じゃない 」ほしい の なんでも、I「ほしい の なんでも」 くれる、I「ほしい の なんでも、ほしい の なんでも」」
A と B と C わ おなじ ひと かも しれない し、 ちがう ひと かも しれない。

ほんやく その3―― まね しなおし

ここ で ぶんしょー が おわる よてい だった。よんでいる ひと も はやく おわってほしい と おもっている かもしれない。 しかし、 かいている あいだ に いろいろ な こと が おきて、 つけたす こと に なった。 ごめんなさい。 まず、 ほんやく その3 から かく。ほんやく その1 と かえた ところ わ した に せん お ひいて あかじ に した。 また、 さいご に まとめた。

ほんやく その3

むかつく
(ほんやく その3)

1
あー、ともだち が できて、 そーゆー ひと (そーゆー ひと?)
どんな ひと ?
おかげ で ひとり でなくなる、 ただ ひとり
わたして くれて。 ひつよう な もの(ひつよう な もの?)
どんな の もらった?
・ひつよう で、あれ ぜんぶ、 とっても
(………………………………………………とっても)

(ああ)ああ、 ほしい、 どれでも わたして くれる
ほしい、 どれでも わたされる けど ただ じゃない
むかつく
はらう し、ありがたい し。いなく なれて

2
ことし、 なくしちゃって、 ともだち、ちょっと (ともだち、 ちょっと?)
どんな ともだち?
わかんない。 きづいても なかったし
あの、 でて いかなきゃ また。(また?)
ともだち、 あい に いかなきゃ、あの だいじ な ひと

そー(ああ)ああ、 ほしい、 どれでも わたして くれる
ほしい 、 どれでも わたされる けど ただ じゃない
むかつく
・はらう し、ありがたい し。いなく なれて
(……………………………………………………なく なれて)

3
あーー
(かんそう(間奏))
あーー

おお、(ああ)ああ、 ほしい、どれでも わたして くれる
ほしい、どれでも わたされる けど ただ じゃない
むかつく
そう!はらう し、ありがたい し。いなく なれて

4
しずめた ぜんぶ の かくかく (かんかく)
どんな かんじ?
うんてん できない し、 そんな に しっかり、 もう とっくに
なくしちゃって、 きおく(くろう
うしろ! みわけられなく て はっきり

(ああ)ああ、 ほしい、 どれでも わたして くれる
ほしい、 どれでも わたされる けど ただ じゃない
・むかつく… ほしい、 どれでも
(ほしい、 どれでも わたして くれる)
・ほしい、 どれでも くれる、 ほしい、 どれでも
(ほしい、 どれでも、… わたされる けど ただ じゃない)
・… … … くれる
(ほしい、 どれでも)
・… … …
(ほしい、 どれでも)
※ なかぐろ(・) わ した の まるかっこ(()) と どうじ に うたっている ところ お あらわす。 この とき めいんぼーかる と、 まるかっこ で くくった こーらす わ おなじ くらい の おおきさ で うたっている と おもう。

その1→その3 の かわった ところ
1ばん
どーゆー ひと?→どんな ひと?
もらった もの?→どんな の もらった?
さび(すべて)
ほしい もの なんでも→ほしい、 どれでも
ほしい の なんでも→ほしい、 どれでも
2ばん
どーゆー ともだち?→どんな ともだち?
4ばん
しずめた ぜんぶん の どーてん→しずめた ぜんぶ の かんかく
どーゆー かいてん?→どんな かんじ?
(あたま)→くろう
おしり→うしろ

what お 「どんな」 で まね して、 anything お 「どれ でも」 と まね する よー に した。また、 nerves お 「かんかく」 swerves お 「かんじ」 と まね する よー に して、 「かん」 とゆー おと お おなじ に して くらべた。 さらに、 My mind お 「くろう」 と まね して、 Behind! お 「うしろ」 と まね する こと で、 「きおく、くろう、うしろ」 と しりとり に なる よー に した。

まね しなおし の りゆー

ほんやく3 お つくりなおした りゆー わ、 what swerves に あいさつ の よー な いみ が ある と きいた から だった。 ざんねん ながら しょーこ となる ぶんしょー が みつからなかった。 じぶん わ、 ひと から きいた だけ なので、 ほんと か どー か たしかめられない。 かなしい。 でも、 もし あいさつ の よー な いみ、 つまり、 What's going on? What's up? の よー に、 「さいきん どー よ?」 みたいな あいさつ だ と したら、 「どーゆー かいてん?」 という ききかた わ より ありえなくなる。 いみ として わ、 「さいきん なにか へんな こと あった?」「さいきん かわった こと ある?」 とゆー よー に、 いつも と ちがう こと お きいている とゆー いみ なの だろー。 なぜなら、 swerve と わ、いままで から かんがえられる なりゆき と ちがう ほー に いく こと お いみ する の だから。 そーする と、 「どんな かんじ?」 とゆー ことば が what swerves の やく として あっていて、 swerves と nerves の おと が にている ところ わ、 nerves お「かんかく」 と まね する こと で、 「かん」 という おと お あわせられる。 ちなみに、「どーゆー かんじ?」 より も 「どんな かんじ?」 の ほー が みじかく、 じぶん が いい そー なので、 「どんな かんじ?」 と した。 さらに、what に わ 「なんて…だ!」 という おどろき お あらわす いみ も ある が、 「どんな」 と まね ても、 その おどろき の いみ に とれる よー に なっている。 what お 「どんな」 に かえた から、 まえ の What man? わ 「どんな ひと?」 と まねして、 What friends? わ 「どんな ともだち? 」 と まね した。 その かわり、 drive と swerves に あった つながり が なくなって、「うんてん」 と 「かんじ」 とゆー そこまで かんけい の ない ことば に なってしまった。 かなしい。
また、 Behind の まね に おしり お えらんだ りゆー が、 おしり お なくす と ゆー いみ が あった から だった。 しかし、さべつ に はんたいする ため に 「あたま」 の ぶぶん わ ごやく(誤訳) する と きめた の だから、 もっと かえよー と おもった。 そこ で、 「きおく」 と 「うしろ」 の あいだ お つなぐ ことば お かんがえて、 しりとり に なる 「くろう」 という ことば お えらんだ。 くろう(苦労) わ あたま(mind)で も かんじる から、 ごやく(誤訳) だけど まあ、 しかたない と おもった。 「うしろ」 という ことば お えらんだ りゆー わ、 「うしろ から けいさつ が きている!」 とか「うしろ から くるま が つっこんでくる!」 とか、 そーゆー いみ に かんがえる かのーせい お のこしたかった からでも ある。 「うしろ!」 と いって、 せなか や おしり お いたがる ひと わ いそー だけど、 「おしり!」 と いって うしろ に ちゅーい お むけさせよー と する ひと わ すくなそー だ と おもった とゆー こと で も ある。

ちなみに、 ほか の いろいろ な ひと の にほんご やく お みてみた。
Hateful もしくは憎むべきこと (1979. The Clash) - 華氏65度の冬http://nagi1995.hatenablog.com/entry/2017/05/12/000309) なぎ さん の ぶんしょー。ありがたい。いみ お だいじ に している。
永遠の夢に向かって:HATEFULhttp://theclash1976.blog.fc2.com/blog-entry-1417.html) to be nowhere と What swerves、Behind の あたり の やく わ やはり ちがった。 My friend わ おなじ だった。paid for は painful に、 an' already わ and oh really だ と かんがえている ひとつ だけ の さいと だった。
Hateful (憎らしい) の歌詞 - The Clash (衝突)https://www.songaah.com/ja/lyrics/hateful.html) ちょくやく。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1350907878 じゆー いがい わ なんでも くれる の やく。 ぬけ が おおい。

また、 ちなみに、 what swerves の swerves お めいし で つかっている れいぶん が いくつか みつかった。 とく に、 WWE とゆー ぷろれす の だんたい に ついて の きじ に おおかった。ぷろれす の せんもんよーご として swerve が つかわれていた から だった。 いみ として わ、 おもっていた の と わ ちがう てんかい、 どんでんがえし、 ひゆてき な いみ で の へんかきゅー といった いみ だ と おもわれれる。うぃきぺえでぃあ の ぷろれす の せんもん よーご の ぺーじhttps://en.wikipedia.org/wiki/Glossary_of_professional_wrestling_terms)から せつめい お いんよーする。

swerve
A sudden change in the direction of a storyline to surprise the fans. Often, it involves one wrestler turning on an ally in order to join a supposed mutual enemy. Swerves frequently start feuds between the former allies. This also refers to when a booker leads fans to believe that something is going to happen (or someone could appear) at a show, before doing something entirely different.
swerve(どんでんがえし)
ふぁん お おどろかせる よー な、 とつぜん の ものがたり の ほーこーてんかん。 おおく の ばあい、ひとり の れすらー が たがい に てき どーし と かんがえられていた ひと と みかた に なる ため に、 みかた お こうげき する こと も ふくむ。Swerves(どんでんがえし) わ いぜん の みかた どーし の はげしい あらそい から はじまる こと が おおい。 これ わ また こうしょーけいやくにん(交渉契約人) が ふぁん に、 かんぜん に ちがう なにか お する まえ に、 しょー(ショー) に おいて なにが が おこりそー(また わ だれか が あらわれる かも しれない) と おもわせる ばあい も いみする。

また、 https://web.archive.org/web/20110606073745/http://www.pwtorch.com/insiderglossary.shtml で わ、

Swerve (n) 1. A joke pulled by one wrestler on another. 2. A false report by a wrestler or promoter to another wrestler or promoter or a member of the press.
Swerve(めいし) 1、ある れすらー から ほか の れすらー え の ちょっかい。 2、 れすらー か こーぎょーしゃ(興業者) が ほか の れすらー や こーぎょーしゃ(興行者) や しゅっぱん の ひと に たいして する うそ の ほーこく。

と かいてある。

what swerves お つかった ぐたいれい わ、
https://www.sportskeeda.com/wwe/5-shocks-that-can-happen-at-crown-jewel-ss

What swerves does Crown Jewel has in store for us this Friday
この きんよー び に われわれ の ため に Crown Jewel が よーい している どんでんがえし わ なんだろう か

https://dailyddt.com/2015/06/14/wwe-money-in-the-bank-2015-analyzing-potential-swerves/7/

What swerves do you think could happen tonight at the Money in the Bank PPV?
Bank PPV の Money で こんや おこる かもしれない と かんがえる の わ どんな どんでんがえし です か?

など が ある。 しかし、 what swerves だけ の もの わ みつからなかった。 ざんねん。 そもそも 「どんな かんじ?」 とゆー やく わ まちがっている かもしれない。「どんな かんじ?」 わ よく つかう と おもう が、 what swerves わ それほど つかわなそー だ。

まね しなおし お かいた りゆー

この よー に、 まね お かえた りゆー わ えいご の まね の しかた の もんだい が ある。 しかし、 この りゆー お かいて でも かえよー と おもった の わ、 ある ほん お よんだ から だ。 その ほん わ、 あやや・さつき(綾屋 紗月)*46 さんと くまがや・しんいちろー(熊谷 晋一郎)*47 さん が かいた 『つながりの作法――同じでもなく 違うでもなく』 (つながり の さほー、 おなじ でも なく、 ちがう でも なく) とゆー 日本放送局出版協会(NHK出版)(にほんほーそーきょくしゅっぱんきょーかい、えぬえいちけーしゅっぱん) から 2010ねん に でた ほん お よんだ から だ。 その ほん の なか で、 「ダルク女性ハウス」(だるく じょせい はうす) とゆー なまえ の 、「薬物・アルコール依存症から回復したいと願う女性たちに身体的・精神的・社会的支援を提供し、その回復を手助けすることを目的とした団体(一九九〇年設立)」*48 (136ぺーじ)に ついて すこし かかれていた。 じぶん わ、 この 「むかつく」 という うた お おもいだしていた。 この うた わ ”The song is heavily anti-drugs”*49(この うた わ とっても あんち・どらっく だ) と いわれる こと も ある から である。

やくぶつ の はなし

ここから やくぶつ(ドラッグ) の はなし お かく。しかし、 あんち・どらっく(anti-drugs) と わ なんなのだろー か? どらっく お つかう と からだ に わるい よ という こと なの だろー か? どらっく お つかう と ともだち お うしなう よ とゆー こと なの だろーか? えいご お つかう ひとたち の ところ の こと わ わからない けど、 にほんご お つかう ひとたち の ところ で の くすり お つかう じょーきょー と わ ちがう きがする。 にほん に おける やくぶつ の いめーじ わ、 もともと かなり わるい と おもう。
たとえば、 まつもと・としひこ(松本 俊彦) さん わ、薬物依存症は「ダメ、ゼッタイ。」では防げない、効果的な治療法とは? 『薬物依存症』松本俊彦氏インタビュー WEDGE Infinity(ウェッジ) とゆー いんたびゅー のhttps://wedge.ismedia.jp/articles/-/15360?page=2

日本は薬物に関してとてもクリーンな国ですから、ほとんどの人たちは一生のうちに一度も薬物依存者と直に接することも、会話をすることもありません。そのことが薬物依存者に対する偏見や差別につながっているように思います。 

 それを促進する要因として、中学高校で受けた「ダメ、ゼッタイ。」という薬物乱用防止教育や、1980年代の「覚せい剤やめますか?それとも人間やめますか」という麻薬撲滅防止キャンペーンCMのイメージの影響も無視できないように思います。また、薬物事件で逮捕された芸能人などのマスメディアの報道の影響もあるでしょう。

と いう。 また、 第1回 依存症は厳罰主義では解決しない | ナショナルジオグラフィック日本版サイト とゆー いんたびゅー の https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/web/17/040500003/040500001/?P=2 で つぎ の よー に いう。

依存症にかかっている人って、みじめさや情けなさ、恥ずかしさや自己嫌悪を自覚した瞬間に、『シラフではいられない』渇望のスイッチが入ってしまいます。『こんなやつは消えてしまった方がいい』と思って、自暴自棄になって、これまでの何倍もの覚せい剤を使ってしまったりすることもあります

ひらがな わかちがき で いいかえる。

いぞんしょー に かかっている ひと って、 みじめさ や なさけなさ、 はずかしさ や じこけんお お じかくした しゅんかん に、 「しらふ で わ いられない」 かつぼー の すいっち が はいって しまいます。 「こんな やつ わ きえてしまった ほー が いい」 と おもって、 じぼーじき に なって、 これまで の なんばい も の かくせいざい お つかってしまったり する こと も あります。

これ わ、 「ちりょう」(治療) している がわ の いけん だ。 じっさい に つかっている ひと の がわ の いけん で わ ない 。 それでも、 にほんご お つかう ひとたち の なか の やくぶつ いぞん の いめーじ という の わ、 「みじめ さ」 だったり 「なさけなさ」 お ほんにん たち に おいこんでいく。 「みじめさ」 や 「なさけなさ」 それ じしん お かんじる こと と、 それ お かんじさせる こと わ ぜんぜん ちがう こと である。 かんじざる お えない じょーきょー から かんじない じょーきょー に かわる こと が かんたん に できない の ならば、 かんたん に できる よー に したい。かんじている ほんにん たち お せめる こと なく。

つながり の さほー の はなし

さて、『つながり の さほー』 とゆー ほん で わ、「ダルク女性ハウス」(だるく じょせい はうす) わ どのよー に でてきた の か? ここから 『つながり の さほー』 とゆー ほん の ないよー お じぶん(くしゅん) の ことば で まとめる。 あやや さん でも くまがや さん でも ない じぶん(くしゅん) が まとめる こと わ、 じぶん(くしゅん) が この ほん お よんで かんじた こと に すぎない。あやや さん と くまがや さん が、 「ダルク女性ハウス」(だるく じょせい はうす) や 「浦河べてるの家」(うらかわ べてる の いえ) から えいきょー お うけて じぶんたち の ことば で ほん お かいた よー に、 じぶん(くしゅん) わ あやや さん や くまがや さん から えいきょー お うけて じぶん(くしゅん) の ことば で この ぶんしょー お かく。
「ダルク女性ハウス」(だるく じょせい はうす) わ、 あやや さん と くまがや さん に とって、さんこー に できる ところ が ある もの として えがかれている。 そもそも、 『つながり の さほー』 という ほん わ、 あすぺるがー しょうこーぐん とゆー しんだん お もらった こと が ある あやや さん の 「つながれない つらさ」 と、 のーせいまひ とゆー しんだん が ついてる くまがや さん の 「つながり すぎる くるしみ」 から はじめて、 とうじしゃけんきゅー(当事者研究) とゆー とりくみ お どのよー に やっていく こと が いいか かんがえる ほん である。 あやや さん の けいけん から、 あやや さん じしん と ほか の ひと と の ちがい お ことば に していく。 そして くまがや さん の おなじ よー な ことば と あわせて、 りかい される、 みずから お りかいする、 みずから に みとーし お たてる さぎょー お していく よー な ほん である。 じぶん に わ そー みえる ほん である。 その なか で、 「ダルク女性ハウス」(だるく じょせい はうす) わ 「いいっぱなし ききっぱなし」「あたらしい なかま が いちばん えらい」 とゆー ことば お つかっている ばしょ として えがかれる*50。 これら の ことば お、 あやや さん と くまがや さん わ とーじしゃけんきゅー の りそー として かかげている*51
とーじしゃけんきゅー とゆー つながりかた お つかう と より すごしやすく なり やすい ひとたち わ、じぶん と、 じぶん の からだ や じぶん いがい の もの や ひと と の かんけい お うまく みとーせない ひと たち である*52。とーじしゃけんきゅー と わ、 じぶん の なにか こまった もんだい お、 いっしょ に すごす ひとたち と かんがえてみる 「浦河べてるの家」(うらかわ べてる の いえ) の とりくみ から ひんと お えている*53。 うらかわ べてる の いえ の とーじしゃけんきゅー から なまえ お かりて、 その よー な ひと と の つながり かた お とーじしゃけんきゅー と よんでいる よー である。

あやや さん と くまがや さん わ、 この ひろい いみ で の とーじしゃけんきゅー とゆー つながり に おいて、 2こ の こと が だいじ である と かんがえている よー だ*54。 その 2こ の こと と わ、 ほんにん に とって あっている こと*55 と、 いみ お びょーどー に いっしょ に かんがえる こと*56 と じぶん(くしゅん) わ まとめる。

「ほんにん に とって の あっている こと」 と わ、 はなしている ほんにん が いった こと、 かんじた こと お まちがっている と いわない こと だ と かんがえられる*57。まいのりてぃ の おおく わ、 じぶん の かんじている こと や いった こと お あっている こと だ と みとめられない。 たとえば、 せいべつ わ ふたつ しか ない と えっくすじぇんだー わ よく いわれる。 こちら が いくら そー で わ ない と いって も、 あっている こと と おもわれず、 まちがっている と おもわれる。そーした まちがっている と いわれた けいけん が、 また わ まちがっている と いわせる かんきょー で わ、 ほんにん の もつ いろいろ な かんけい に みとーし が たたない*58

「いみ お びょーどー に いっしょ に かんがえる こと」 と わ、 はなされた はなし の いみ お だれか だけ が きめてしまい、 だれか が きめられない とゆー こと に しない こと だ と かんがえられる*59。しかし、 いっぽー で ひとり だけ で いみ お きめてしまおー と する と、じょーほー が すくなすぎて、 ぜんぜん わからなくて みとーし が たたなすぎる*60。だから、 みんな で びょーどー に いっしょ に いみ お かんがえていかない と いけない。 いみ と わ、 たとえば、 なにか が おこった とき に つぎ に なに が おこる か や、 なにか が おこった とき に どーすれば いい の か とゆー じょーほー である*61

「ダルク女性ハウス」(だるく じょせい はうす) の 「いいっぱなし ききっぱなし」 や 「はじめてきた ひと が いちばん えらい」 とゆー ことば わ、 この 2こ の こと の ぐたいれい と なっている。 つまり、 あるこーる・やくぶつ いぞんしょー と とも に いきる ひとたち に とって も、 つながり の なさ で くるしめられたり、 あっていない こと お おしつけられたり する けいけん が おおい とゆー こと が わかる。 しかも、 とく に あるこーる・やくぶつ いぞんしょー と とも に いきる ひと たち の なか でも、 じょせい わ へんけん お もたれ やすかったり*62、 たすける せいど が すくなかったり する だろー。 こんな せいさべつ な よのなか だから。 だから せいさべつ に はんたい する の だけど。 ともかく、 つながり が なくなってしまう、 あんしんして はなせる あいて が いなくなってしまう とゆー けいけん が 「むかつく」 とゆー うた の にじそーさく に あらわされている の で わ ない か と おもった。 じぶん でも わからない うち に わかっていた の かもしれない。

この よー な にほんご お つかう ところ の じょーきょー から する と、 この うた お 「どらっく の わるさ」 お うたった もの に したくない。 だから こそ、 じぶん わ むしろ どらっく お つかう こと に よって、 あんぜん に はなせる ひと が へっていく とゆー さべつてき な じょーきょー え の はんたい の うた として この 「むかつく」 という うた お まね したい。

じぶん の かきやすい はなし

じぶん の どらっく と の かんけい の せい か、 どーして も、 かく の が うまく いかない。 ここ わ、 せくしゅありてぃ と じぇんだー に からめて かいて みる。いせいあい じゃない ひとたち や だんせい じゃない ひと たち わ、 いせいあい と だんせい ちゅーしん の しゃかい に いろいろ な もの お うばわれてきた。 さら に いえば、 いせいあい の ひと(いせいあいしゃ(異性愛者)) だって、 だんせい だって、 うばわれた もの も ある。 とく に とらんす だんせい も うばわれた もの わ おおい だろー。 だから、 うばいかえす とゆー かんがえかた が ある。 うばいかえす ほーほー わ いろいろ ある。 たとえば、 この 「むかつく」 とゆー うた の I わ せくしゅあるまいのりてぃ や じぇんだーまいのりてぃ で、 それ が げんいん で ともだち お うしなわされた はなし と かんがえる こと も できる。 たとえば、 I が だんせい で a friend と いっていた の が だんせい の こいびと である とゆー こと わ とても ありえそう だ。 それ でも、 こいびと と わ いえず に ともだち と いえなかった の か、 それとも こいびと という いみ で a man という ことば お いっていた の か。 いろいろ かんがえる こと わ できそーだ。 つまり、 まいのりてぃ で ある こと が しられて、 すてぃぐま に より いろいろ な もの お うしなっていく はなし と よんで うばう こと も できる。うばっている の か わ なぞ の まま だ。 ごめんなさい。

だいたい、 なんで ともだち が いない ひとりごと の じょーたい が わるい みたい な ぜんてい で はなし が すすんでいる の か! この うた わ はっぴーえんど に むかって いっている ! と いえる。 ことば あそび お たのしめる そんな じょーたい に なった と も いえる。 しかし、 その よー に よみ かえる の が むずかしい りゆー わ、 「ともだち」「きもち が たかぶる こと が できる こと」「うんてん できる こと」「みえる こと」 など が いい こと だ と かんがえられている から だろー。 たしか に いきのびていく の に ある と べんり な もの ばかり だ。 ない と こまる こと も おおそー だ。だいたい、 あやや さん わ、 つながれなくて 「さびしい」 と いっている の だ。 そんな ひと の ほん お つかって ゆー ことば で わ ない。 これ わ つながり お もとめている ひと に いっている の で わ ない。 つながり が なくても くるしみたくない もの たち え の よびかけ だ。 でも、 ない と こまる しゃかい お かえたい。 そー いいたい。 だから そー いおー。 つながり が なく と も くるしまない しゃかい お つくろー。

この ぶんしょー わ、 なぎ さん の 「心ある皆さんの協力を呼びかけます。」*63 という ことば に はんのー した 「こころ が ない」くしゅん が かきました。

ほんやく その4―― まね しなおし が おわらない

さきほど、 ぶんしょー わ おわった。 しかし、 かいている あいだ に いろいろ な こと が おきて、またまた つけたす こと に なった。 ごめんなさい。 まず、 ほんやく その4 から かく。ほんやく その1 と かえた ところ わ した に せん お ひいて あかじ に した。 また、 さいご に まとめた。

ほんやく その4

むかつく
(ほんやく その4)

1
あー、ともだち が できて、 そんな ひと そんな ひと?)
どんな ひと ?
おかげ で ひとり でなくなる、 ただ ひとり
わたして くれて。 ひつよう な もの(ひつよう な もの?)
もらってた もの 、あれ ぜんぶ、ひつよう で、 とっても(とっても)

(ああ)ああ、 ほしい、 どれでも わたして くれる
ほしい、 どれでも わたされる けど ただ じゃない
むかつく
はらう し、ありがたい し。いなく なれて

2
ことし、 なくした、 ともだち、ちょっと (ともだち、 ちょっと?)
どんな ともだち?
わかんない。 きづいても なかったし
あの、 でて いかなきゃ また。(また?)
ともだち、 あい に いかなきゃ、あの だいじ な ひと

そー(ああ)ああ、 ほしい、 どれでも わたして くれる
ほしい 、 どれでも わたされる けど ただ じゃない
むかつく
・はらう し、ありがたい し。いなく なれて
(……………………………………………………なく なれて)

3
あーー
(かんそう(間奏))
あーー

おお、(ああ)ああ、 ほしい、どれでも わたして くれる
ほしい、どれでも わたされる けど ただ じゃない
むかつく
そう!はらう し、ありがたい し。いなく なれて

4
ぜんぶ しずめた どーてん (どーてん)
どんな かいてん?
うんてん できない し、 そー しっかり、 もー とっくに
なくして、 きおく(くろう
うしろ! みわけられなく て はっきり

(ああ)ああ、 ほしい、 どれでも わたして くれる
ほしい、 どれでも わたされる けど ただ じゃない
・むかつく… ほしい、 どれでも
(ほしい、 どれでも わたして くれる)
・ほしい、 どれでも くれる、 ほしい、 どれでも
(ほしい、 どれでも、… わたされる けど ただ じゃない)
・… … … くれる
(ほしい、 どれでも)
・… … …
(ほしい、 どれでも)
※ なかぐろ(・) わ した の まるかっこ(()) と どうじ に うたっている ところ お あらわす。 この とき めいんぼーかる と、 まるかっこ で くくった こーらす わ おなじ くらい の おおきさ で うたっている と おもう。

その1→その4 の かわった ところ (その3 と だけ かいてある ぶぶん わ、 その3 で かえた ところ である。 その3 に つづいて その3 で の まね が かいてある ところ わ、 その3 から も かえた ところ で ある。)
1ばん
そーゆー ひと→そんな ひと?
そーゆー ひと?→そんな ひと?
どーゆー ひと?→どんな ひと?(その3)
もらった もの?→もらってた もの (その3:どんな の もらった?)
ひつよう で、 あれ ぜんぶ→あれ ぜんぶ、ひつよう で
さび(すべて)
ほしい もの なんでも→ほしい、 どれでも(その3)
ほしい の なんでも→ほしい、 どれでも(その3)
2ばん
なくしちゃって→なくして
どーゆー ともだち?→どんな ともだち?(その3)
4ばん
しずめた ぜんぶん の どーてん→ぜんぶ しずめた どーてん(その3:しずめた ぜんぶ の かんかく )
どーゆー かいてん?→どんな かいてん?(その3:どんな かんじ?)
(あたま)→くろう(その3)
おしり→うしろ(その3)

「そーゆー ひと→そんな ひと?」 と かえた の わ、 「どんな」 に あわせて 「そんな」 と する ため である。 また、 みじかくて うたいやすい。
「もらった もの?→もらってた もの (その3:どんな の もらった?)」 と かえた りゆー わ つぎ の、「 まね しなおし が おわらない の りゆー」 で かく。
「ひつよう で、 あれ ぜんぶ→あれ ぜんぶ、ひつよう で」 と かえた りゆー も つぎ の、「 まね しなおし が おわらない の りゆー」 で かく。
「なくしちゃって→なくして」 と かえた の わ、 「なくしちゃって」 で わ ながすぎて うたえなかった から である。
「しずめた ぜんぶん の どーてん→ぜんぶ しずめた どーてん(その3:しずめた ぜんぶ の かんかく ) 」 と 「どーゆー かいてん?→どんな かいてん?(その3:どんな かんじ?)」 と かえた りゆー わ、 what swerves が にほんご の「どんな かんじ?」 ぐらい よく つかう ことば で わ ない とゆー こと が だいじ だ と おもった から である。また、ぜんぶ しずめた どーてん の ほー が、 うたいやすかった から である。

まね しなおし が おわらない の りゆー

1-5 で、"What you got"(もらった もの?) わ「めいんぼーかる が あきらか に I いがい の ひと の せりふ お いっている と おもえる せりふ である」と かいた が、 ちがう きがする。"What you got" わ、 I need it all so badly (badly)(ひつよう で、あれ ぜんぶ、 とっても ) の it で わ ない だろー か? つまり、 I need all of what you got so badly(あなた が もらった もの すべて が とっても ひつよう だ) と ゆー いみ で わ ない だろー か? すると、 「もらった もの?、 ひつよう で、あれ ぜんぶ、 とっても」 で わ だめ で わ ない か? これ で わ、 I が もらった もの いみ に なってしまう。 はなしあいて が もらった もの かもしれない の だ。 つまり「もらってた もの ある でしょ?。 あれ ぜんぶ ひつよー で、 とっても」 と ゆー まね が おもいつく。この いみ で、 「もらってた もの、 あれ ぜんぶ ひつよー で、 とっても」 とゆー まね が おもいつく。 これなら I の はなし あいて の you が もらってた もの すべて が ひつよー である とゆー いみ に も とれる。 また、 じぶん が もらった もの が ぜんぶ ひつよー だ と も とれる。 また、 「あれ」 が Anything I want(ほしい もの なんでも) と も とれる。 すばらしい。 しかし、 すると、 こーらす と めいんぼーかる の かんけい に ついて かんがえてきた こと が かわってくる。 いままで、 この ”What you got” とゆー めいんぼーかる の うた が ある ため に、 めいんぼーかる わ ひとり の ひと の せりふ で わ ない と かんがえてきた。 しかし、 めいんぼーかる が うたっている ぶぶん わ すべて おなじ I の はつげん と かんがえる と どーなる か? まね お しなおさなければ ならない。

まね しなおし お かいた りゆー

めいんぼーかる の うたっている ところ お、 すべて おなじ ひと の せりふ として かんがえる こと が できた から ほんやく その4 に かきなおした。めいんぼーかる だけ ぬきだしてみる。まるかっこ(()) の なか わ、 いみ お はっきり させる ため に つけた

1
あー、ともだち が できて、 そんな ひと
どんなひと(か) ? おかげ で ひとり でなくなる、 ただ ひとり
わたして くれて。 ひつよう な もの
(あなた が/ あんた が/ きみ が)もらってた もの 、あれ ぜんぶ、ひつよう で、 とっても

ああ、 ほしい、 どれでも わたして くれる
ほしい、 どれでも わたされる けど ただ じゃない
むかつく
はらう し、ありがたい し。いなく なれて

2
ことし、 なくして、 ともだち、ちょっと
どんな ともだち(か)? わかんない。 きづいても なかったし
あの、 でて いかなきゃ また。
ともだち、 あい に いかなきゃ、あの だいじ な ひと

そー ああ、 ほしい、 どれ でも わたして くれる
ほしい 、 どれ でも わたされる けど ただ じゃない
むかつく
はらう し、ありがたい し。いなく なれて
3
あーー
あーー
おお、ああ、 ほしい、どれでも わたして くれる
ほしい、どれ でも わたされる けど ただ じゃない
むかつく
そう!はらう し、ありがたい し。いなく なれて

4
ぜんぶ しずめた どーてん 。
どんな かいてん?
うんてん できない し、 そー しっかり、 もー とっくに
なくして、 きおく
うしろ! みわけられなく て はっきり

ああ、 ほしい、 どれ でも わたして くれる
ほしい、 どれ でも わたされる けど ただ じゃない
むかつく… ほしい どれでも
ほしい どれ でも くれる、 ほしい、 どれ でも
… … … くれる
… … …

このよーに まね お する と、 めいんぼーかる の うたっている ぶぶん わ すべて I の せりふ で ある と かんがえられる。 つまり、 めいんぼーかる が ふたり いじょー の せりふ お うたっている と かんがえなくて だいじょーぶ に なる。じぶん わ、 めいんぼーかる が すべて I の せりふ お うたっている と かんがえる ほー が すき である。 だから まね の しなおし お もーいちど した。
いままで、 めいんぼーかる が うたう なか で、ほか の ひと の はつげん と かんがえられてきた ぶぶん わ、 つぎ の 6こ で ある。

1
What man? どんなひと(か) ?
What you got (?)(あなた が/ あんた が/ きみ が)もらってた もの

2
What friends? どんな ともだち(か)?
My friend ともだち

4
What swerves? どんな かいてん?
Behind! うしろ!

What you got((あなた が/ あんた が/ きみ が)もらってた もの) お、 ぎもん の ことば と かんがえなく なった。 つまり、 I need it all so badly (あれ ぜんぶ ひつよー で、 とっても) の it (あれ) が さす もの と かんがえる よー に なった。
すると、 すべて が、 I の せりふ として かんがえられる。 なぜなら、 What man? (どんなひと(か) ?) も、What friends? (どんな ともだち(か)?) も What swerves? (どんな かいてん?) も、 じぶん え の といかけ として つかえる から である。 もちろん じっさい に きかれた ことば お くりかえしている かのーせい も ある。 つまり、 Aさん「どんな ひと?」 Bさん 「どんな ひと か? うーん、 ただ ひとり の ひと」 と ゆー とき の Bさん の「どんな ひと か?」 と ゆー ぎもん に あたる こと が ありうる。 さらに、 じっさい に きかれて わ ない けど、 はなしたい こと お はなす ため に あいて から そー しつもん された かのよー に ゆー こと も ある。 つまり、 Aさん「その ひと だれ? どこ の ひと?」 Bさん「どんな ひと か?うーん、 ただ ひとり の ひと 」 と ゆーとき の Bさん の「どんな ひと か?」 と ゆー ぎもん に あたる こと が ありうる。 この とき、 Aさん わ、 どんな ひと か に ついて わ きいて いない が、 Bさん わ どんな ひと か お はなしたい ので、 わざと でも わざと で なくとも、 「どんな ひと か?」 と きかれた とゆー こと に している の だ。
My friend (ともだち) も、Behind! (うしろ!) も そもそも I の せりふ として かんがえていた。

けっか として、 ほんやく その4 で わ、 1ばん で はなしている あいて が ふたり いじょー いる と かんがえなく なった。ひとつ の かんがえ として、 はなし あいて お つぎ の よー に かんがえる こと が できる。
1ばん:ともだち と はなしている
2ばん:ともだち で ない ひと(おいしゃ さん など) と はなしている
3ばん:だれ と も はなしてない
4ばん:ひとり で はなしている
1ばん で ともだち と はなしている と かんがえる りゆー わ、 I が その ともだち(you) が てにいれた もの お ひつよー としている から だ。 どらっぐ の うた として かんがえる なら、 どらっぐ お いっしょ に する ともだち である。 どらっく で ない と して も、 ともだち が もっている もの が ひつよー に なったり する と ゆー こと わ よく ある こと だ と おもう。はんたい に 2ばん で はなしている あいて が ともだち で ない ひと(おいしゃ さん など) と かんがえる の わ、 My friend で That main man お いみ していて、 めのまえ に いる You わ ともだち と かんがえてない よー だから である。 また、 ともだち お なくして しまっている と いっている から で も ある。

これ で、 きっと おわり。

おわらなかった。

かし かーど お みる こと が できた。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1350907878 の やく が できる りゆー が わかった。 えいご の うた の めも が、 じっさい に うたった うた と ちがう から であった。にほんご の やく が すくなくみえる の わ、 えいご の かし も しょーりゃくして かいてある から だった。 the only も an' already も えいご の かし かーど らしき もの に わ かいて ない の だ。と ゆーより も、 あどりぶ なのだろー か? そして "WHAT YOU GOT ?" と はてな まーく わ ついている ので、 ほんやく4 わ まちがっている と おもう。 そして、

IT'S HATEFUL
AND IT'S PAID FOR AND I'M SO GRATEFUL TO
BE NOWHERE

と かいている。 TO と BE の あいだ で ぎょー お かえている いみ わ ない と おもう。 かみ の おおきさ が げんいん かもしれない。 かし かーど で わ かみ の おおきさ わ わからない ので。だから、GRATEFUL TO の あいだ で わ ぶん わ きれない と おもう。 さび の ぶぶん わ くりかえし かいている わけ で なく さいご の 4ばん の さび まえ の SO CLEARLY の あと に、"ANYTHING I WANT HE GIVES IT TO ME" と かいている。 また、 GO OUT AGAIN と かいている。 そして THAT MAINMAN と MAIN と MAN の あいだ に わ すきま が ない。
さんこー まで に。

この ぶんしょー わ、 くしゅん が かきました。 おわり。

*1:ただし、にほんしゅわ と にほんご たいおー しゅわ が ちがう こと お ゆー こと で、にほんしゅわ に たいして にほんご たいおう しゅわ が なにかしら おとっている か の よー に はなす こと に はんたいする。 にほんごたいおーしゅわ わ なんちょーしゃ(難聴者)、 ちゅーとしっちょーしゃ(中途失聴者)、 さら に わ、 じぶん の よう に いちじ(一時) てき で あれ ながく で あれ こえ が だせない ひと たち に とって の ことば である。 2こ の げんご お まぜて つかう ことば お、 みくだす こと に はんたい する。 そして、 にほんしゅわ お はなす もの たち に にほんごたいおーしゅわ という にほんご お おしつける こと に も はんたいする。にほんしゅわ お はなす ひと に にほんご である にほんごたいおうしゅわ お はなさせてきた、 はなさせている こと が ある こと お わすれて わ いけない。

*2:ちなみに、 なぎ さん わ (げっと と よむ)get お 「じぶん の もの に する」 と やくす べき か どーか まよっていた みたい です。 じぶん わ ここ で の get は、 りかいする という いみ か、 じっと みる という いみ の get だ と おもいました。 オックスフォード現代英英辞典(第8版)(おっくすふぉーど げんだい えいえい じてん、だい はち はん) で わ、get が ひと お もくてきご に とる もの わ 10 でんわする 、22 とく に きずつけたり こらしめる ため に つかまえたり おさえる、 24 りかいする、 26 りかい できなくて こんらんする よう に する、 27 なやませる ぐらい です。 この うた で わ、 her お きずつける よう な はなし で わ ない と おもう ので、 24. りかいする か と かんがえました。れいぶん として「I don't get you.」が あります。 はなしている あいて の こと が よく わからない とゆー いみ だ と おもいます。 また、 じっと みる という いみ の get は、 「get him, her, you, etc.! informal UK (US get a load of him, her, you, etc.) said to make the person you are with look at or notice someone, and usually laugh at them:」 https://dictionary.cambridge.org/ja/dictionary/english/get-him-her-you-etc とゆー せつめい お みかけた から おもいつきました。 get her など わ いぎりす で、 いっしょ に いる ひと に ある ひと お みさせる か きづかせて ふつう わ あざわらう ため に つかわれる と かいてあります。 しかし、 やはり あざわらう ため に という の わ、 うた と あっていない ので、 ちがう かもしれません。 ともかく、 もし じぶん が ほんやく する こと に なったら、 あいまい に ひょうげんして、 「あのひと お とらえる」 と かく と おもいました。しかし、 よく かんがえる と、 「とらえる」 も ぼーりょく の いみ が あって、 あまり よく ない かもしれない と おもいました。それに、 あいまい に まねする とゆー の わ なぎ さん の もくてき と ちがう かもしれません。

*3:さいさべつ と わ、 おんな や おとこ で ない ひと たち え の さべつ です。 おとこ が えらい、 おとこ が あたりまえ に なっている しゃかい の さべつ です。

*4:いせいあいちゅーしんしゅぎ と わ、 どうせいあい や ばいせくしゅある、 ぱんせくしゅある、 あせくしゅある など の いせいあい じゃない ひとたち え の さべつ です。 また、 ばいろまんてぃっく、ぱんろまんてぃっく、あろまんてぃっく など の ひとたち に たいする さべつ で も あります。いせいあい が えらい、 おとこ わ おんな が すき に なる、 おんな わ おとこ が すき に なる の が あたりまえ とゆー、 しゃかい の さべつ です

*5:しすちゅーしんしゅぎ と わ、 とらんすじぇんだー の じょせい や だんせい や のんばいなりー など の しすじぇんだー じゃない ひとたち え の さべつ です。 しすじぇんだー が えらい、 しすじぇんだー が あたりまえ だ とゆー、 しゃかい の さべつ です。

*6:きょーせいてきせいあい と わ、せくしゃる な こと も ろまんてぃっく な こと も この しゃかい で わ たんなる いきかた で わ なくて、 みんな に おしつけられている もの である しゃかい の きはん(規範) です。 あせくしゅある や あろまんてぃっく など れんあい や せいあい が すくなかったり なかったりする ひとたち え の さべつ と なります。

*7:ものあもりーちゅうしんしゅぎ わ、 3にん いじょう で あいしたり せっくす したりする こと に たいする さべつ です。 れんあい や せっくす わ ひとり の あいて と しない と いけない と おもっている しゃかい の さべつ です

*8:たとえば、 えいご わ おなじ めいし(名詞) お くりかえす と おこられます。 たとえば、 同じ言葉の繰り返しは避けましょう(★★☆ 中級) など に も 「英語というのは、同じ単語を何度も繰り返して使うのを嫌う言語です。」(えいご とゆー の わ、 おなじ だんご お なんど も くりかえして つかう の お きらう げんご です) と かいてあります。

*9:ふらんすご や どいつご、 ひんでぃーご など で わ、 どうし や けいよーし お せいべつ に あわせる ひつよー が ある そー です。 ひと から きいた はなし なので ただしい か わ しらない です。

*10:てんのうせい(天皇制) という みぶんせいど、 さべつ の せいど(制度) に はんたいします。 たとえ じょせい が てんのう に なろう と、 はんたい します。てんのうせい わ うまれ で えらい ひと と えらくない ひとたち お わける みぶんせいど です。 てんのう と その なかま たち わ なんとなく えらい と おもわれて、 「いいひと」 だ と おもわれます。 こじんてき に しっている わけ で も ない のに です。 その よー に おもう の わ、てんのうせい が みぶんせいど だから です。そして、 ぶらく さべつ、 みんぞくさべつ、 ていこくしゅぎ、 しょくみんちしゅぎ、 せんそー の ため に つかわれてきた せいど(制度)です。 なぜ てんのうせい の ため に じゅうみん が はらった ぜいきん お つかって いい の でしょう か? だめ です。 えらい ひと に みせる ため に おかね お たくさん うばいとる せいど(制度) に わ はんたい です。いきる の が たいへん な ひとたち お たすける せいど(制度) が ひつよう です。 また、 てんのう が せいじ の せきにんしゃ であった とき に おこしてきた せんそー と しょくみんち の しはい お わるい もの だった と てんのう わ みとめよう と すら していません。そして、 さいがい(災害) の たび に でていって、 「てんのう に みられる に あたい しない ひとたち」 わ おいだされ、 せいふ(政府) わ さいがい(災害) お うけた ひとたち お たすける おかね お だす の で わ なく、 すませよう と する の です。てんのう が いのる の わ、 てんのう お まもる ため に たたかった にほんみんぞく の しんみん(臣民) の ため だけ であり、 その ひと たち が ころした ひと たち の ため に わ いのっていない の です。 こころ の ささえ が ひつよう ならば、 さべつ お しない せいど(制度) お つくらない と いけません。しゅーきょー お しんじる こと と、 しゅうきょう が せいど(制度) として あたえる くるしみ お わけて かんがえてください。 てんのう お かみ と して あがめる こと だけ で わ はんたい していません。 てんのう が ころしてきた ひとたち と ちゃんと むきあいましょー。 しゅうきょう わ しんじている ひとたち だけ で、 だます こと なく つづけてください。もちろん、 あらた に くるしむ もの お うみだす の お やめれば つづかない はず なので、 つづく という の わ えいえん に という いみ で わ ない です。みぶんせいど として の てんのうせい に はんたい です。

*11:もちろん、 ろっく の ふぇみにすと も たくさん いた でしょー。

*12: れんあいてき に すき に なる こと と、 せっくす する こと わ ちがう こと である ひと たち も います し、 すべて の ひと が いせいあいしゃ(異性愛者) で ある わけ で も ありません し、 だんせい と される がわ が、 だんせい と される こと に よる けんりょく お つかって せっくす お あいて に むりやり、 なしくづし で やる べき で も ありません。

*13:ローマン・ヤコブソン(ろーまん・やこぶそん)『一般言語学』(いっぱんげんごがく)、川本茂雄(かわもと・しげお)など やく、1973ねん、みすず書房(しょぼう)。193ぺーじ。やこぶそん さん わ、 ことば の なか で だいじ な もの お 6こ あげています。 じぶん が 「ことば の かたち」 と かいた もの わ、 やこぶそん さん わ 「メッセージ」(めっせーじ) と かいています。 じぶん が 「いみ」 と かいた もの わ、 やこぶそん さん わ 「コンテクスト」(こんてくすと) と かいています。やこぶそん さん わ、 「メッセージ」 に かんけい する ことば の はたらき お、 「詩的機能」(してききのー) と かいています。 この 「詩的機能」(してききのー) お なんらか の おなじ もの お ならべる こと と やこぶそん さん わ かんがえています。 つまり、 「あるみかん」 が 、「ある」 と 「みかん」 が あわさった もの が おなじ もの であり、 この おなじ もの お ならべる こと が、 「メッセージ」(めっせーじ) に かんけいする 「詩的機能」(してききのー) である と かんがえている と おもいます。しかし、 やこぶそん さん の ぶんしょー わ むずかしい ので、 あっている か わ わかりません。 じぶん も ほか の ひと の たすけ お かりて よみました。

*14:はんしゅっせいしゅぎ の かんがえかた に ついて わ、 アンチナタリズム入門 ~わかりやすいアンチナタリズムの解説~アンチナタリズムとは何であり、何でないのかhttp://therealarg.blogspot.com/2017/12/introduction-to-antinatalism.html)など お よんでください。

*15:あべ・やすし さん の ユニバーサルデザインは たし算の思想である。 - hituziのブログじゃがーhttps://hituzinosanpo.hatenablog.com/entry/20080626/1214482706)とゆーぶんしょー でした。2020/1/30

*16:ちなみに、 えいご で わ No doubt(のーだうと) とゆー ばんど が かばー していて、(うた の かしhttps://www.metrolyrics.com/hateful-lyrics-no-doubt.html、うた の どうがhttps://www.youtube.com/watch?v=6JGYVyCyCrs)Hateful お うたう とき の めいんぼーかる の ぐうぇん・すてふぁーに さん わ じょせい として みなされてます。 ちなみに、 The Clash(ざ・くらっしゅ) の Hateful お うたう とき めいんぼーかる の じょー・すとらまー わ だんせい として みなされています。 どちら も、 じぶん わ その ひと が その ひと じしん の せいべつ に ついて はなしている の お きいたり みたり した こと が ない ので、 みなされている と かいています。 のー・だうと に よる かばー わ、 ゆっくり に なっていたり、 いろいろ こえ が かさなっていたり で、 おもしろい です。

*17: https://www.metrolyrics.com/hateful-lyrics-no-doubt.html

*18:ちなみに、 Waiting for the sun もしくは自由のスプラッシュ (1970. The Doors) - 華氏65度の冬http://nagi1995.hatenablog.com/entry/2017/05/11/050552 の ぶんしょう に わ、 ひとつ の ぎもん と ひとつ の かきたい こと が あります。 ぎもん わ、 「今、ネットで確認できる歌詞では、ほとんどすべてが"At first flush of Eden"となっている。」 と ある が、 この ”flush” (ふらっしゅ)(かがやき、 かんどう、もえ) という たんご わ、 ”flash”(ふれっしゅ)(きらめき、ひらめき) の うちまちがい でしょう か? なぎ さん じしん の えいご の いんよう も いんよう されている さいと(https://www.azlyrics.com/lyrics/doors/waitingforthesun.html) も、ほか の さいと(https://mojim.com/jpy100648x13x10.htm) も”At first flash of Eden” と かいています。 ざ・どあーず に わ、 ”First flash of Eden”(ふぁーすと ふらっしゅ おぶ いーでん) という どいつ の ひこうしき の あるばむ(1995ねん) が ある みたい なので(https://www.discogs.com/ja/The-Doors-First-Flash-Of-Eden/release/1764605)、 "flash" だ と おもいます。 いじょう が ぎもん です。 ここ から わ、 かきたい こと です。 "flush" (ふらっしゅ)(あかく なる こと、 かんどう、もえ)だ と、 ”flush of down”「朝焼け」(あさやけ)(リーダーズ英和辞典第2版、研究者、2008ねん) など が おもい だされて、 さいしょ から たいよう が のぼっていて しまい そう です。 しかし いっぽう で、 "in the first flush of spring" 「春の盛りに」(はる の さかり に)(リーダーズ英和辞典第2版、研究者、2008ねん) など が おもい だされて、 あと の the Spring と かんけい しそー だ と おもいます。 しかし、 いっぽう で、 この うた、 "Waiting for the sun" (うぇいてぃんぐ ふぉ ざ さん)(たいよう お まちながら) わ、 せいしょ(聖書) の そうせいき(創世記) お おもいださせる と おもいます。 そーせいき と わ だいたい つぎ の よー な はなし です。 さいしょ に かみ が 「ひかり あれ」 と いい(at first flash)、ひと お つち から つくって、 らくえん である えでん(Eden) に おいた。らくえん に わ よっつ の かわ(down) が あった。つくられた ひと わ おとこ であり、 あと に その おとこ お たすける もの として おんな お おとこ の ろっこつ から つくった。しかし、 おんな が へび に そそのかされて かみ に たべて わ いけない と いわれた りんご お たべて、 おとこ も たべた。 かみ わ おこって、 らくえん である えでん から ふたり お おいだす(freedom)。 これ が そーせいき の さいしょ の ほー の はなし だ。 すごく せいべつにげんろんてき(性別二元論的) だ。 おとこ と おんな しか いて わ いけない こと に なっている。 すごく せいさべつてき(性差別的) である。 おんな わ おとこ から できる つけたし と かんがえられている。 そして ひと といえ ば おとこ という かんがえかた が ほんとー に きらい だ。すごく いせいあいちゅーしんしゅぎ(異性愛中心主義) で ある。 おんな と おとこ わ ひとくみ として かんがえられている。 さら に、 ほか の もの に いたみ お かんじさせる という わるい こと お して、 うめよ ふやせよ と どうい(同意) も なく くるしみ お もつ もの お うまれさせよう と する。 そして、 おんな と どうぶつ である へび に そそのかされた から りんご お たべた の だ とゆー おとこ の いいわけ わ せいさべつてき で しゅさべつてき(種差別的) だ。 はんしゅっせいしゅぎ(反出生主義)、 あんちなたりずむ(antinatalism) つまり、 くるしむ もの、 ひと など の どうぶつ お むりやり うまれさせる の わ、 くるしませる こと なので はんたいする たちば から すれば、 しゅっせいしゅぎ てき である。 さて、 この はなし だけ で、 ゆだやきょう や きりすときょう や いすらむきょう など に ついて はんだん できる と おもっている ばあい わ、 まちがい である し、わるい し、 さべつてき(差別的) である。 とく に、 てんのう(天皇) の しゅうきょう(宗教)と こっかしんとー(国家神道) に よって、 とく に きりすと きょう お しんじている ひと たち お くるしめてきた にほん しゃかい に おいて わ、 さべつてき である。さらに、 2000ねん ごろ から わ、 いすらむきょーと え の だんあつ も ひどく なっている。 せいべつ にげんろん てき な はなし も せいさべつ てき な はなし も しゅっせいしゅぎ てき な はなし も、 いたる ところ に ある。 こんかい わ そーせいき の ないよう お かかなければ いけなかった ので、 その ないよう の さべつ てき な ところ に はんたい している こと お かく し か なかった。 しんじる こと と さべつ に はんたい する こと わ たいりつ する わけ で わ ない。 しんじる こと と くるしみ お あたえる こと に はんたい する こと わ たいりつ する わけ で わ ない。 しんじない じゆう も しんじる じゆう も みとめさせて ください。 さて、 そーせいき と "Waiting for the sun" (うぇいてぃんぐ ふぉ ざ さん)(たいよう お まちながら) の かんけい に はなし お もどします。 すると、 ”We race down to the sea”「ぼくらは競争しながら海をめざす。」 の down(…に そって) わ かわ に そって という いみ だ と かんがえられます。”Waiting for you to tell me what went wrong”「何がまちがってしまったのか。ぼくに教えに来てくれるのを待っている。」 の what went wrong(わるく なった こと) わ りんご の はなし だ と かんがえられます。 しかし、 I が おとこ で、 you が おんな である しょーこ(証拠) わ うた に わ ない です。 もし、こーゆー はなし なら この きょく わ もう きく き に わ なれない と いま おもいました。 そーせいき の はなし お おもいつかなければ すき で いられた かもしれない のに、 ざんねん。 かなしい。 さべつ に はんたい します。 と かいた けど、 さべつ に きがついて すき で なくなれる の わ、 おもいいれ が すくない ばあい なので、 さべつ に はんたい している から と いって この うた お きらい に なる ひつよう わ まったく ない です。また、 じぶん の かいしゃく が まちがっている だけ である かのうせい わ もちろん あります。 じぶん が すき で わ なくなった こと わ、 よんでいる かた が すき である こと と かんけい ない です。 たとえば、 こーどぎあす という さくひん が すき です。しかし、 さいしょ に みた とき に わ きがつかなかった さべつ お つよめる よー な ひょうげん お あと に なって たくさん わかりました。ぐたいてき に かく と、 せいさべつ てき な ようそ わ たくさん あります。 とく に じょせい の からだ の いちぶ お きょーちょーする こと で あいきゃっち に つかう ところ など。 そんな こと しなくて も みりょくてき な きゃらくたー たち なのに。 うっすら とした ほもふぉびあ と れずぼふぉびあ と とらんすふぉびあ が あります。 しかし、むし(無視)される より わ まし と いわざるおえない この しゃかい え の うらみ が あります。 げんじつ の にほん に よる しょくみんち しはい お かくす ものがたり の こーぞー が あります。みぶんせい お ひてい する よう に みせかけながら ものがたり として みぶんせい お つよめる はなし の こーぞー が あります。 しゅっせいしゅぎ。などなど。 それ で も じぶん わ こーどぎあす という さくひん わ すき です。 でも、 さべつ お みて すき で なれなかった と いわれたら、こーどぎあす わ ほんとー に ひどい ひょうげん が ある と わ おもいます が、 じぶん の すき お ひてい された と かんじない で いたい と おもいます。 その よー に ありたい。 そー あって ほしい です。

*19:Waiting for the sun もしくは自由のスプラッシュ (1970. The Doors) - 華氏65度の冬http://nagi1995.hatenablog.com/entry/2017/05/11/050552

*20:Waiting for the sun もしくは自由のスプラッシュ (1970. The Doors) - 華氏65度の冬http://nagi1995.hatenablog.com/entry/2017/05/11/050552

*21:強制的性愛(きょうせいてきせいあい) という ことば で あらわされる。 無性愛(アセクシュアル)研究への招待――英語圏での研究動向(文献メモ) - 境界線の虹鱒 http://mtwrmtwr.hatenablog.com/entry/2017/11/23/201852 きょうせいてきせいあい に はんたい!

*22:また、 こうこう むしょうか に かんする ほうりつ の はなし わ、https://kenpoudoutei.com/chosengakko_jinshusabetsu/ など が ある。 ただし、こくみん という ことば の つかいかた や、 てんのうせい に たいする たいど など に わ はんたいする。 より よい さいと お しっていたら、 おしえて ほしい です。

*23:ちなみに、 ごかい(誤解) お さける ため に かく が、 かんじ(漢字) お つかわない ぶんしょう が いま 2019ねん に にほん で いきている ろうしゃ(聾者) や なんちょうしゃ(難聴者)、ちゅうとしっちょうしゃ(中途失聴者) に とって よみやすい という こと わ ない。 この かんじ(漢字) お つかって ばかり の かかれた にほんご が あふれる しゃかい の なか で、 かんじ(漢字) お つかわない ぶんしょう に なれていない ひと たち に とって わ、 ちょうしゃ(聴者) より も よみにくい だろう。 こーはく うたがっせん (紅白歌合戦)という にほん の ゆうめい な てれび ばんぐみ の こと お、 「あか しろ うたがっせん」 だ と おもっていた ため に、 まわり から わらわれた ろうしゃ(聾者) も いた(しゅわ で わ、 「あか/しろ/うた/しあい」 など と ひょーげんする。 ひとさしゆび お、 くちびる の うえ で みぎ に うごかし、 あか お いみする。 ひとさしゆび お、 は の うえ で ひだり に うごかし、しろ お いみする。 ひとさしゆび と なかゆび お のばして りょーて お、それぞれ くち の ちかく から まる お かく よー に まえ に すすめ ながら、ひだり と みぎ それぞれ の ほーこー に うごかし、 うた お いみする。 おやゆび お のばした りょーて お、 むね の まえ で、みぎ と ひだり それぞれ から たがい の て に ぶつける よー に にかい うごかし、 しあい お いみする。)。すけーと せんしゅ の はにゅう(羽生) さん の なまえ お はぶ だ と おもっていた という はなし も よく みる。 かんじ(漢字) の 「よみまちがい」 お わらう ひと たち わ にどと そんな こと が できない よう に なって ほしい。 ともかく、 かんじ(漢字) ばかり の もじ の にほんご に ふれてきた ひと たち が、 さら に みみ から こえ の にほんご お ききとりにくい ひとたち が、 かんじ(漢字) が すくない ぶんしょう お よむ の わ たいへん である。 その こと お しって、 それ でも じぶん わ この よー に かんじ(漢字) お つかわず かいている。 さら に いえば、 にほんご お よく つかう わけ で わ なく、 にほんご お あと から べんきょう し はじめた ひと たち に とって も よみやすい と わ かぎらない。 にほんご お おしえる ならば、おおく の ばあい かんじ(漢字) が よめる よー に おしえる で あろー から である。 そして、 おんせいよみあげ(音声読み上げ) お つかう もうじん(盲人) や じゃくししゃ(弱視者) に とって も よみにくい であろう。 かんじ(漢字) が ない と よめない とゆー せいがんしゃ(晴眼者) たち え の はいりょ(配慮) として そえられた かんじ(漢字) も よみあげる ので、 おなじ ことば お なんかい も くりかえす へん な ぶんしょう に きこえる だろう。さらに、 この にほんご の すみじ お そのまま にほんご てんじ に かえても、 にほんご てんじ の きはんてき(規範的)な かきかた と も ちがう ので よみにくい だろう。 でぃすれくしあ の ひとたち に とって も よみやすい ぶんしょう だ と わ おもっていない。 もうしわけない。

*24:"What you got"(もらった もの?) わ「めいんぼーかる が あきらか に I いがい の ひと の せりふ お いっている と おもえる せりふ である」と かいた が、 ちがう きがした。この こと に ついて わ、ほんやく その4 で かいた。

*25:ほんやく その4 で わ 「あれ ぜんぶ ひつよう で」 と まね した。

*26:ほんやく その4 で What you got (もらった もの?) お ぎもん に かんがえず、 ともだち である you が てにいれた もの が ひつよー だった とゆー いみ に かんがえる よー に なった。

*27:ほんやく その3 で わ 「ほしい、どれでも」 と やくしている。

*28:けーさつ とゆー ぼーりょく が てんのうせい や おきなわ・りゅうきゅう え の しょくみんちてき しはい お ささえている。てんのーせい と けーさつ と の かんけい わ、反天皇制運動連絡会(反天連) | 天皇制に反対しています の「10・22天皇即位式反対デモでの3名不当逮捕を許さない 早期奪還への支援と救援カンパをお願いします‼」 という ぶんしょう など お さんこう に する こと。おきなわ に おける けーさつ の ぼーりょく に ついて わ、 「機動隊が暴力」66%訴え 強制排除で関節技 辺野古抗議8割は60~70代 | 沖縄タイムス+プラス ニュース | 沖縄タイムス+プラス など お さんこう に する こと。けいさつ に よる せいぼーりょく ひがいしゃ え の たいおー の ふじゅーぶん さ など も ある。 いっぽー で、 たとえば せっくすわーく の ひはんざいか(非犯罪化) の ぎろん に おける けーさつ の たちば など も かんがえる こと。たとえば、 【Q&A】セックスワーカーの人権を擁護する方針に関して : アムネスティ日本 AMNESTY「売買春を犯罪とするな」アムネスティの新方針を支持する理由 青山薫教授に聞く - 弁護士ドットコムセックスワーカーの権利を支援するフェミニスト・マニフェスト | SWASH や、"法的フレーム、社会的フレームによるセックスワークの「不安全」をなくし、労働環境を良くしていきたい"---第18回D×P公開型勉強会レポート(前編) | D×P(ディーピー) など お さんこう に する こと

*29:ほんやく その4 で わ、 「なくして」 と かえている。

*30:I お いせいあい の だんせい としか かんがえない ひと わ 「ぼーいふれんど」 お せんたくし として あげる りゆー が わからない かもしれない。 もちろん、I が げい だんせい で he と こいびと かもしれない し、 I が いせいあい じょせい で he と こいびと かも しれない し、 I わ おとこ で も おんな で も なかったり おとこ で も おんな で も あったり、 ちゅうせい(中性) だったり、 とき に よって かわる ひと だったり して、 he と こいびと かも しれない。 もちろん、 ともだち で かつ こいびと である こと も ありうる。

*31:どめすてぃっく・ばいおれんす、でぃーぶい という ことば わ けっこん している だんじょ と みなされる あいだ の こと に よく つかわれる が、 けっこん いがい の こいびと かんけい に おける ひどい ぼーりょく として、 デートDV(でーとでぃーぶい、でーと・どめすてぃっく・ばいおれんす) とゆー ことば が つかわれる こと が ある。デートDVとは? | ウィメンズネット・こうべ など お さんこう に する こと。また、 もちろん だんじょ の あいだ だけ に おこる もんだい で わ ない。 おんな どーし で も おとこ どーし で も おこる し、 のんばいなりー も かかわりうる。 さらに、だんせい が ひがいしゃ に なり うる とゆー こと が むし される こと も ある ので ちゅうい。 ただし もちろん、 げんざい 2019ねん ごろ の にほん わ だんせい の ほー が けんりょく お もっている こと が おおい ので、 だんせい が かがいしゃ に なる こと が おおい じょうきょー も もちろん むし(無視)して わ いけない。にちじょーてき な どめすてぃっくばいおれんす わ、 やく 90ぱーせんと が だんせい と される ひと が かがいしゃ と ほーこく されている。

*32:いんどよーろっぱそご(インドヨーロッパ祖語) わ、 かきのこされた きろく が ない げんご である。 いんど から よーろっぱ に かけて の げんご が にている こと から、 ある ひとつ の おなじ げんご から それぞれ の げんご に わかれていった と かんがえられている。 その もともと の ひとつ の げんご として かんがえられている の が いんどよーろっぱそご(インドヨーロッパ祖語) である。 ただし、 かきのこされた きろく が ない ので、 ほんとー に あった か わ たしか と わ いえない。

*33:ほんやく その4 で わ 「What you got? わ あきらか に、 I と はなしている ひと の せりふ なのである」 と かんがえていない。

*34:たばこ の ふくりゅーえん(副流煙)に よる ひがい わ すくなく かんがえられやすい。 とく に、 ぜんそく など の こきゅう きかん の びょーき と いきている もの に とって、たにん の たばこ の けむり お あやまって すってしまう こと わ おそろしい ひがい に つながりかねない。喘息(気管支喘息)ってどんな病気? | チェンジ喘息!なるほど ぜんそく.comhttps://naruhodo-zensoku.com/zensoku/)など お みる こと。さいきん きがついた こと なのだが、 おおく の ひと わ たばこ の けむり や におい に たいして せき など の はんのー わ おこらない よー だ。 だから、 じぶん が たばこ の におい と けむり お すって しまって せき お する と、 「わざと」 「おおげさ に」 そのよー に えんぎしている と おもわれていた みたい だ。 えんぎ なら どれだけ くるしくなかった だろう。 みち で あるいていて、 たばこ お すっている ひと と すれちがった こと で、 にゅーいん(入院) する こと に まで なった ひと たち も いる。じぶん の よー に ぜんそく が かるい もの で さえ、 みち お あるく とき わ、 あるく ひと の てもと お みて たばこ お もっていないか かくにんする こと が よく ある。 また、 たばこ の ふくりゅーえん(副流煙) の かがい わ、 けんりょく が つよい ほー から よわい ほー え くわえられる こと が おおい。 たとえば、 おとな から こども とゆー よー に で ある。 まず、 かぞく せいど が くるしむ もの お かって に うみださせる とゆー よくない おこない お ぜんてい と している だけ で ない。 うまれさせた こども お せわする もの に いぞん(依存) させ、 ほか の いぞん(依存) の かのうせい(可能性) お あたえない こと で こども と される もの たち わ さくしゅ(搾取) お うけいれる しか ない。 さらに、 こども わ おとった もの と かんがえられ、 おとな が より すぐれた もの と かんがえられる こども に たいする さべつ も ある。 かぞくせいど と こども に たいする さべつ に はんたいする。 しかし、 たばこ の はなし と こども に たいする さべつ の はなし お わけなければいけない。 たばこ わ、 こども に たいして の さべつ が あらわれる ひとつ の ありかた でしか ない。 たばこ に たいする はんたい に おいて でも、 こども に たいする さべつ お つよめる よー な ほーほー が とられる こと が ある。 とく に、 「ひどい おや」 という いめーじ わ、 すべて の そだてる そだてられる の かんけい に おこりうる ぼーりょく や さくしゅ(搾取) お たばこ に おしつける こと で たばこ お すっていない じぶんたち の おこない お あんしんさせる ほーほー に なりうる。 ただし、 もちろん かぞく かんけい という すくなくとも 2019ねん の にほん で わ こじん が いきる ため に かなり たいせつ に されてしまっている かんけい の なか で、 たばこ の ふくりゅーえん(副流煙) に よる かがい(加害) が おこなわれている こと お むし(無視) して わ いけない。 しかし、 それ わ 「ふどーとく な おや」 とゆー いめーじ お つかって わ いけない。 その おや え の どーとくてき いめーじ が たすけよー とした こども に くるしみ お あたえていく こと に も なる。 それ だけ で なく、 おや に たいする よくない かがい に も なりうる。

*35:えみりー・でぃきんそん さん に ついて わ、 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%9F%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%BD%E3%83%B3 お みた。

*36:「とら」 と わ、 どうぶつ の 「虎」(とら) である。 「とらっぷ」 わ だれか お つかまえたり、 おいかえす ため に つかう わな(罠) の こと。

*37:ししんけいせきずいえん(視神経脊髄炎) に ついて わ 視神経脊髄炎(NMO)とは 多発性硬化症治療研究所http://www.msnet-japan.org/nmo.html)お みた。

*38:「とら」 と わ、 どうぶつ の 「虎」(とら) である。 「とらっぷ」 わ だれか お つかまえたり、 おいかえす ため に つかう わな(罠) の こと。

*39:「えこー だ と かんがえる ばあい わ、 1ばん の こーらす の What you need? が めいんぼーかる の what I need の つぎ に でてくる こと の せつめい お しない と いけない」 と かいた が、 ほんやく その4 で せつめいした。

*40: 「げんご お つかい はじめる ころ の こども わ、 じぶん の こと お いみ して you(あなた) とゆー ことば お つかう こと が ある」 こと に ついて わ、 たとえば、言語学出版社フォーラム - 言語学出版社フォーラム : 左は左、右は右? by root、(http://www.gengosf.com/dir_x/modules/wordpress/index.php?p=130) など で かいてある。

*41:ローマン・ヤコブソン(ろーまん・やこぶそん)『一般言語学』(いっぱんげんごがく)、川本茂雄(かわもと・しげお)など やく、1973ねん、みすず書房(しょぼう)。 「接続詞、前置詞、代名詞、冠詞のように純粋に文法的な機能をだけを賦与された語は、相似性の異常の場合には最も抵抗力が強かったのに反し、まっ先に消えて、いわゆる”電文体”を生じしめる。」(35ぺーじ から 36ぺーじ)、 にんしょーだいめいし わ、「コードとメッセージとが重なり合う複雑な範疇なのである。したがって、代名詞は、小児言語では遅く習得され、失語症においては早く失われるものに属する」(153ぺーじ) と かいてある。 「コード」 と わ ぶんぽー の こと で、 「メッセージ」 と わ ことば の かたち の こと で ある。

*42:ローマン・ヤコブソン(ろーまん・やこぶそん)『一般言語学』(いっぱんげんごがく)、川本茂雄(かわもと・しげお) など やく、1973ねん、みすず書房(しょぼう)。「検査員が発した語の単なる反復さえ患者には不必要に余剰的に思われ、指図を受けても、反復することができない。ヘッドの患者は、"no いいえ" という単語を反復するように言われて、”No いいえ、どうやったらいいかわかりません。”と答えた。この答え(”いいえ、……ません。”)の脈略の中で、この語を自発的に使っていながら、等式叙述の最も純粋な形、すなわち、”a=a、つまり≪no≫は≪no≫である”という類語反復を発することができなかった。」(31ぺーじ)

*43:ブルース・フィンク(ぶるーす・ふぃんく)『精神分析技法の基礎――ラカン派臨床の実際』(せいしんぶんせき ぎほー の きそ――らかんは りんしょー の じっさい)、椿田 貴史(つばきた・たかし) など やく、2012ねん、 誠信書房(せいしんしょぼう) など

*44:「くるしく なくなる ため の きっかけ わ、 おと の つながり から でてくる らしい の だ」 と ある が、 でわ、 しゅわ げんご の ばあい わ どーなる の か? とゆー とい が でてくる。 その ばあい も、 しゅわ の たんご の ぶぶん である、 て の かたち、 うごき、 いち、 かお や からだ の うごき に ちゅーもく する と よい という こと に なる と じぶん わ かって に かんがえている。ふぃんく が いっている わけ で わ ない。

*45:「とら」 と わ、 どうぶつ の 「虎」(とら) である。 「とらっぷ」 わ だれか お つかまえたり、 おいかえす ため に つかう わな(罠) の こと。

*46:あやや・さつき(綾屋 紗月)さん の いけん に ついて よめる ねっと の さいと わ、 たとえば 、綾屋紗月インタビュー:発達障害とドメスティックヴァイオレンス--コミュニケーション障害って何だ!? - CGS Onlinehttp://web.icu.ac.jp/cgs/2009/12/post_34.html) など が ある。「そもそもコミュニケーションは両者の間に起こるものなのに、「コミュニケーション障害」という言葉で一方に帰責することができるはずがない。」 とゆー あやや さん の ことば が すき。

*47:くまがや・しんいちろー(熊谷 晋一郎)さん の いけん に ついて よめる ねっと の さいと わ、 たとえば 、https://www.tokyo-jinken.or.jp/publication/tj_56_interview.html が ある。「健常者はさまざまなものに依存できていて、障害者は限られたものにしか依存できていない。依存先を増やして、一つひとつへの依存度を浅くすると、何にも依存してないかのように錯覚できます。“健常者である”というのはまさにそういうことなのです。世の中のほとんどのものが健常者向けにデザインされていて、その便利さに依存していることを忘れているわけです。」 とゆー ぶんしょー が よい。

*48:あやや・さつき(綾屋 紗月)、 くまがや・しんいちろー(熊谷 晋一郎) 『つながりの作法――同じでもなく 違うでもなく』 (つながり の さほー、 おなじ でも なく、 ちがう でも なく)、日本放送局出版協会(NHK出版)(にほんほーそーきょくしゅっぱんきょーかい、えぬえいちけーしゅっぱん)、 2010ねん。 136ぺーじ。

*49:”The song is heavily anti-drugs”https://www.songfacts.com/facts/the-clash/hateful、 2019ねん 11がつ 24にち

*50:あやや・さつき(綾屋 紗月)、 くまがや・しんいちろー(熊谷 晋一郎) 『つながりの作法――同じでもなく 違うでもなく』 (つながり の さほー、 おなじ でも なく、 ちがう でも なく)、日本放送局出版協会(NHK出版)(にほんほーそーきょくしゅっぱんきょーかい、えぬえいちけーしゅっぱん)、 2010ねん。134ぺーじ から 151ぺーじ

*51:あやや・さつき(綾屋 紗月)、 くまがや・しんいちろー(熊谷 晋一郎) 『つながりの作法――同じでもなく 違うでもなく』 (つながり の さほー、 おなじ でも なく、 ちがう でも なく)、日本放送局出版協会(NHK出版)(にほんほーそーきょくしゅっぱんきょーかい、えぬえいちけーしゅっぱん)、 2010ねん。135ぺーじ から 136ぺーじ

*52:あやや・さつき(綾屋 紗月)、 くまがや・しんいちろー(熊谷 晋一郎) 『つながりの作法――同じでもなく 違うでもなく』 (つながり の さほー、 おなじ でも なく、 ちがう でも なく)、日本放送局出版協会(NHK出版)(にほんほーそーきょくしゅっぱんきょーかい、えぬえいちけーしゅっぱん)、 2010ねん。102ぺーじ から。 また、とくに 120ぺーじ から 122ぺーじ

*53:あやや・さつき(綾屋 紗月)、 くまがや・しんいちろー(熊谷 晋一郎) 『つながりの作法――同じでもなく 違うでもなく』 (つながり の さほー、 おなじ でも なく、 ちがう でも なく)、日本放送局出版協会(NHK出版)(にほんほーそーきょくしゅっぱんきょーかい、えぬえいちけーしゅっぱん)、 2010ねん。102ぺーじ から 103ぺーじ

*54:あやや・さつき(綾屋 紗月)、 くまがや・しんいちろー(熊谷 晋一郎) 『つながりの作法――同じでもなく 違うでもなく』 (つながり の さほー、 おなじ でも なく、 ちがう でも なく)、日本放送局出版協会(NHK出版)(にほんほーそーきょくしゅっぱんきょーかい、えぬえいちけーしゅっぱん)、 2010ねん。122ぺーじ から 131ぺーじ

*55:あやや・さつき(綾屋 紗月)、 くまがや・しんいちろー(熊谷 晋一郎) 『つながりの作法――同じでもなく 違うでもなく』 (つながり の さほー、 おなじ でも なく、 ちがう でも なく)、日本放送局出版協会(NHK出版)(にほんほーそーきょくしゅっぱんきょーかい、えぬえいちけーしゅっぱん)、 2010ねん。134ぺーじ。 「抑圧されずに一次データを語れる場の制度的確保」

*56:あやや・さつき(綾屋 紗月)、 くまがや・しんいちろー(熊谷 晋一郎) 『つながりの作法――同じでもなく 違うでもなく』 (つながり の さほー、 おなじ でも なく、 ちがう でも なく)、日本放送局出版協会(NHK出版)(にほんほーそーきょくしゅっぱんきょーかい、えぬえいちけーしゅっぱん)、 2010ねん。134ぺーじ。 「特定のメンバーが占有できない存在としての構成的体制を位置づける工夫」

*57:あやや・さつき(綾屋 紗月)、 くまがや・しんいちろー(熊谷 晋一郎) 『つながりの作法――同じでもなく 違うでもなく』 (つながり の さほー、 おなじ でも なく、 ちがう でも なく)、日本放送局出版協会(NHK出版)(にほんほーそーきょくしゅっぱんきょーかい、えぬえいちけーしゅっぱん)、 2010ねん。125ぺーじ から 126ぺーじ。「多様性の承認」

*58:あやや・さつき(綾屋 紗月)、 くまがや・しんいちろー(熊谷 晋一郎) 『つながりの作法――同じでもなく 違うでもなく』 (つながり の さほー、 おなじ でも なく、 ちがう でも なく)、日本放送局出版協会(NHK出版)(にほんほーそーきょくしゅっぱんきょーかい、えぬえいちけーしゅっぱん)、 2010ねん。72ぺーじ から 81ぺーじ。「第一世代――過剰適応する時期」(78ぺーじ)

*59:あやや・さつき(綾屋 紗月)、 くまがや・しんいちろー(熊谷 晋一郎) 『つながりの作法――同じでもなく 違うでもなく』 (つながり の さほー、 おなじ でも なく、 ちがう でも なく)、日本放送局出版協会(NHK出版)(にほんほーそーきょくしゅっぱんきょーかい、えぬえいちけーしゅっぱん)、 2010ねん。126ぺーじ から 133ぺーじ。「専門家ー当事者関係」(132ぺーじ)

*60:あやや・さつき(綾屋 紗月)、 くまがや・しんいちろー(熊谷 晋一郎) 『つながりの作法――同じでもなく 違うでもなく』 (つながり の さほー、 おなじ でも なく、 ちがう でも なく)、日本放送局出版協会(NHK出版)(にほんほーそーきょくしゅっぱんきょーかい、えぬえいちけーしゅっぱん)、 2010ねん。126ぺーじ から 128ぺーじ。「「構成的体制」の立ち上げと共有」(126ぺーじ)

*61:あやや・さつき(綾屋 紗月)、 くまがや・しんいちろー(熊谷 晋一郎) 『つながりの作法――同じでもなく 違うでもなく』 (つながり の さほー、 おなじ でも なく、 ちがう でも なく)、日本放送局出版協会(NHK出版)(にほんほーそーきょくしゅっぱんきょーかい、えぬえいちけーしゅっぱん)、 2010ねん。 128ぺーじ。「原因ー結果」、「目的ー手段」

*62:たとえば、 ははおや で ある こと と、 やくぶつ いぞんしょー と いきている こと と の かんけい に ついて わ、 女性と依存症-女性としての回復とは- | 北九州市 いのちとこころの情報サイトhttp://www.ktq-kokoro.jp/lecture/1811)お よむ と よい と おもう。 はんしゅっせいしゅぎ お ははおや お せめる ため に つかう こと に つよく はんたいする。 その よーな はんしゅっせいしゅぎ の つかいかた わ、 いきのびている もの の くるしみ お ふやし、 せいさべつ お つよく する こと に なる。 はんたい だ。女性と依存症-女性としての回復とは- | 北九州市 いのちとこころの情報サイトhttp://www.ktq-kokoro.jp/lecture/1811) から いんよー する。 「私自身も「お母さん」です。その役割は周囲が本人に対して求めていることが多い様です。 「お母さんなんだからしっかりしなさい」 「お母さんなんだから、子供のために薬をやめなさい」 私も同じことを言われ続けました。 私の母が私にしてくれた事や世間一般のお母さんと同じことをしたいと思っていますが、上手く出来ません。そのことで、随分自分を責めました。」いんよー おわり。 やくわり お おしつけない で。

*63:Hateful もしくは憎むべきこと (1979. The Clash) - 華氏65度の冬http://nagi1995.hatenablog.com/entry/2017/05/12/000309